第29話①
「どうしたの?そんなに息切らして」
突然来た千紘を、蓮は笑顔で家に招き入れる。
その笑顔が強がりだと、千紘はすぐに気づいた。
「……いや、ちょっと通りかかったからさ」
しかし、千紘はそれを言わない。
大丈夫かと声をかけるのは簡単だ。
けれど、蓮は決して本音を言わないと千紘は分かっている。
それなら、千紘にできるのは傍にいてあげる事だけだ。
「ちょっと待ってて、飲み物出すから。お茶しか無いけど」
そう言ってコップを手に取る蓮だったが、手を滑らせてコップを落としてしまった。
地面に割れたコップが散らばる。
「ごめん、今片付けるから、…っ痛!」
焦った蓮は、破片で指を切る。
「……大丈夫か?」
その姿を見て、千紘は我慢できずに聞いてしまった。
「大丈夫だよ。少し切っただけだから」
大丈夫の意味を理解した蓮は、敢えてとぼける。
破片を拾おうとしたその時、蓮の手に千紘が手を重ねる。
「……何?」
驚きながらも、蓮は本音を隠しながら問いかける。
「……強がって、それをいつか本当にして、前に進めるのは蓮のいいとこなんだろうけどさ、もう少し頼ってくれよ」
「……強がってなんかないよ。私は私だし」
それでも、蓮は本音を話さない。
千紘に頼る事は、千紘に迷惑になると思っているからだ。
それを見透かした千紘は続ける。
「……蓮が色々と考えて、俺に話さないってのも分かってる。でも、寂しいんだよ。頼って欲しいんだよ」
「……どうして、そんなに?」
その問いかけに答えるのを、千紘は一瞬躊躇する。
けれど、ここに来た時から、覚悟は決めていた。
「……好きだからだよ」
その言葉を聞いた瞬間、蓮の中の何かが切れた。
「……また、私の前から居なくなっちゃう。お父さんとお母さんの次は、叔父さんまで……どうしよう、また独りになったら、どうしよう……」
蓮は、千紘に縋りながら、涙を流しながら訴える。
抱えていた悲しみを、寂しさを、孤独を。
千紘は、蓮を優しく抱きしめる。
「大丈夫、独りになんてしない。ずっと一緒にいてやる。お前が嫌だって言っても、ずっと」
その日、蓮は千紘の腕の中で一晩中泣き続けた。
千紘は、蓮を優しく抱きしめ続けた。




