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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
7/13

 三人が現れたのは、消毒用アルコールの匂いが充満する場所だった。緑の術服を着込んだマスク姿の団体が、腰まである高さのベッドを取り囲んでいる。

「ここは…?」

 手術室のようだ。辺りを見回す三人の目に飛び込んできたのは、横になっている人物の胸にある黒子のようなものに、今まさにメスを入れようとする医者の姿だった。

「あー!」

「だめ!」

 道也と由良が同時に声を上げる。

「なんだね?君たちは?」

 メスを操る手を止め、医師が三人をみとめる。すぐ隣にいた助手の一人が三人に近づき、先ずは由良を捕まえようとする。

「どこから入ってきた!部外者は立ち入り禁止だぞ」

 由良の前に素早く立ち塞がった千隼は、助手の手を掴み、逆に捻り上げる。

「すみません。その患者に用があって来ました。手術は、中止してください」

「そんな勝手なことを!早く出て行き給え」

 不利な体勢にもかかわらず、助手はにべもない。しかし、執刀医はすぐにメスを置いて、ライトを消した。

「みんな、今回の手術は中止だ。このままでは、雑菌の問題も出てくる。とりあえず、三人を患者の病室に連れて行きなさい」

「はい」

 返事をしたことで、千隼の手から逃れた助手は、渋々執刀医の指示に従い、三人を手術室から追い立てるようにして下がらせた。背の低い看護師が先頭に立つと、三人の後から、式布を取り掛布を被せられた患者のベッドを押して、一緒に運んでくる。

 ベッドを病室にセットすると、助手達は速やかに出て行った。

 麻酔で眠っているらしい患者と三人だけにされて、手持ち無沙汰で辺りを見渡す。

北原圭斗(きたはらけいと)って名前らしいな。十三歳。男。AB型。…若いな!」

 道也が、ベッドの柵に取り付けられた名札を見つけ、読み上げる。ベッドサイドの机には、花はおろか花瓶さえ乗っていない。病室は完全個室になっており、着替えなどの荷物は全てクローゼットに収納されているのか、余計な物が何一つ見当たらなかった。

「何も無い部屋やな。入院せずにいきなり手術ってあるか?」

「どうだろう?最近は日帰り入院とかも聞くが、その日の内に、勾玉を人工的に取り出そうとするのは、よほどのことが無い限りあり得ないな」

 千隼は応えながら、そばにあった一つだけのパイプ椅子を引き寄せて、由良に座るよう促す。あまりにも自然な振る舞いに、由良は何も考えることなく、椅子に腰掛けていた。

「圭斗くん本人の了承を、きちんと得たのでしょうか?」

 その時、先程の執刀医が、着替えた後らしく白衣姿で病室に入ってきた。

「ようこそ、北原病院へ。ここは、北原一族が個人経営する病院だ。私は北原和志(きたはらかずし)。この子の…圭斗の遠い親戚筋に当たる」

 北原和志は、眼鏡を掛けた柔和な表情の男だった。思ったより若そうだ。

「さっきの君の問だけれど、残念ながら、ノーだ」

「どういうことですか?」

 由良が尋ねる。

「了承を得たかという質問だよ。圭斗は、産まれた時から胸に埋め込まれている鉱物の影響で、心臓が弱く、絶対安静を余儀なくされた子だった。その鉱物さえ取り除けば、普通に生活できると踏んで、強制的に手術に踏みきったのだよ」

「強制的に…。圭斗くんは、鉱物を取ることを嫌がっていたのですか?どうして?」

「それはよく分からない。手術が怖かったのかも知れないが…君たちにも駄目と叫ばれた。これは、何かあるなと思ってね」

「先生は、その鉱物に直接触れたことはあるんか?」

 勾玉の秘密を知る道也が尋ねる。

「いや、患者に触れる時は、必ず手袋をしてるから、直接触れることは、看護師にもいないと思うよ」

 ほっと息をつく道也に、由良が温かい視線を送る。

「北原さんが圭斗くんの親戚筋ならば、玄武の神子について、なにか耳にした事はありませんか?」

 千隼の問い掛けに、由良と道也は焦るが、北原医師は落ち着いて応える。

「元々北原家は、神社を経営していたらしいね。それが玄武神社だったって話かな。圭斗は、その家系の末端に当たるらしいが、両親共に早くに亡くしているし、可哀想な子だよ」

