第17話④
「それは、依存だよ」
その言葉に、茉白の中で一瞬怒りが込み上げる。
自分の気持ちを否定された気がしたからだ。
けれど、その怒りはすぐに消える。
「……そっか、依存か」
「……否定しないの?」
「したいよ、でも、しない」
「どうして?」
「……私が、変な子だから」
茉白はそう言って、自分に対して嘲笑する。
「私ね、昔から他人の気持ちを理解出来ないの。空気も読めないから、私の言葉で変な空気になることもしょっちゅう」
茉白は苦笑いを浮かべる。
「だからね、考えないようにしたの。考える事を放棄したの」
「それは、余計に悪化しない?」
「普通なら不安になるんだろうけど、私はならなかった。千紘が居たから。絶対私の味方で居てくれる人が居たから。誰に嫌われても、皆が離れて行っても、千紘だけは傍にいるって、決めつけてた」
茉白の瞳から、1滴だけ雫が落ちる。
その姿が、蓮が先程見えたものと重なる。
「千紘も、私の事面倒だと思ったのかな?変な奴と一緒にいたくないって思ったのかな?」
「……そう思うなら、変わればいいんじゃない?」
「変わる?」
「別に、他人の気持ちを全部理解しろなんて言わないし、場の空気を読めとも思わない。私だって、全員の事を考えてるわけじゃない。友達だとか、家族だとか、取捨選択してる」
蓮は、茉白に同情した。
昨日までは、千紘の事をフッておいて、ずっと傍にいるような、平気で他人の気持ちを踏みにじる人だと思っていた。
しかし、茉白の話を聞いて、考えが変わった。
蛍峰 茉白にとっての依存は、自分を守るための手段であると。
理解した上で、蓮は茉白に変わって欲しいと心から思う。
殻に閉じこもらず、ちゃんと前を向いて欲しいと。
そうすれば、千紘の想いも報われるんじゃないかと。
「全員の気持ちを考えなくていい。でもせめて、千紘君の気持ちを考えるところから始めたら?」
千紘の想いが叶って欲しい。
蓮は心からそう思う。
(そう、思ってるのに……)
蓮の胸には、チクチクと何かが刺さる感覚がした。
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蓮が去った店内で、茉白は一人で空を見つめる。
蓮に言われた言葉の全てが、茉白の頭の中で反復される。
(……そういえば、千紘の考えてる事ってあんまり分からないや)
何年も一緒に居て、千紘の考えを、気持ちを理解していなかった。
千紘は、茉白の事を全てでなくとも、理解してくれているのに。
そんな自分が情けなく、最低に思えて、茉白はまた泣きそうになる。
そこに、ふと白い花が茉白の目に入る。
店内のちょうど中央の辺りに置かれたチャノキの花が。
(季節でもないのに、何であるんだろ……)
茉白は花まで近づいてみる。
近くで見ると、造花であることが分かった。
(本物に比べたら劣るけど……綺麗だな……)
茉白の中で、かつての記憶が再生される。
一時も忘れたことの無い。
淡く、幸せな記憶
(……今からでも、間に合うかな)
茉白の後ろで、2人の少年少女がはしゃいでいる。
母親に注意され、席に座って、2人で笑いあっている。
その姿が、かつての自分達と重なった。
茉白の表情が、自然と緩む。
チャノキの造花から、1枚の葉が落ちる。
「すみません、この葉、一枚貰っていいですか?」
茉白が近くの店員に聞くと、不思議そうな顔をしながら店員が頷く。
蓮がお会計を済ませていたようで、茉白はそのまま店を出る。
蓮に借りができたと茉白はクスリと笑う。
茉白は、手に持ったチャノキの葉を見る。
チャノキの花言葉は、謙虚、追憶、そして……
もう一つの意味を茉白は知らない。
けれど、その葉を見る茉白の瞳には、輝きが戻っていた。