第二話 都への旅
姫君を護衛しての都までの道のりは二十日ほどだった。だが、この旅路は楽なものである。
僕は十数人の兵を従え、帝の御旗を掲げているため、どこへ行っても最上級の饗しを受ける事となった。
その日も、宿場町で一番立派な旅籠に泊まることになり、その旅籠で姫君が、
「帝は、どのような、お方なのですか?」
と、僕に質問したのだが、
「確かに僕は帝の子なのですが、実は赤ん坊の頃に、あの村に送られて、帝の顔も見たことはないのです」
そう答えるしかない。
旅籠では豪華な食事が饗され、その後は温泉につかる。寝室には上等な布団が敷かれた。
こうして皆が眠りにつき、そして真夜中、
ドスーン、ドスーン。
地響のような音が響いて、
「な、なんだ?」
僕は目を覚ます。
ドスーン、ドスーン。
その音は段々と近づいて来るようだ。だが突如、
バリ、バリバリ、バリン!
天井と壁が破壊された。
「きゃあーっ」
「う、うあっ」
飛び起きた旅籠の人々が、悲鳴をあげて、寝間着のまま、外に飛び出る。
「いったい何が起こったのですか!」
破壊された旅籠のなかで、兵たちが僕に駆け寄ってきた。
「分からない。だが、まずは姫君を避難させよう」
とりあえず僕は兵に指示を出す。しかし、なんと、夜の闇のなかには一匹の巨大な鬼の姿があったのだ。
往来では、夜の闇の中を逃げ惑う人々が、
「うあぁ、お、鬼だ」
「なんて大きさだ!」
巨大な鬼を見上げて恐怖していた。
「武器を取って、姫君を守れ!」
崩れかけた旅籠のなかで僕は、
「恐れるな、姫君を守るんだ!」
大声を張り上げ、兵を鼓舞する。
「ヴグオオオオーッ」
夜空の下、巨大な鬼は唸り声をあげた。その金色の眼が光り、僕をジッと睨む。
すかさず太刀を抜いた僕だが、鬼の手が伸びてきて、掌で掴まれ、グイッと、持ち上げられた。
「ま、まさかだ」
鬼は大きな口を開ける。そして僕を喰らった。
「う、うあっ」
鬼の口の中で僕は、歯で咀嚼される前に喉口へと滑り込んで、そのまま胃の中へ落ちる。
「こうなれば腹を突き破るしかない」
僕は太刀を胃壁に突き刺し、力まかせに切り裂いた。
ブシャアアァァ。
生温かい返り血を浴びながらも、鬼の腹を内側から突き破って脱出する僕。
「グアッ、グアァァァーッ!」
激痛に悲鳴をあげる鬼。断末魔の叫びだ。
裂かれた腹から、ドバドバと大量の血が流れる。辺り一面が血の海になった。
「グォッ、ウグォ」
腹を裂かれ、弱った鬼は、やがて、
バターン。
と、倒れ、その血の海に巨体を沈める。
「やりましたな」
「ご無事ですか」
「お見事ですね」
兵たちが口々に言いながら、僕に駆け寄ってくる。その僕に姫君が声をかけた。
「お怪我は、ありませんか」
「心配ありません。大丈夫」
視線を倒れた鬼の方へ向けると、その巨体がみるみる小さくなり、
「あ、あの男は」
竹取の造の姿になった。
「あの人は鬼になって、私を追って来たのですね」
と、悲しげな声で姫君が言う。これは何という悲しい出来事なのだろう。この悲劇を引き起こした原因は、帝の歪んだ欲望だ。
そして僕は、その罪深き皇帝の血を引く、皇子の一人であった。