第13話②
学年が変わり、杉人達とクラスがバラバラになったところで、千紘に大した変化はなかった。
杉人も茉白も、元々千紘以外に友人が居たため、千紘は基本的に一人の行動が多かった。
新しいクラスに一人の友人も居ない千紘は担任の先生の話を特に気にする事なく流していた。
「早速で悪いんだが、今日中に委員長と副委員長は決めときたいんだ。誰かやりたい奴居るか?」
先生の言葉にサッと一人の少女が手を挙げる。
「お!やってくれるのか?松富」
「はい」
心愛はメガネを指で上げながら堂々と答えた。
「でもいいのか?生徒会の仕事もあるだろ?」
「平気です。両立は出来ますから」
本人がいいならと委員長は心愛に決まる。
進行も心愛に移り、話が進む。
「それでは、副委員長を決めます。出来れば男の子にお願いしたいのですが、誰かやりたい人は?」
心愛の問いかけに、クラスの男子は目を逸らす。
理由は簡単で、心愛の事が怖いからだ。
美人で優等生な彼女は、厳しいイメージがついている。
誰も手を挙げない事を、千紘がボーッと眺めていると、ふと視線を感じた。
教卓の方を見ると、心愛が千紘をじっと見ていた。
別に圧を感じるわけでもなく、ただじっと見られていた。
「……はぁ」
理由は分からないが、心愛は千紘をご指名のようだ。
千紘はそれを察し、手を挙げた。
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「まさか、本当に引き受けるとは思わなかった」
ホームルームが終わった放課後、委員長と副委員長になった千紘と心愛は、集めた提出物を職員室に届けるため廊下を歩いていると、心愛がそんな事を口にした。
「そんなに意外だったか?」
「ええ、鷹辻君はこういう仕事嫌いだと思って」
確かに、千紘は今まで委員会に一度も所属していないが、別に嫌いという訳では無い。
ただ、他の誰かがやらないならやるというスタンスなだけだ。
今までは、その機会が訪れていなかっただけにすぎない。
「別に嫌いとかじゃない。それに、松富とやりたがる男子は居ないみたいだったし」
「あら、失礼な事言うのね」
心愛は小さく笑う。
その表情が、今までの心愛よりも柔らかくなったと千紘は感じた。
話しているうちに職員室に到着し、提出物を担任に渡して後にする。
「……茉白と離れちゃったわね」
教室に戻る道中、心愛が言う。
「そうだな。こんなこと初めてだよ」
「まあ、今までが異常だったってことよ。普通10年もの間同じクラスで居続けるなんてありえないもの」
「そりゃそうだ」
感覚がおかしくなっていたが、小学校から数えて約10年クラスが離れた事が無いというのは稀に見る奇跡である。
「……これは、好機かもね」
「好機?」
心愛の言っている意味が分からず、千紘は首を傾げる。
「茉白と離れたのは、鷹辻君にとっては視野を広めるチャンスってことよ」
「視野を、広める……」
茉白にフラれて間もない頃、自分も同じような事を考えた事を千紘は思い出す。
けれど、あれ以降もずっと茉白と距離は変わらず、視野を広める事などしていなかった。
「鷹辻君と茉白は、一度離れるべきだったのよ。じゃないと、お互い変われない。良い意味でも、悪い意味でも」
心愛は千紘の方を見て、小さく微笑みながら言う。
「この機会に、交流を広めたらどう?茉白や海原君だけじゃなくて、せっかく新しいクラスなんだから」
それだけ言い残し、心愛は塾があるからと足早に帰って行った。
千紘も教室の荷物を取り、一人廊下を歩きながら考える。
(そういえば、俺の中心は茉白だったな……)
千紘は、1年生の頃のクラスの茉白と杉人以外の生徒の顔がぼんやりとしか浮かばない事に気づく。
一年間も同じ空間に居て、顔が思い出せないのだ。
(好機、か)
「千紘!」
靴箱まで降りて、靴を履き替えていると誰かに呼ばれる。
外を見ると、茉白が笑顔を向けて立っていた。
「なんで居るんだ?」
「今日は部活が休みだからさ、一緒に帰ろうよ」
断られるなどと微塵も思っていない顔を茉白はしている。
昨日までの千紘ならば、何も考えず了承していたかもしれない。
だが、心愛に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
離れなければ変われない
そして思い出す。
自分と茉白は、一度終わった関係なのだと。
「……悪いけど、一人で帰ってくれ」
「……え?今、なんて?」
信じられない事を聞いたような表情を茉白は浮かべている。
それでも、千紘は続ける。
「考えてみたらさ、俺達ちょっとおかしかったんだよ。もう終わった関係のはずなのにな」
「終わった?何の話?」
ここまで言っても茉白は理解していない。
普通なら怒りが湧き出る事だが、茉白をよく知る千紘に怒りはない。
「……俺達、一回距離置こう」
「……それ、本気で言ってるの?」
「ああ。いい機会だろ?お互いクラスが離れて、別の交友を広めるチャンスだし」
千紘の言葉に、茉白は言葉が出ない。
けれど、千紘を見る目が訴えている。
嫌だと叫んでいる。
それでも、千紘は止まらないと決めている。
「俺、他の奴とも話してみたいんだ。思わぬ出会いとか、あるかもだろ?」
蓮と話すようになってから、千紘が微かに感じていたこと。
ずっと茉白中心の小さな世界で生きてきた千紘が、失恋し、一瞬広げた世界の中で出会った少女。
今では大切な友人となった少女だ。
そんな蓮のような、千紘にとって大切になる誰かが居るかもしれない。
だが、茉白中心のままでは、千紘はその誰かを見つけられない。
「そういうことだからさ、明日からは弁当とかも自分でどうにかしてくれな」
茉白は黙ったまま、下を向いて動かない。
「……じゃあな、茉白」
それでも、千紘は手を差し伸べることはなく、茉白の横を通り過ぎる。
茉白の背中は、いつもの明るく元気な彼女からは想像出来ないほど暗く澱んで見える。
そんな茉白の姿を千紘が振り返り見る事はなかった。