第三話 山犬の呪
都への旅の途中、僕たちの一行は、ある村の付近を通りがかった。すると、
ケーン、ケーン。
キジの鳴き声が里山に響く。次の瞬間。
シュッ。
一本の矢が飛び、一羽の雄キジを撃ち抜いた。
「キジも鳴かなければ、射られないのに」
駕籠の中から見ていた姫君が、悲しげな声で言葉を漏らす。
キジを射落としたのは、村の猟師のようだが、彼は御旗を掲げる僕たちの一行を見た途端に、駆け寄って来た。
猟師は僕の足下に、ひれ伏して、
「大将軍様。お願があります。村を救って下さい」
「僕は大将軍では、ありません。でも何ですか?」
突然のことに僕は戸惑ったが、猟師の話を聞いてみると、
「この村は、魔物と化した山犬に、呪われているのです。ここ数年、疫病や水害、農作物の不作が続いて、村人の数は半分に減りました」
その話を駕籠の中で聞いていた姫君は、
「先ほど狩ったキジを、私たちに献上して頂ければ、考えましょう」
と、勝手に話を進める。結局、僕たちは猟師からキジの献上を受け、山犬の魔物を退治することになった。
献上されたキジは胴体を矢で貫かれていたが、姫君が抱きかかえると、不思議と生き返り、さらに不思議なことに人間の言葉を話した。
「私は都の陰陽師に使役する式神でした。ですが、主の陰陽師が人柱にされてしまい、それ以降、約百年、山野を流浪しているのです」
このキジが陰陽師の式神ならば、
「魔物と化した山犬の居場所は解るか?」
と、僕が問うと、キジは即座に答える。
「勿論、解ります。山犬の魔物は、あの山に」
キジの視線の先には、鹿倉山が、そびえ立っていた。
その後、僕は村長の家に姫君を預け、十数人の兵を護衛として残し、キジと二人で、山犬がいるという鹿倉山へと向かった。
キジの案内で鹿倉山を登ると、夕暮れ時に山頂に到着する。
「貴様らは何者だ?」
不意に問われ、声の方に目を向けると、そこには銀色の毛並みの山犬の姿があった。大きさは雄牛ほどある巨体だ。
「何をする為に、此処に来た?」
と、問いかける山犬の赤い目は、敵意の光が宿っている。
「僕は帝の皇子の一人、今は姫君を護衛する将なのだが、村人に頼まれて、お前を退治しに来たのだ」
僕は太刀を鞘から抜き、切っ先を山犬に向けて構えた。キジには、
「君は安全な場所に下がっていろ」
と、命じる。キジは、パタパタと羽で飛び、後方の木の枝に止まった。
「気をつけてください。この山犬は、かなり怨念の強い魔物のようです」
キジの言葉に、山犬は鼻で笑い、一歩、二歩と僕に近づいて、言葉を発する。
「お前は、あの悪しき村の人間を守るというのか」
「なんだと、あの村の人々は悪しき人間なのか?」
そう問いかける僕を、山犬は真正面から見据えて、憎悪と怨みに満ちた声で語りだした。
「ならば、教えてやろう」
西の地平に太陽が沈む。静かに夜の闇が広がり、魔の支配する時間が訪れた。