最終話 土蜘蛛と琵琶法師 後編
「帝の軍は、我らの棲む山に侵略して、女性や子供までも皆殺しにした。まさに大虐殺だ」
土蜘蛛は、そう語ったのだが、これは真実なのだろうか?
「だから我は魔物と化して、千年もの長き間、都を呪い、人を殺している」
僕は、その話を聞いて驚愕した。だが土蜘蛛は、さらに話を続ける。
「因果応報だ。帝と、都の民は滅びるまで、様々な魔物に苦しめられるだろう。その苦痛の念が魔物の栄養素となり、さらに魔物は栄えるのだ」
と、語りながら土蜘蛛は、長い足で琵琶法師を引き寄せて、
ガブリッ、
琵琶法師の右の耳を食い千切った。
「ぎああぁぁぁっ!」
血飛沫が飛び、痛みに悲鳴をあげる琵琶法師。
「これだ、この苦痛の念が我を強くする」
そう言った土蜘蛛の体は、緑色の光を発して、一回り大きくなり、さらに残った左の耳も食い千切る。
「ぎああぁぁぁっ!」
再度、悲痛な悲鳴をあげる琵琶法師。両耳からダラダラと真っ赤な血を流していた。
一方、土蜘蛛は光を発して、さらに大きくなる。その様子を見て、キジは震える声を漏らした。
「な、何という凶悪さだ」
だが土蜘蛛は視線を山犬の方に向け言葉を発する。
「山犬よ。お前なら我の気持ちが分かるだろう。愛する者を殺された怨みが理解できるはずだ」
その言葉を聞き、山犬は、
「確かに人間には、非道な性質がある」
と、応え、土蜘蛛の仲間に引き入れられそうになった。
その時、咄嗟にキジが叫ぶ。
「山犬、土蜘蛛の話を真に受けるな!」
しかし、土蜘蛛は薄笑いを浮かべながら、
「これは真実の歴史だ。そのことは語らずとも、誰もが薄々は気付いているだろう。帝と、お前たちの祖先は侵略者で、我々を殺戮して土地を奪ったのだ」
と、語り、いよいよ琵琶法師を殺そうと土蜘蛛が、その首筋に牙を突き立てた瞬間。
「やめろ、土蜘蛛!」
僕は跳躍して、土蜘蛛に斬りかかった。
ブオォン。
だが土蜘蛛は、サッと、太刀筋から逃れ、次の瞬間、その牙が僕を襲う。
しかし、同時に、キジが呪文を唱えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
その呪術で、
ゴゴゴゴオオォォォーッ。
強風が吹き荒れ、一瞬、土蜘蛛の動きが止まる。この隙に山犬が、
ガブリッ、
土蜘蛛の首筋に噛み付いた。
「おのれ、山犬よ、我の敵になるというのか!」
「土蜘蛛よ。怨んで、呪っても誰も救われない」
グシャアッ。
山犬の牙が、一気に土蜘蛛の首筋を食い千切る。
「うがああっ」
土蜘蛛は悲鳴あげ、琵琶法師を放した。
「今だ!」
刹那、僕は太刀を薙いで土蜘蛛の腹を斬り裂く。
「ぎああぁぁぁっ!」
断末魔の叫びと共に血が溢れ出し、裂かれた土蜘蛛の腹から、小さな光の玉が無数に飛び出した。
その光が宙に舞い、小さな土蜘蛛へと変化する。
「な、なんという事だ」
僕は驚きの声をあげた。
しかし、無数の土蜘蛛は散らばり、アッという間に、夜の山の闇へと消え去る。
「これでは土蜘蛛は滅びることはありませんな」
キジが、ため息まじりに言葉を吐くと、山犬が、ポツリ、ポツリと語りだした。
「土蜘蛛の呪いは千年もの間、続いています。今の都の様子を見る限り、滅びるのは都の方が早いのかもしれい。俺たちは、いったい何のために魔物を退治しているのでしょうか」
その山犬の言葉に、僕は応えることが出来なかった。ただ、この夜は、傷付いた琵琶法師を助けることが先決である。
「大丈夫ですか。今、止血しますから」
僕は琵琶法師の頭部に包帯を巻きつけ、山犬の背に乗せて、丹波高地から下山した。
その後、清和院の和尚は、琵琶法師の姿を見て、
「なんと酷い傷だ。だが命が助かって良かった」
と、両耳の傷を治療するために、都でも一番の医師を呼び寄せたらしい。
それから数年後、僕は吉備地方へ温羅と名乗る鬼を退治しに行くのだが、この話は別の機会に語ろう。




