異常者が異世界でつけあがった異世界人を殺すために異世界転移するまでの話
一人の凶悪な犯罪者がいた。
夜道を歩く少女を誘拐し、『悪い子への教育』と称して少女を犯しその様子を録画。その動画がSNSなどを通じて少女の知り合いに送られた後、ゴミのように捨てられた首だけの少女の遺体が見つかる。
身代金の要求などは一切なく、ただ犯し、ただ殺す。
ただ一人として生きて帰った者はいない。教育とは名ばかりの性的な暴行と死だけが誘拐された少女には待っている。
あまりにも凶悪かつ残忍なその犯行。
常軌を逸した残忍な犯行に世の中、特に中高生の少女とその親は恐怖に震えあがった。
そして、それと同時に町から夜で歩く少女の姿は見られなくなった。
皮肉なことにそんな悍ましい事件が立て続けに起きた結果、夜に外を出歩く少女は消え、むしろ風紀と治安の改善が見られたのだ。
原因は誰が言わずとも分かり切っていた。
教育と評した性的暴行と殺人。それからそんな悍ましい事件を起こしたことによる治安の改善。
いつからか、どこからか、その犯罪者はこんな風に呼ばれるようになった。
――曰く、『狂育者』と。
◇◆◇◆◇
「…………はぁ」
アパートの一室、部屋に差し込む夕日を眺めながら少年はため息をつく。
黒髪黒目、青い血管がうっすら覗くほどに白く透き通った肌に抱きしめれば壊れてしまいそうなほどに華奢で儚い印象を受ける少年。それが床に腰を下ろし、立てた膝に腕を置き、物憂げにため息をこぼす様はともすれば一枚の絵画と見紛うほどに幻想的なものだった。
もし仮に、少年の後ろに椅子に腰かけた死体が無ければの話だが。
「……狂育者。悪い子への教育だなんて言うから期待していたんですけどね。もしかしたら、俺と同じ生きてたちゃいけない種類の人間なんじゃないかって。……期待外れもいい所です。何が狂育者、ただの汚いレイプ魔じゃないですか」
誰に言うでもなしに少年はそう吐き捨てた。
少年の後ろにある死体。顔はレンジで加熱した餅のようにぷっくりと腫れあがり、爪は手も足も関係なしに一枚残らず剥がされ、歯だったり血だったり吐しゃ物だったりを椅子の周囲にまき散らした男の死体。
かつて世間で狂育者と呼ばれた男の末路。
「……片付けますか」
それを一瞥して少年は呟く。
そして、小さくため息を溢した後、ダルそうに腰をあげ、片付けのための準備に取り掛かる。
『なんだ。今日のはお気に召さなかったのか?』
「――ッ!?」
そんな時だった。
それが少年に声を掛けたのは。
「……誰ですか?」
それは気づけばそこにいた。
スーツを身に纏い、頭から角を生やし、目の白黒を反転させた異形。
それはまるでそこにいることが当たり前かのようにそこに立っていた。
しかし、それはありえない。
ここはアパートの一室。少年が日々の生活を送る場所であり、彼自身の狂気的とも言える趣味の発露の場でもある。
少なくとも、許可なしに誰もが入れるような場所ではない。
異様な状況。
少年は即座に判断を下した。
『よく聞いてくれた。俺は――』
「死ね」
少年の質問に答えようと口を開く異形。
少年はそんな隙だらけの異形の間合いに瞬時に潜り込み、そのまま一切の迷いも見せることなく手に持ったナイフを首めがけて水平に振りきる。
「……っ!?」
『おいおい。いきなりご挨拶だな。これ、俺が悪魔じゃなかったら死んでるぞ? 殺人現場を見られたからって話も聞かずに殺そうとかいくらなんでも野蛮すぎないか?』
刃は届かない。
完璧に喉を捉えたナイフはしかしその刃を微塵も肉に食い込ませることはできず、完全に喉で受け止められていた。
当然のことながら人体はそこまで頑丈に作られてはいない。
思わず目を見開く少年。それに異形は苦笑を浮かべる。
「……悪魔……?」
