第五話 上洛への道
「魔物に堕ちた俺は、おとなしく退治されろと言いたいのか?」
と、銀色の巨体の山犬は、苛立った口調で言葉を発して、僕を睨んだが、
「僕は、君を退治しない」
「それなら、どうする?」
僕は、もう一歩、山犬へと歩み寄った。
「僕と一緒に、都へ行こう」
「それで俺は救われるのか」
「救われない、かもしれい」
「それなら、なぜ行くのだ」
問いかけてくる山犬の赤い目を見て、僕は言葉を続ける。
「僕は君を救いたいが、そんな力は無いのかもしれい。だが、一緒に姫君を護衛することならできる。僕と一緒に都へ行こう。君には姫君を守る力があるのだから」
ここで、今まで黙っていたキジが発言した。
「そうだ。一緒に行こう。姫君は、矢に射られた私を助けてくれた優しい人だ。その姫君を守るために、一緒に都へ行こう」
辺りは、すっかり暗くなり、山犬は、その夜の闇の中へ、無言のまま消えていく。
後に残された僕とキジは、山頂で焚き火をたいて野宿することにした。
だが、翌朝の日の出と共に、山犬は再び僕とキジの前に姿を現す。
「やはり、あなた方と一緒に都に行くことにした。よろしく頼む」
こうして僕はキジを肩に乗せ、山犬を連れて下山した。村に入ると、
「うあっ、あれは山犬の魔物だ」
と、村人たちは山犬の姿を見て、一目散に家の中へと隠れる。その屋内から、一心不乱に経を唱える声が、漏れ聞こえた。
その様子を見た山犬は、
「そんな利己的な経を唱えても、阿弥陀如来は見向きもしないさ」
と、鼻で笑いながら、ただ悠然と村のなかを歩く。僕は村長の家に向かい、姫君を護衛する兵たちと合流した。
山犬の姿に怯える村長に、一応、僕は一泊の礼を言う。そして、
「山犬は僕が連れて行きます。ですが、この村が呪怨から救われるかどうかは、村人の心がけ次第です」
と、言い残して、この村をあとにした。
僕が率いる一行は御旗を掲げ、姫君の駕籠を護衛する兵は十数人。今は、それに加え、式神のキジと魔物の山犬が加わる。
その一行が人気のない道を進んでいると、四十人ほどの大盗賊団に取り囲まれた。
「帝の御旗か。こいつは大物だ」
と、頭目らしき男が、剣を抜きながらニヤリと笑う。こちらの兵は十数人。多勢に無勢だが、
ガオオオーッ。
山犬が飛び出して、大盗賊団へ突っ込んだ。銀色の巨体が縦横無尽に駆け回り、次々と盗賊を噛み殺す。
「あ、あぎぁっ」
「な、な、何だ」
「うあ、化物だ」
血が飛び、死体が転がった。大盗賊団は山犬の攻撃に抵抗することもできず、
「に、逃げろ」
生き残った者も、まるで蜘蛛の子を散らしたかように逃げ去る。
その奮戦を見たキジは、
「さすが山犬。一人で蹴散らすとは」
と、舌を巻いた。兵たちも口々に言う。
「これでは我々は、出る幕なしだな」
「まったく、俺の仕事がなくなるよ」
それから数日間、旅を続け、僕たちの一行は都に辿り着いた。
一行が都に入ると、まず人々は、銀色の毛並みを持つ巨大な山犬に驚く。その後に、鎧兜に太刀を携え、肩にキジを乗せている僕を見て、
「あれが流されていた、桃農園の皇子か?」
「道中の宿場で巨大な鬼を退治したらしい」
などと、口々に噂した。