第7話②
「単刀直入に聞くわ。茉白にフラれたってほんと?」
予想通りの質問に、千紘は見ていたタブレットを一度置く。
「そうだけど、今更?もう一月も前だし、噂にもなってた。松富も知ってるだろ?」
「当然知ってるわ。まあ、本人に直接聞いた訳では無いけど」
そう言う心愛の目は、「あれだけ相談に乗ってあげたのに、一言も報告なし?」と言いたげな目だった。
それに関しては、千紘も申し訳ないと思っていたが、杉人曰く散々な結果だったため、わざわざ言うのもはばかられたのだ。
「一応の確認よ。もし本当は付き合ってるとかだったら、浮気になるから」
「浮気?何の話だ?」
「これの話よ」
心愛は自分のスマホを取りだし、一枚の写真を見せてくる。
その写真を見て、千紘は一瞬驚くが、冷静に聞く。
「これが何か?」
「何かって、分からない?」
「ああ、確かにこれは俺だが、休日に友人と出かけるのに問題が?」
千紘は心に余裕を持って答えた。
心愛が見せてきた写真は、この前の休日に千紘が蓮と勉強会のために図書館に向かっていた時の物だった。
撮られている事には驚いたが、あの時の蓮の格好は男物の服だった。
写真に写る蓮は後ろ姿なため、誰がどう見ても男友達と出かけているようにしか見えない。
「確かに、ただの友人なら問題ないけれど、この隣の子、女の子よね?」
心愛が見抜いていることに、千紘は感心する。
しかし、動揺するほどではない。
写真を撮ったということは、心愛はあの場にいたということ。
実際に目にしたら、蓮が女の子だと見抜ける者も少なくないだろう。
「仮に女の子だとして、別にいいだろ?茉白にはフラれたんだから」
千紘は平然と答える。
それもそのはずで、千紘の言っている事は何一つ間違っておらず、責められる道理はないからだ。
「そうね、それはその通りだわ。でも、フラれた割には元気そうだなって思ったから……」
そこまで言って、心愛は言葉を詰まらせる。
しばらく沈黙が続き、その間に千紘はブラックコーヒーを注文する。
その注文が終わる頃、心愛が口を開く。
「もしかして、鷹辻君が元気になったのは、この子のおかげ?」
心愛に言われて、千紘は考えた。
茉白にフラれた事を蓮に話したあの日、確かに心は軽くなった。
それから、毎日学校の登下校を共にして、くだらない話をして、楽しかった。
今思えば、失恋という傷を埋めてくれていたのは、蓮なのかもしれない。
と千紘は思った。
「……そうだな、全部とは言わないけど、立ち直るきっかけではあったかな」
正直に答えると、心愛は唇を噛む。
千紘はその動きに気づかない。
「……この子は、鷹辻君にとって、何?」
自分にとって蓮は何か、改めて聞かれると、千紘も分からなかった。
最初はただの客と店員で、気づけば友人になっていて、けれど、杉人とはまた違った感覚で、だからといって恋人ではなくて。
ぐるぐると千紘は頭の中で考えたが、今の関係性を表す明確な言葉が出てこない。
だから、思った事だけを口にした。
「そうだな……大事な人、かな?」
それは嘘偽りのない千紘の今の答えだ。
その答えを聞いて、心愛はまた唇を噛んだ。
「……そう、分かったわ」
納得したのか、心愛は荷物をまとめて席を立つ。
「今日はこれでお暇するわ」
「ケーキ食ってかないのか?」
「遠慮するわ。こんなところ、茉白に見られたら誤解されるから」
「別にされないし、仮にされたとしても、茉白にとやかく言う資格はないだろ?俺は茉白にフラれたんだから」
「……そうだったわね。でも、」
心愛は千紘の顔を見つめ、眼鏡を一度クイッとあげる。
「鷹辻君って、案外茉白の事分かってないのね」
「え?いや、そんなこと─」
「それじゃあ、失礼するわ」
意味深な言葉を言い残し、心愛は店を出て行った。
言葉の意味は分からなかったが、千紘は考えるのをやめた。
注文したコーヒーが来て、それを一口飲む。
(……案外女々しいな、俺って)
告白の話をしたせいか、治りかけた傷が開いた気がした。
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『大事な人、かな?』
(……何が、大事な人よ)
店を出た心愛は、足音を鳴らしながら、繰り返される千紘の言葉に苛立ちを覚えていた。
その形相は、すれ違う人達が心愛から視線を逃がす程だ。
(あなたには茉白がいるじゃない!茉白も茉白で何でフッたのよ、誰がどう見てもベストカップルだったじゃない!)
茉白の親友である心愛は、茉白と千紘の関係を一番近くで見てきた一人だ。
だからこそ、すぐ諦めた千紘にも、フッた茉白にも怒っていた。
(鷹辻君は鷹辻君で、すぐに別の子に乗り換えてるし!あの距離感は普通の友達じゃないわよ!)
心愛の怒りはどんどん溜まっていき、爆発寸前だった。
だからなのか、心の中で閉まっておいたはずの気持ちが漏れ始める。
(鷹辻君は茉白とじゃなきゃダメなのよ!私が手伝ったんだから、茉白だったから、他の子に行くのなら……)
「私でも、いいじゃない」
漏れ出た本音は、誰の耳にも届かないほどに小さな叫びだった。