『そう。悪魔、俺は悪魔だ。名前はそうだな……黒いからクロとでも呼んでもらおうか。赤坂桜音、お前を勧誘するためにここに来た』
「……勧誘。生憎、俺は悪魔を名乗るわけの分からない異形に何かに誘われる覚えはないですね。……人違いでは?」
少年、桜音は人の良さそうな笑みを浮かべ、この不可解な状況を理解及び打開するために頭を全力で回す。
まず、目の前に立つ異形が何者か。
悪魔などという世迷言、当然桜音は信じない。しかし、これまでナイフの刃が通らなかった人間はいかなる凶悪犯だったとしてもいなかった。その事実が如実に目の前のそれが少なくとも人外の異形であることを示していた。
次に目的。
異形は勧誘と言った。桜音に悪魔を自称する人外の知り合いなど当然居はしないし勧誘を受ける心当たりもない。ただ、そこでわざわざ嘘をつく理由も見当たらない。
そして、最後に目の前の異形を殺すことができるか。
ナイフが通らなかった時点でそれが極めて困難であることは理解した。しかし、趣味を見られてしまった以上はそれが何者であれ逃がすわけにはいかない。相手がただの人間ならば殺す以外の道もあるのかもしれないが、正体不明の異形相手にそんな生ぬるいことを言う余裕はない。
考えるほどに分からないことだらけだということだけを桜音は理解した。
『いや、お前だ。お前しかない。……まぁ、そう警戒せずに話を聞いてくれ。お前にとっても悪い話じゃないはずだ』
「……赤の他人の貴方に俺にとっての悪い話かどうかを判断するのは難しいと思いますよ」
『いや、できるさ』
「……へぇ、随分と自信がおありのようで」
桜音は嗤う。
理解などできるはずもないと。
『赤坂桜音。サラリーマンの父と専業主婦の母、優しく平凡な兄と少しワガママで平凡な妹という極々平凡な家庭で生まれ、そして育ってきた。……が、お前はそんな平凡な家庭のなかで唯一非凡だった。いや、この場合、非凡という言葉はふさわしくないな』
「……」
『お前は狂っていた。お前だけは狂っていた。どうしようもないほどに』
自信の裏付け。それを見せつけるようにツラツラとクロは語る。表情にこそ出さないものの桜音は内心驚いていた。クロの語る言葉の全てが確かにその通りだったから。
『そして、なにより恐ろしいのはお前が自分が狂っていることを自覚していたこと。そのうえでその狂気を理性で押さえつけていたこと。……な? それなりに理解しているだろ?』
「……少し、抽象的過ぎますね。狂っているとは一体何を基準においた話でしょう。もっと分かりやすく――」
『お前は悪人を殺さずにはいられない。もっと言えば、悪人の恐怖や絶望に歪む表情に興奮を覚えるド変態。これで満足か?』
「……っ」
『まだ足りないか? なら、もう少しお前について掘り下げて話してやろう。お前が自分の異常性に気づいたのはクラス内で起きていたイジメを終息させた時の――』
「分かりました。もういいです」
『理解してくれたか? 俺がお前のことをきちんと把握していることは』
「ええ、まぁ」
うまく隠してきたつもりだった。
始まりも完璧に隠したつもりだった。
それは家族構成のように調べ回った程度で知れるようなことではない。
ゆえに桜音は受け止めた。たしかにクロは自分を理解しているのだと。
であれば、次に考えるべきはクロが一体なんのために自分の前に姿を現したのか。
「……勧誘、と言いましたね?」
情報が欲しい。
たとえそれがどれだけ無意味に思えるものであっても。
桜音の唇は気づけば動いていた。
『お、やっと興味を持ってくれたか』
「……一体、なんの勧誘ですか?」
『まぁ、そう身構えるなよ。言ったろ? お前にとっても悪い話じゃないって』
「……」
『なぁ、桜音。お前、異世界に興味はないか?』




