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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
9/13

 由良にとって見慣れた社務所兼住宅の家屋の前に、五人は瞬間移動していた。由良が呼び鈴を押すと、しばらくして中から鍵が開けられ、老神主が顔を出した。今は、きちんと神主の装束を身に纏っている。

「思いの外早かったな」

 空はうっすらと夕闇に染まり始めていた。雨が降った様子はない。

 約二日で四人もの神子を見つけられたのは、僥倖だった。

「なるべく急がないと。ご令嬢の容態も気になります」

 由良が応えると、老神主も頷いた。

「こちらもなんとか調べがついたところだ。あとは、ことが済み次第、専門の機関の人間に、迎えに来てくれるよう、手配するだけだ」

「勾玉の扱い方がわかったのですか?是非教えて下さい!」

 千隼が身を乗り出して尋ねる。

「大人数だな。茶の間では狭いから、本殿へ来なさい」

「ただいま帰りました」

 遅ればせながら、由良が挨拶をする。口癖のようなものだ。

 他の四人は、口々にお邪魔しますと頭を下げると、社の本殿へと通された。

 床張りの本殿には、木製の椅子が並べられている。各々好きなところに腰掛け、老神主の話を待つ。徐ろに語られたのは、信じられない言葉だった。

「勾玉を持った神子と契りを結ぶ事で麒麟になれる」

「は?」

 由良がわが耳を疑う。四神の神子達の間にも、動揺が広がった。

「…そうこの文献に書いてあったのだ」

 かろうじて読めそうな糸綴じの本を、老神主は指し示した。

「お借りしてもよろしいですか?」

 千隼が本を受け取ると、早速ページをめくった。漢字だけが並んでいるものだが、千隼は速読する。

「概ね合っているようです。この本の出自は、大陸からのもののようですが」

「そうだな。元々麒麟などの神獣信仰は、中国のものだったらしいからな。日本に渡って来て、独自の歴史を歩んできたようだ」

「…ただ、この本では、麒麟が宣言したことをそのまま書き留めてあるだけで、実際に勾玉を使って麒麟を喚び出すことは、行われたことが無いみたいですね」

「へえ…」

「そんなウンチクはこの際どうでもいい。誰が由良を抱くかが問題だろう」

 巽が立ち上がり、口を挟む。

「おれがする!」

 圭斗が挙手して立ち上がった。そのまま由良の前に行き、その手を取る。

「由良、おれと抱き合うのじゃだめ?」

 ウルウルの瞳に絆されそうになりながら、由良は首を横に振る。

「圭斗は、まだ中学生でしょう。こんな話にまじるのも、教育的によくないくらいだよ」

「そんなことない!ちゃんと授業で習ったし」

 由良は、圭斗の目を見て、きっぱりと宣言する。

「ごめんなさい。圭斗のこと、嫌いじゃないの。でも今は、そういう意味で圭斗のことを見ることはできないわ」

「うっ…」

 泣きそうになる圭斗の頭を、道也がぐしゃぐしゃにかき混ぜる。

「大丈夫、今はまだ無理なだけで、お前が大人になったらまた口説けばいいさ」

「そんな悠長なこと言っていられないだろうが、今は特に」

 千隼が注意する。

「因みに、僕はまだ死にたくないから、なるべくなら辞退したい。神子は、子供が出来たら死ぬって、皆、覚えてる?」

「それな。俺は由良を抱くのはやぶさかではないが、それはちょっと躊躇する要因やな」

 道也が腕組みして応える。

「俺は、元から承知の上だ。由良、俺にしとけ」

 巽が、道也と圭斗を押しのけて、由良の前に進み出る。

「巽こそ、私なんかでいいの?友達もいない、何の取り柄もない、神子である以外は普通の女なのに」

「正直、最初は、麒麟の神子って色眼鏡でみてた。でも、か弱そうに見えて、実は強いところが好きだ。会っていきなり襲ったこと、謝らせて欲しい。すまん」

「…うん、許す」

 由良が手を差し出す。巽が手を握り返したところで、老神主が皆に告げた。

「纏まりかけたところ恐縮だが、一つ提案がある…」

「提案?」

 由良が小首を傾げる。

「白虎の眷属の話を聞いた時に思いついたのだが、すでに不貞の者に勾玉を持たせてみてはどうだろう?麒麟に似た神獣になることができるのではないだろうか。さすれば、由良が純潔を失わずに済む」

