第七話 天蓬元帥
その日の夕刻、帝の御所に到着した僕たちの一行は、無事、姫君を送り届けることができた。長い旅の終わりである。
「これで、お別れですか?」
と、駕籠から下りた姫君がポツリと言った。
「姫君は帝の御側室になるのです。もう僕が、お目通りすることはないでしょう」
僕の言葉を聞いた姫君は、うつむき加減のまま、侍女に案内されて御所の中へと歩みを進める。
この後、皇帝は姫君を一目見て、
「この世の者とは思えぬ美しさである」
と、讃え、祝宴として、七日七夜の宴を開いたらしい。僕は帝の皇子だが、今の身分は下級の将だ。この位では、当然、この宴にも参加できない。
だから、これは御所の支給係に聞いた話だが、宴の席で酷く酔ってしまった天蓬元帥が、
「事もあろうか、姫君に無礼な態度をとってしまったのですよ」
天蓬元帥は天の橋立を守る水軍の最高司令官だが、この行動は帝の不評を買い、すぐさま親衛隊長の捲簾大将に取り押さえられた。
「それで翌朝のことですが、大将軍様が直々に、天蓬元帥を斬首したのです」
大将軍は僕の腹違いの兄であり、帝の皇子の次兄である。だが話は、これで終わらない。
数日後。僕は幕府に呼びだされた。大将軍の邸宅も兼ねる幕府は、都の北西部に位置している。
「私が斬首した天蓬元帥が豚の魔物となり、夜な夜な洛中で暴れているらしい」
と、大将軍は言い、結局、弟である僕に、豚の魔物の退治を命じるのであった。
そして、この日の深夜、市中へと、僕は山犬とキジを連れて、豚の魔物の退治に向う。すると、
「ブヒヒヒッ」
不意に豚の鳴き声が聞こえ、闇の中に豚の魔物が姿を現した。
「天蓬元帥殿と、お見受けする」
僕は言ったが、豚の魔物は言葉を発せずに、
「ブヒ、ブヒヒヒィ」
と、鳴くだけだ。山犬が牙をむき、赤い目で豚の魔物を睨みつけながら、
「こいつは、もう人間の心を持っていません」
そう言った瞬間に、長弓を携えた十数人の水軍兵が駆け寄って来た。
「お待ちくだされ!」
と、僕を制止する水軍兵たち。
「君たちは、天蓬元帥の部下か?」
「はい、その通りでございますが」
「元帥を助けに来たというのか?」
僕の問いかけに、
「いえ、その豚は我々が討ちます。元帥は日頃、我々に、酷い仕打ちをしていましたから。今までの怨みを晴らさせてもらいますよ」
水軍兵は、そう言うと一斉に矢を放った。
シュッ、シュシュシュ、シューン。
十数本の矢が飛び、豚の魔物を射抜く。
ブギャアァァーッ!
断末魔の叫びをあげ、その場に倒れる豚の魔物。
「まだだ、止めを刺せ!」
と、水軍兵は、倒れた豚の魔物に群がり、短剣で滅多刺しにする。
「このブタ野郎」
「今まで怨みだ」
「死にやがれ!」
僕は、その行為を目の当たりにして唖然とした。傍らで見ていた山犬が言葉を発する。
「凄まじい怨み。彼らも魔物に落ちるでしょう」
「まったく昨今の人の心は醜く歪んでいますな」
キジも呆れたような口調で言った。