第5話③
「……これって普通逆じゃね?」
ナンパから助けられた千紘はしばらく歩いたところでそう疑問を口にする。
「逆って、何が?」
「いや、普通男がナンパされてる女の子を助けるんだろ?だから、今のは逆じゃね?」
「でも、千紘君は困った顔してたし、助けた方が良かったかなって」
蓮の言うように、千紘はナンパされたことなどなかったため、理由はどうあれ初めてのナンパにどうすればいいか分からなくなっていた。
「そういう早霧は手馴れてたな」
「まあ、しょっちゅうあるからね。慣れちゃった」
さすがの王子というところか、ナンパ慣れのレベルもそこらの男より上だろう。
「まあ、逆とかそんなのどうでもいいじゃない」
「……それもそうか」
蓮の言葉に千紘も納得する。
適材適所というもので、慣れている方が助けてやればいいということだろう。
気を取り直した千紘は、蓮の手にあるサンドイッチを見てお腹を鳴らす。
それを聞いた蓮が小さく笑う。
「お腹空いたの?」
「……朝ごはんは食ってきたんだけどな」
「……一口食べる?」
「え?」
蓮はニヤリと笑って、千紘にからかうように聞く。
顔を真っ赤にする千紘を想像したのだが、
「なーんて─」
「いいのか?」
「え?」
「あ、やっぱダメか?」
「え?いや、どうしてもって言うなら別にいいけど……」
「そうか、ありがとな」
思っていた反応と違い、蓮は動揺する。
混乱している間に、千紘は蓮からサンドイッチを受け取り、一口食べる。
「ありがとな、めっちゃ美味いわ」
そして、千紘のかじったサンドイッチが蓮の手元に返ってくる。
「あ、うん……」
蓮はサンドイッチを食べることなく凝視する。
それを不思議に思った千紘は蓮に聞く。
「食べないのか?」
「え!?た、食べるよ!?」
そう言う蓮だが、サンドイッチを食べる素振りを見せない。
(何で食わねえんだ?)
蓮の様子を見ても、千紘は蓮がサンドイッチを食べない理由が分からなかった。
そして蓮は、
(こ、これって、間接キスなんじゃ!?)
からかうつもりで発した言葉で、まさかのカウンターをくらい、頭の中で動揺していた。
(てっきり顔を真っ赤にして恥ずかしがると思ってたのに!これじゃあ、私が恥ずかしくなっただけじゃん!)
ずっと女子校で育ってきた蓮は、男性に対する耐性がほとんどなく、間接キスですら恥ずかしいと感じるほどに男性との関わりがなかった。
その一方で、千紘には茉白という存在がいたせいか、間接キスレベルだと大したことじゃないとという考えであるため、蓮が躊躇う理由が分からないのだ。
そのため、
「マジで大丈夫か?食事が喉を通らないのか?」
「た、食べる!食べるから!?」
千紘は本気で蓮を心配していた。
いつまでも止まっていると、千紘の不信感が増すばかりだと判断した蓮は、覚悟を決めてサンドイッチを食べた。
「どうだ?美味いだろ?」
「……まあ」
「だろ?って、早霧が買ったものなんだけどな」
千紘はそう言って笑っている。
蓮の顔が真っ赤に染まっていることも知らずに。
ちなみに、蓮はサンドイッチの味が全く分からなかった。