「でも、不貞の者って、どう見極めれば?」

「うむ、実は、ちょっとしたつてがあって、執行猶予中のレイブ犯を呼び出しておいた」

 レイブ犯と聞いて、神殿内がざわついた。

 しばし待たれよと言い置いて、老神主は室内を出て行く。間もなく戻って来た時には、後ろに二十代半ばくらいの、ヘラリとした笑みを浮かべた男がついてきていた。

「へえ、美男美女揃いだな。楽しくなりそう」

 男がぽつりと漏らした一言に、由良は背筋をぞっとさせる。何かが危険だと本能が告げていた。

「由良、勾玉を見せてみよ」

 老神主の言葉に渋々従い、首飾りのようにしていた勾玉の連なりを、手の平にのせる。赤、白、黒、青、四つの勾玉が、光を反射して、きらめいていた。

「きれいだね。これに触ればいいのかな?」

 男が手を伸ばすと、反射的に由良は後退りしていた。その由良の肩を、巽が後から支えるように掴んだ。

「こんなことする必要はない。俺が由良を抱く」

「まあまあ、ものは試し。ちょっと触るだけだって」

 男は軽いノリで、しかし強引に由良の手を勾玉ごと握りしめた。

「いや!」

 由良が手を振り払う。と、同時に。

 ドンと低い地鳴りが響いた。

 男の身体が変容し、一気に膨らんでいく。ついには神殿の一部の壁と屋根を破壊し、巨大な生き物へと変体した。神子達は全員で、瓦礫の破片から由良の身を庇う。

 上半身は男の姿のまま巨大化したものだったが、下半身は牛であろう獣の格好をしていた。どう見ても、想像する麒麟の姿には、ほど遠い。

「ひゅ〜!見晴らし最高」

 男は片手を額につけ、遠くを見渡す仕草をする。夕闇に染まる空に星は見えず、それでも街明かりで燦然と輝いている。

「お祖父様!この事態をどうする気ですか!」

 立ち上がった由良の叫びに、老神主は、無事だった壁にかけられていた長刀を取ってきて、構えた。

「儂が全責任を取る」

「お祖父様!一人では無理です。それに、あの人を殺す気ですか?」

「…これは、別の本に載っていたのだが、神獣のきもを喰らえば、不老長寿になれるということだ」

「喰らう?冗談じゃありません!」

「ああ、冗談ではないさ」

「お祖父様!あれは神獣ではありません。口にするのは危険だと言っているのです」

 由良と老神主の言い合いに、道也の呆れた声が飛ぶ。

「親子喧嘩はそれくらいで、速やかに避難してくれや」

 今にも崩れそうな本殿の壁に、ぎくりとしながら老神主が飛び出す。

 ケンタウロスに似た獣は、早足で街中を駆け回っていた。住民の中には、獣の姿が見える者もいて、パニックになって無茶苦茶に走り出していた。

「面白い!人が蟻みたいだ。蟻の行列って、思わず踏み潰したくなるよな」

 興奮気味のケンタウロスもどきは、四つの蹄で街の住民たちを追い詰め、踏み潰していく。

 その寸前。

 風がケンタウロスもどきの足下を掬い、転倒させた。

「痛え!な、なんだ?」

 道也が、両手を前に突き出し、突風を操り出して攻撃していた。

「型通りとは行きませんが、なんとか技を会得しているようですね」

 千隼も、炎の矢をダーツの要領で次々と投じる。炎は皮膚の表面の体毛を焼いただけで、致命傷には至らない。

 今度は、圭斗が、石礫を当てる。それに合わせて巽が、集中豪雨を降らせた。今度は効いたようで、ダメージと共に倒れ込んだ。

「行ける!皆、聞いてくれ」

