第5話①
翌週に期末テストを控えた土曜日、千紘は電車に乗って街の方まで来ていた。
近くには劇団の拠点があり、周囲はそのファンの人で賑わっている。
待ち合わせ場所に5分前に到着した千紘は、相手にメッセージを送ろうとスマホを出したタイミングで、向こうからメッセージが届いた。
『後ろを見てみな』
そんなメッセージを見て千紘が振り向くと、
「おはよう、随分早いんだね」
待ち合わせ相手である蓮が手を挙げて言う。
「お前もな、まだ5分前だぞ」
「学校の人と出かける時の癖でね。女の子と出かけるのに遅刻は絶対ダメだからね」
蓮の発言に千紘も確かにと頷く。
女子校の王子ともなると、そういう機会も多いのだろう。
その証拠に、蓮の服装は男性物の紳士服で、見た目は完全にイケメン男子である。
「それじゃあ、少し早いけど図書館に行こうか」
「ああ、今日は頼むな、先生」
「任せたまえ、生徒君」
今日、千紘と蓮が一緒に出かけている理由は、昨日の学校帰りまで遡る。
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「この前食べたクレープが本当に美味しくてね、ぜひ千紘君も食べるべきだよ」
「……」
いつものように、蓮が他愛のない会話をしていると、千紘の反応が鈍い事に気づく。
いつもならば、どうでもいいような話でも、千紘は相槌をうったり、話を広げたりと良い反応を見せてくれるのに。
「何?どうかしたの?」
もしかしたら、例の幼馴染と何かあったのかもしれないと、少し心配になった蓮は千紘に尋ねる。
「……ついに来るんだ」
「来る?何が?」
「この時期だ、分かるだろ?」
「えっと、ごめん、本当に何か分からないんだけど」
「はっ!それだけ余裕って事か……」
「いや、勝手に自己完結しないでよ、何か相談なら乗るよ?」
明らかに様子がおかしい千紘に蓮は言う。
もし本当に幼馴染との件なら、話を聞いた立場上放ってはおけないと蓮は思っていた。
そんな気持ちが伝わったのか、千紘もようやく話し始めた。
「まだ大丈夫だと高を括っていたんだ。でも、気づけばすぐ後ろに迫っていたんだ」
千紘のあまりの迫力に、蓮も一度息を呑む。
何か恐ろしいものが千紘を襲っているのかもと。
「……何が、来ていたの?」
「それは……学年末テストだ!」
「……は?」
間を取り、千紘が放った言葉は、あまりにも拍子抜けのもので、蓮は思わず顔をしかめる。
「だから、来るんだよ!学年末テストが!?」
「いや、そりゃ来るでしょ。もう学年末なんだから」
一年の終わりにテストがある事など、分かりきっている事で、何をそこまで恐れているのか、蓮には分からなかった。
「何?そんなにやばいの?赤点取ったら留年とか?」
「いや、そこまでは言わないけど……」
千紘の表情から、いつもの成績を蓮は何となく察する。
「いつもは赤点ギリギリってところかな」
「ぐっ!」
図星をつかれ、千紘は顔を歪ませる。
「いつもは範囲が狭いからな。一夜漬けで何とかなるが、今回は一年分が出る。さすがに同じやり方じゃ無理だ……」
千紘は元々、そこまで成績が良い訳では無い。
県内で進学校として有名な春芝高校に入学できたのも奇跡に近い事だと自分で思っていた。
そのため、春芝の授業スピードについていけなくなってきていたのだ。
「やべえんだよ、赤点取ったらさすがに母さんにどやされるんだよ!?」
どうやら千紘が怯えていたのは、悪い点数を取るということより、それによる母親のお叱りのようだ。
「そんなに怖いお母さんなの?」
「やべえんだよ、事勉強においては特に……」
「全く、仕方ないな。私が勉強教えてあげるよ」
「え?いい、のか?」
「私の学校も進学校だし、習った範囲は変わらないと思うけど?」
「でも、自分の勉強はいいのか?」
「私は大丈夫、心配なし」
蓮はピースサインをしながら言う。
何を隠そう、蓮は桜河女子で不動の学年一位である。
そんな秀才の彼女が、暗い顔になっていく千紘を見かねて、勉強会の提案をしたのだった。