第九話 裏・縞太郎
昼下がり。僕が一人で洛中の見回りをしていると、清水の舞台に初老の男性が佇んでいた。
その男性の寂しそうな表情にを見た僕は、
「もしかして、身投げでもするのか」
と、思ってしまい、急いで清水の舞台へと駆け上がる。
「こんな所で一人きりで、どうかしましたか?」
「いえ、どうもしませんよ。私は暇人でしてね」
苦笑いする男性は、縞太郎と名乗り、
「怪しい者ではありません。私は漁師でして、最近、漁村を出て都に上ってきたのです」
縞太郎は、そう言った後、ポツリ、ポツリと身の上話を始めた。
「私もね、若い頃は都で賭場を開いて役座をしていたのですよ」
役座とは賭場の運営者のことである。
「昔は若気のいたりで、かなり粋がっていました。その頃に縞柄の着物ばかりを着ていたので、縞太郎と呼ばれるようになったんです」
一旦、語り始めると縞太郎は、急に饒舌になり一気に語りだした。
「その役座者が、なぜ漁師になったかというと、それはですね。お恥ずかしい話ですが、女です。馴染みの遊女に本気で惚れてしまい、身請けしました。それで賭場は舎弟分に譲り、私は女の故郷の若狭に行って、婿養子に入って漁師になった、という事ですよ」
その後、話によれば、縞太郎は長い間、漁師として真っ当に生きてきたらしい。その話を聞いて僕は、
「まあ、縞太郎さんも色々あったんでしょうが、結果的に良かったんじゃないですか」
と、口にする。その後も縞太郎は言葉を続けた。
「漁師としての暮しも楽ではありませんが、賭場の役座として生きるより、良いに決まっています」
そう語る縞太郎の人生の選択は、間違ってはいないのだろう。
「今、思うと、私は運が良く幸せ者でした。子宝にも恵まれて、大変といえば大変ですが、毎日、漁に出て、慎ましい暮らしのなかで充足した日々を過ごせていたのでしょう」
それならば、なぜ、
「その縞太郎さんが、どうして都に戻って来たのでですか?」
と、僕は疑問に思う。
「三年前に女房が病気で亡くなりましてね。それ以来、私は、漁村での人付き合いや親戚付き合いが疎ましくなってしまい、息子に船を譲り漁師を継がせて、独り身で都に戻って来たのですよ」
奥さんに先立たれたことは、縞太郎も辛かったであろう。少し暗い横顔を見せながらも、縞太郎は独り言のように話を続けた。
「だけどね。都に来ても、昔の知り合いなんて誰もいなくなっていて、町も、すっかり変わってしまった。だから毎日こうして、虚しい日々を生きているのです」
と、語った、その時、突如、
コオォォーッ。
一声鳴いて、縞太郎は鶴の魔物に変化する。
「な、何だ」
突然のことに、驚愕する僕。
だが、しかし、この鶴の魔物からは憎悪や怨みといった怨念が感じられない。
コオォォーッ。
鶴の魔物は、もう一声鳴き、清水の舞台から飛び立つ。その飛翔する姿を見上げた僕は、独り言を呟いた。
「この鶴の魔物は、人に害なす事は無いだろう」