第26話①
鳩美 千里
桜河女子高校の生活指導を務める教師であり、その凛々しい姿から、生徒の間でも人気が高い、厳しくも優しい、生徒思いの教師である。
そして、離婚した旦那との間に、1人息子が居る。
それが、千紘である。
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「37.4℃、微熱ね」
部屋に寝かした千紘の体温を測り、千里はため息をつきながら言う。
「全く、人の事ばかりじゃなくて、自分の事も大事にしなさい」
「……別に、ちょっと寝れば治るよ。てか、何しに来たんだよ」
「何って、息子の顔を見に来たんじゃない」
「今月はもう来ただろ。一月に1回って約束だろ?」
「そんな約束した覚えはありません」
言い合いをしても仕方が無いので、千紘は少し眠る事を決める。
体調不良のせいか、蓮が千里と2人になるという状況を理解出来ていなかった。
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「改めまして、千紘の母の鳩美 千里です」
千紘が眠った後、店のバックヤードで、蓮は千里と対面に座る。
「えっと、早霧 蓮、です」
お互い知っている者同士だが、関係が関係なので、しっかりと挨拶をする。
「いつも千紘がお世話になってます」
「い、いえいえ!こちらこそ」
千里の言葉を聞いて、蓮は千里が千紘の母親だという事実を、ようやく実感する。
途端に、蓮に緊張が走る。
好きな人の母親とまさかの対面、ここでの印象は、これからに大きな影響を及ぼす、と。
蓮は、喉を潤すために、出された麦茶を飲む。
「ところで、早霧さんは千紘が好きなの?」
そう聞かれ、蓮は麦茶を吹き出しそうになる。
かろうじで飲み込むが、むせてしまう。
「と、突然何を!?」
「あら?当然の疑問でしょ?」
「そ、そうですかね……」
気になる点という事は理解出来るが、単刀直入に聞いてくる人はあまり居ないんじゃないかと蓮は思う。
「ちなみに、千紘は優良物件よ。家事はできるし、他人の事をよく見てる。それと、自分の事を後回しにしがち」
千里は、嬉しそうに話しながらも、最後の言葉を言う時だけは、少し眉を下げていた。
その気持ちは、蓮にもよく分かった。
「いつも自分の事は後回しで、幼馴染の女の子の事ばかり気にかけてた。顔は私に似たのに、中身は父親そっくり」
以前、蓮が千里をどこかで見た気がすると感じたのは、千紘と似ていたからだと、千里の言葉から、蓮は思い出す。
そして、幼馴染の女の子、つまりは茉白を気にかけていたという言葉に、またチクリと心に棘が刺さる。
『家族みたいなもの』
その言葉が、羨ましい。
「ふふっ」
そう思っていると、千里が突然笑い出す。
不思議に思い、蓮は首を傾げる。
「ごめんなさい、女の子の話をした途端、すごい顔をするものだから」
「そ!?そんなことは……」
蓮は、変な顔になっていたのかと、自分の顔を触る。
「こんな良い子と友達だなんて、あの子も幸せ者ね」
千里は、息子思う母の顔で、学校では見せない優しい微笑みを浮かべながら言う。
その表情を見て、蓮も誤魔化すのを辞める。
「……先生、実は私!」
蓮は自分の気持ちを口にする。
蓮の気持ちを聞いた千里は、千紘によく似た笑みを浮かべていた。




