第八話 坂田金時
僕は下級の将として、都の治安を守る、洛中見廻役に就いていたが、その同輩に坂田金時という男がいた。
金時は大柄で立派な体躯を持ち、その気性も豪放磊落で、
「オレは熊を素手で倒したこともあるんだ」
などと、日頃から自慢している。だが僕は何故か、この金時と気が合い、日頃から親しくしている仲であったのだが、
その金時が、ある日、こう言った。
「大将軍様からの直々の命でな、大江山を拠点とする鬼の頭領・酒呑童子の討伐隊に選ばれたんだよ」
この討伐隊は、金時を含む四天王と呼ばれる豪傑の武者、四人で編成されている。
そして酒吞童子討伐の日が来た。夕刻、金時は、
「明日の朝には、酒呑童子の首を持ち帰るさ」
と、僕に告げて勇ましく出発する。
だが翌朝、戻ってきた金時は左腕を失っていた。
「オレとした事が、無念だが、酒吞童子の強さは凄まじいものだった」
討伐隊は返り討ちにされたようだ。この戦いで、金時は酒吞童子に左腕を食いちぎられたものの一命を取り留める。しかし、他の三人は命を落とした。
その後、左腕を失った金時は、その痛みと悔しさから魔物と化して、
「羅生門に棲む鬼になってしまったらしい」
と、僕の兄の大将軍が言う。そして、やや言いにくそうな口調で、
「すまぬが、お前に羅生門の鬼を退治してもらいたいのだが」
魔物と化したとはいえ、金時は元同輩だ。確かに気が進まない仕事であった。だが僕は、この命を受ける。
「友である僕が始末を付けるのであれば、金時も本望でしょう。僕が退治に向かいます」
その夜、山犬もキジも連れずに、僕は一人で都の南に位置する羅生門へと向かった。そして真夜中の羅生門の前に立つと、その背後から、
「久しぶりだな。お前が来たのか」
と、金時の声が聴こえる。振り返ると、そこには左腕を欠損した羅生門の鬼の姿があった。右手に大きな鉞を握り、肩に担いでいる。
「坂田金時なのか?」
「そうだ。驚いたか」
と、僕の問いかけに頷いた羅生門の鬼は、こう言葉を続ける。
「オレは魔物と化して鬼に堕ちたが、これは酒吞童子を倒す力を得るためだ。これから大江山へと飛び、酒吞童子を討伐する」
ババッと、飛び上がった羅生門の鬼は、そのまま夜空を飛行して大江山へ向かった。僕も地を走り、大江山へと急ぐ。
僕が大江山へ到着すると、満月の夜空で二匹の鬼が戦っていた。酒吞童子は金棒を、羅生門の鬼は鉞を振り回し、
ガキン、バギィーン!
と、互いの武器を激しく打ち合う。その死闘は続き、激闘の末、
グザリッ!
羅生門の鬼の鉞が、酒吞童子の頭を叩き割った。
「ウガコォ」
最後に、うめき声をあげた酒吞童子は大江山へと墜落する。
戦いに勝利した後、羅生門の鬼と化した金時は、
「今宵、オレは酒吞童子を倒した。もう、これ以上、鬼の姿で生き長らえるつもりはない」
と、言い、僕の前に首を差し出す。
「お前の太刀で、オレの首を落としてくれ」
金時が、そのように考えることは、僕にも判っていた。だから無言のまま、太刀を抜き、
「いやあーっ!」
気合い一閃、羅生門の鬼の首を叩き斬る。
ザシュンッ。
おびただしい血を噴き出し、鬼の首は、夜空へと跳んだ。その首は、やがて流星になって何処かへと飛び去って行く。