 その時、ベッドから甲高い悲鳴が上がった。

「いやぁぁぁ!止めてくれ!」

 麻酔から目覚めた圭斗が、叫びながら頭を抱えて、蹲っている。

「圭斗、落ち着きなさい」

 三人がビクッとするほど、北原医師が、太い声で声がけをした。

「うっ…!痛い、痛いよぅ…!」

 胸を押さえる圭斗と、あらかじめ用意されていたらしい点滴のパックを確かめ、彼の腕に針を刺す北原医師のやりとりを、三人はハラハラと見守ることしかできなかった。

「大丈夫、いつもの鎮静剤だ。興奮しないで、落ち着いて…」

 圭斗は、押さえていた胸にいつもの石があることを確認して、深いため息をつく。

「その石がそんなに大事?」

 由良が思わず声をかけると、圭斗はビクリと跳ね起きた。

「あ、あんた…誰?」

 圭斗が、びっくりした目をして、凝視してくる。

「はじめまして、圭斗くん。私は中野由良。由良って呼んでください」

 由良は立ち上がり、はにかみながらぎこちなく微笑む。

「俺は、佐伯道也。白虎の神子や」

 由良の前に立ちはだかるようにして、道也が前に出て、自己紹介をする。

「僕は南条千隼。朱雀の神子だ」

 由良の隣から、ついでのように千隼も声を上げる。

「あ、あんた達、何者だ?」

 千隼と道也の存在に、今気付いたとばかりに、圭斗は叫ぶ。

「あ?ちゃんと聞いとらんかったのか?俺達は、お前と同じ神子仲間だ」

「神子?神子ってなに?」

「そこからか…」

 道也のため息に、圭斗がびくりと肩を揺らして反応する。

「道也だって、最初は知らなかったくせに」

 千隼の指摘に、由良がクスリと笑みをこぼす。そんな由良の様子を、圭斗が再びじっと見つめ始める。

「あんたもなんかの神子なのか?」

「私?私は麒麟の神子っていわれています」

「おれも何かの神子なのか…?」

 圭斗の質問に、千隼が念のため、北原医師に確認をする。

「ここは、北海道であっていますか?」

「え?ああ、そうだね」

「じゃあ、君は玄武の神子だ」

「玄武!玄武…って、爬虫類の化け物…?」

 圭斗の言葉を聞いた由良は、室内の温度が急激に下がったような錯覚を覚えた。

「…それ、誰が言ったのですか?」

 由良は、怒りを抑えて、静かに問いかける。

「死んだおばばが言ってた。おれの胸の石を取りに来る奴がいるって。取られたら最後、玄武っていう爬虫類の化け物になってしまうって」

「そんな迷信を信じているのか!」

 意外にも、声を上げたのは、北原医師だった。北原医師は、由良たち三人の醸し出す雰囲気をものともせずに続ける。

「あの老婦人は、君の本当のお祖母さんじゃないと何度も言っただろう。信心深い方だったが、変わり者でも評判だった。そんな人のいうことを鵜呑みにしてはいけない」

「…先生、圭斗くんを外に連れ出すことは、可能でしょうか?出来れば、四人だけで話したいのですが」

 由良の厳しい表情に、北原医師は、一瞬戸惑い、立ち竦む。

「あ、ああ、かまわないよ。今、車椅子を用意させよう」

 由良の迫力に圧されて、北原医師は許可を出す。しかし、念を押すのを忘れなかった。

「ただし、くれぐれも圭斗を興奮させないようにね」


 玄関を出たところで、看護師にかわって由良が車椅子を押す。しばらく歩いて、人気の無い、中庭の広場へと辿り着いた。

「車椅子って、操作がなかなか難しいのね!」

「おれが自分で操作すればよかった。慣れてるし」

「でも、私も慣れてきたよ」

 石畳の上で、車椅子ごとクイックターンしてみせる。

「すごいや、由良!もっとやって!」

「いいわよ」

「こら!二人とも、遊んでないで話をしましょう。もうすぐお昼になってしまう」

 千隼に叱られて、由良はしゅんとする。それを見た圭斗は、由良を庇うように口ごたえしてきた。

「別に遊んでない!話なんて、特にする必要ないっしょ」

「いや、俺達には、あるんや。おばばとやらの話、お前は迷信だと思うか?」

 道也が尋ねる。

「別に!迷信だとかじゃなくて、おれが、おばばの言う事を聞かない時に、おどされ続けてきたから…」

「圭斗くんは、爬虫類が嫌いなの?」

 今度は、由良が尋ねる。

「嫌いだよ!特に蛇なんて、みんなから嫌われてるっしょ!そんなものの化け物なんて、誰もなりたくないに決まってる!」

「取り消して!」

 圭斗の言葉に被せるようにして、由良は強い口調で言った。

「え?」

 怒った由良の表情を初めて見た圭斗は、焦り、戸惑う。

「化け物って言葉、二度と口にしないで!」

 三人から、冷たい視線を送られて、圭斗はさらに戸惑った。

