第12話②
千紘の父親が夕方頃に帰宅したタイミングで、茉白も自分の家へと帰って行った。
結局、昼ごはんを食べた後はただ家に居座っていただけだった。
千紘が店仕舞いをして、部屋に戻る。
千紘の中の嫌な予感はまだ消えない。
(茉白のあの笑顔は、何かを隠したい時の笑顔だ)
茉白の考えている事を千紘は完璧には理解出来ない。
けれど、表情から簡単には予想できた。
(隠したい事ってなんだ?茉白自身のことか、それとも……)
千紘は昼間の蓮の様子を思い出す。
用事があると言って帰ったらしいが、千紘はどうも引っかかった。
外の風が強くなってきて、その音がより千紘の胸騒ぎを掻き立てる。
「……よし」
千紘はスマホを取り、蓮に電話をかける。
千紘の思い過ごしならそれでいい。
けれど、もし茉白に何かされたのであれば……
スマホのメッセージアプリで蓮の名前をタッチし、通話ボタンを押す。
ワンコールもしないうちに、通話に出る音がした。
『も、もしもし!?』
「うお!?声でか」
蓮のあまりの声量に千紘は一瞬耳からスマホを離した。
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千紘の声を聞いた瞬間、蓮は嬉しさが込み上げてきた。
恐怖心が和らぎ、安心感を覚えた。
「ど、どうしたの?こんな時間に」
『いや、今日ほとんど話さず帰ったろ?何かあったのかと思って』
電話越しの千紘の声は、いつも隣で聞くよりも近く感じる。
自分の様子を心配してくれた事に喜びも感じた。
「なんだい?そんなに私と話せなくて寂しかったの?」
『……電話しなきゃ良かった』
蓮はからかうように笑いながら言う。
電話の向こうで千紘がため息をつくのが聞こえた。
そんなやり取りすら、今の蓮には楽しくて仕方がない。
「そう言わずに、少し話そうよ」
『まあ、いいけど、その前に、今日茉白に何かされたか?』
茉白の名前を聞いて、蓮は一瞬固まってしまう。
『……やっぱり、何かされたのか?』
蓮の反応に違和感を持った千紘がそう聞く。
蓮は慌てて首を横に振りながら答える。
「いや!されてないされてない!何もされてないよ!」
『……本当か?』
「ほんとほんと!ただちょっとお喋りしただけだって!」
『まあ、それならいいけど……』
千紘は少し安心したのか、声音が柔らかくなる。
「……私の心配してくれるなんて、千紘君は優しいね〜」
『そうか?普通だろ』
「そうかな?普通は好きな子の味方をするものだよ。今の千紘君の言い方は、茉白さんを悪者にする言い方だよ」
『……好きな人とか、関係ねえよ』
「え?」
『早霧は俺の友達だ、友達の心配するのは、当たり前だろ』
千紘の力強い言葉に、蓮は目を見開き、クスリと笑った。
『な、何で笑ってんだよ!今結構良いこと言ったろ!』
「ごめんごめん、千紘君が顔を赤くして言ってると思ったら、つい」
『くそっ!二度と言わねえ!』
蓮はまたクスリと笑う。
(全く、君はどうしていつも、一番欲しい言葉をくれるの?)
茉白の瞳と、昔のトラウマを思い出して、恐怖でいっぱいだった蓮に、千紘は欲しい言葉をくれる。
それが、たまらなく嬉しかった。
『じゃあ、そろそろ切るぞ?』
「あー!待って待って!もう少し話そうよ!」
『ん?まあ、別にいいけど』
「ありがとう!それじゃあ、何から話そうかなー」
『そんなにあんのか?』
「ふふ♪今日は寝かせないよ」
『うわ〜、そのセリフ、早霧じゃなかったらドン引きだわ』
蓮はくすくすと笑い、二人はしばらく話を続けた。
蓮の体の震えは、いつの間にか消えていた。




