第一話 竹取の造と姫君
遥か昔。東方の国。人々は夜の闇のなかを跋扈する百鬼夜行に恐れ慄いていた。
「百鬼の夜行は、人々の歪んだ心が生みだした、醜い魔物の群れだ」
夕食の後、養父は、そう語りながら茶を一口、飲んで言葉を続ける。
「天竺の聖人の言葉によれば、この世は人の心の映し鏡であるらしい」
今、家の外は夜の闇に包まれている。この瞬間も、その闇の中では百鬼夜行の魔物が蠢いているのだろうか?
家の中では義母も不安そうな表情で、
「噂話によれば、近隣の村で若い男が突然、包丁を持って暴れ、人を殺めたらしいですね」
と、言い、その話を聞いた養父は、
「おそらく魔物に取り憑かれたのだろう」
と、言葉をつないだ。
この養父母に育てられた僕は、元々、帝の皇子の末っ子であったらしい。だが、まだ赤ん坊の頃に、朝廷の権力闘争に巻き込まれ、この村に送られたというのだ。
そして僕は、桃農園を営む子どものいない、この夫婦に引き取られた。
「まったく、世の中は悪くなるばかりですね」
義母が、ため息まじりに言った直後、
ドーン!
大きな音と共に、激しく家が揺れた。驚いた養父が立ち上がり、
「地震か、それとも山が噴火したのか?」
と、慌てて家を飛び出す。僕も続いて外に出ると、少し離れた場所で竹林が燃えていた。その竹林からは紅蓮の炎が噴き出し、天を焼くほどに高く火柱を上げている。
後日、村人から聞いた話によれば、この夜、竹林には火の玉が落ちたらしい。そして燃え上がる竹林の中には、なぜだか美しい姫君がいたという。
その姫君を最初に発見したのは、竹林を管理する竹取の造だった。
「これは、なんという美し姫君だ」
「あなたは誠実で優しそうな人ね」
燃え盛る竹林のなかで出会った、竹取の造と姫君は相思相愛となり、その後、結婚する。
「あの美しさは、魔物だろう」
「いや、魔物ではなく天女だ」
などと、村の人々が噂し、その噂は、たちまち広がって都へも伝わった。やがて貴族の耳にも入るようになる。
そして五人の貴族が、それぞれに村を訪れ、竹取の造に向かって、
「金なら、いくらでも出す。ぜひ、あの姫君を側室に迎えたいのだが」
などと申し出るのであった。
最近は権力者が金の力を使い、美しい人妻を離婚させ、側室として奪い取るということが流行している。
だが竹取の造は、貴族の申し出をキッパリと断った。
「いくら金をつまれても、お断りします」
しかし、そんな竹取の造も、ついに妻を手放す時が来る。なんと帝が、
「その姫君を朕の側室にする」
と、言い出したのだ。
帝の命であるとなれば絶対である。竹取の造も断ることはできない。
そして僕の家にも都からの使者が来て、
「帝の御子息である、あなた様に、将として姫君を都に送り届ける任務が命じられました」
と、告げる。その話を聞いた義母は、
「ついに、あなたと別れる時がきたのですね」
寂しそうに涙を流す。その傍らで義父は、こう言葉を発した。
「いや、泣かずに笑って見送ってやろう。桃農園で育った息子が将となるのだ」
後日、僕は朝廷から与えられた鎧兜に身を包み、太刀を携えて、
「養父様、義母様、今日まで育てて頂いた御恩は、一生、忘れません」
と、深々と頭を下げ、生まれ育った村から旅立つ。将となった僕は十数人の兵を従え、姫君を乗せた駕籠を護衛して都へと向かった。