 千隼が声を上げて、一同を集める。

「今の技を全員で揃えて、奴の頭部めがけて一気に叩き込もう」

「もう一度?」

 圭斗が不安そうに聞き返す。

「奴を放置することは出来ない。やれるな?」

 真剣な千隼の眼差しに、圭斗がこくりと頷いた。

「うん」

「じゃあ、いくぞ。せーの!」

 風、水、火、土の一斉攻撃に、後方からの電撃も加わる。由良が前に教わった落雷の術を放ったのだった。

 倒れ込んでいたケンタウロスもどきの頭部を、全員の一撃で粉砕した。

 ピクリとも動かなくなった獣に、素早く近づく人影があった。老神主は、構えた長刀で頭部を失った獣の胸を切り裂くと、心臓を鷲掴みして取り出し、歯を立てた。

「お祖父様!」

 駆け寄ろうとする由良が止めに入る間もなく、老神主は心臓の一部を飲み込む。

 すると、瞬く間に老神主が小さな小猿に変化してしまった。

「お祖父様…!」

 由良は、小猿を捕まえようと手を伸ばしたが、素早い動きで逃げられてしまう。

 ドン!と。

 突然、雷が落ちた。それは、ケンタウロスもどきの死体に落ちて、流れ出た血ごと、跡形も無く消し去ってしまった。

「死体を放置するから、そんなことになるのです。詰めが甘いですね、由良」

 涼やかな男性の声が響く。車から降りてきたばかりの体裁で、神通力を発揮した謎の男性は、髪の短い由良の顔そのものだった。

「由良がもう一人…?」

 圭斗が驚きの声を上げる。

「いや、あれは男やろ?」

 道也が共に驚きながらも、否定する。

「お前は誰だ!」

 巽が、由良と謎の男性の間に立ちはだかるようにして、駆けつける。

「私は、由良と同じ麒麟の神子だよ。正しくは、麒の神子。麟の神子の双子の姉弟にして、(つがい)でもある」

「番?」

 巽が険のある眼差しを送るが、麒の神子は難なく躱して、由良の前へ進み出る。

「双子のきょうだい…?」

 由良の問いに、麒の神子は静かに頷く。

「私は、由良の弟ということになるね」

「あ!名前は…?」

「私に名前は無いのだ。ただ、周りからは『桜の君』と呼ばれている」

「桜の…?」

 由良の記憶に引っかかる何かがあった。

「桜の君!麒麟の涙のお告げをした大神官!」

「正解」

 ニッコリ笑むと、ますます由良と顔立ちがリンクする。

「とりあえず移動しようか。ここは場所が悪い」

 周囲には、人集りが出来つつあった。何があったかも知らずに通り過ぎる人もいれば、遠巻きに、興味津々でこちらを見てくる人の姿もあった。

 車には、人数制限があったので、もう一台を呼び、道也と千隼と圭斗の三人が、後から合流する流れとなった。

 由良と巽が、桜の君と共に、先の車に乗り込む。その時、どこに隠れていたのか、小猿が走って来て由良の腕にしがみつき、一緒に乗り込んだ。

「…お祖父様、ですよね?」

 由良が小首を傾げると、小猿も首を傾げ、目を瞬かせた。

「自業自得だ。放り出せよ」

 巽の冷やかな視線に気付いた小猿は、歯をむき出しにして、威嚇してみせる。

「連れて行きます。いいですか?」

 由良が助手席に座る桜の君に確認を取ると、彼は快く了承してくれた。

「もちろん、いいですよ」

 桜の君が、出して下さいと運転手に向かって言うと、車はスムーズに走り出した。


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