「ある意味化け物かも知れないけれど、神獣って呼ばれているのだよ、これでも」

 千隼がため息をつきながら、あっという間に靴を脱ぎ、服を脱ぎ捨てて、朱雀に変化した。

「え?」

「しゃーないな。俺も、サービスしましょか」

 道也も、同じく脱ぎ始めると、素早く白虎の姿に変化して見せた。

「えっ!」

「圭斗くん、もう一度言うけど、私達はそれぞれ朱雀の神子、白虎の神子、麒麟の神子。私が麒麟を喚び出すには、圭斗くんの持っている勾玉が必要なの。これ…」

 由良は、紐で括られた二つの勾玉を取り出して、圭斗に見せる。

「二人から回収した、麒麟の力のかけら。神子の力の封印にもなっていたのね」

 圭斗は、二柱の神獣に目を吸い寄せられたように、じっと見つめて逸らさない。

「ましてや、圭斗くんの勾玉は、身体の健康にも支障をきたしているみたいだから…私に預けてもらえないかな?」

 由良の説得に、圭斗はハッと我にかえったように由良を見る。そして、ぷるぷると首を横に振ったかと思うと、自信なさげに視線を落とした。

「でも、二人はカッコいいけど、おれは、玄武だろ…いやだよ、そんな…化けも…むぐっ」

 由良が、圭斗の口を手の平で塞いだ。

「それ以上は、言わせません!」

 圭斗は呆然と由良を見上げた。

 由良は神獣達に振り返り、元に戻るように頼んだ。すると、二人は大人しく人の姿に戻り、各々服を着直す。

 由良は再び圭斗に振り向き、告げる。

「神獣でも、ちゃんと言葉も通じるし、落ち着けば、自分の意思で人の姿に戻ることが可能です」

 己も辿るかも知れない、変化の術に対する恐怖心に負けないよう、自分に言い聞かせるように。由良は、圭斗にも言い聞かせた。

「圭斗君の場合、心臓に食い込むという、肉体的に不都合な場所に勾玉があるのだから、早く由良に渡したほうがいいよ」

 千隼が、駄目押しのように言う。

「そうそう。興奮しない生活ってことは、女の子とエッチなことも出来ない身体ってことやろ?そんなん辛すぎるわ」

 道也の言葉に、圭斗は顔を赤らめる。

「道也!セクハラ発言は慎めと言ったのに!」

 千隼が真面目に怒っている。

「千隼こそ、年上に対する態度があかんで」

 圭斗はしばらく逡巡した後、由良を見つめた。

「…どうすればいいですか?」

「え?」

「勾玉を渡すには、おれは、どうしたらいいですか?」

「あ、そうね。勾玉に触らせて下さい」

 真っ赤なままの圭斗につられて、由良もほんのり赤くなる。

 圭斗は、甚兵衛型の病院服の前をはだけさせ、胸の石を晒した。

「じゃあ、触ります」

 圭斗が頷くと、由良は手を伸ばして、そっと黒い石に触れた。由良の指先の動きと連動して、黒い石が圭斗の身体から、ふわりと浮かび上がる。それをすかさずキャッチして、勾玉の形を確認した。

「これで三つ目が揃いました。ありがとう、圭斗くん」

 にっこりと微笑む由良を見て、圭斗はぼんやりとする。

 千隼と道也が駆け寄り、素早く由良を圭斗の前から避難させる。

「…変わらない?」

 由良が千隼の肩越しに、圭斗を見る。

「うん、なんともない」

 圭斗は、自分の両手を見ながら、開いたり閉じたりを繰り返す。最後に、もう何の形跡もない胸元を撫で下ろし、由良を見上げた。

「おれ…」

「よかったね、強い思いが、通じたのかも」

「うん、やった!」

 圭斗は喜んで、車椅子から飛び上がった。その拍子に、ポンと音を立てて、玄武へと変身していた。

 圭斗の玄武は、体長二メートル弱と、先の二人に比べて小ぶりで、亀の甲羅を持ち、鋭く尖った牙を持つ蛇の頭をしていた。

 本人はパニック状態で、短い両の手足と尻尾をジタバタさせながら、鎌首をめちゃくちゃに振っている。

 玄武の手足の動きに合わせて、激しい地震が起こった。三人はその場に立っていられずに、必死に地面に縋り付く。

「圭斗君!落ち着いて!元に戻るようにイメージして!」

 千隼が声を張る。が、地鳴りが激しく、声は届かない。

 庇われていた千隼の腕の中から、由良が抜け出し、玄武の首筋に飛びついた。

「圭斗くん!大丈夫、こわくないよ!」

 すると、あっという間に、圭斗は人の姿に戻った。同時に、地震も収まる。

 ほっとする由良に抱き込まれていた圭斗は、甘えるように顔を由良の肩口に乗せ、こわごわと呟いた。

「…気持ち悪くない?」

「カッコいいよ!」

「ふふ…ありがとう、由良」

 立ち上がった千隼と道也は、視線を合わせ、やれやれというように笑い合った。


 地震の規模は、それほど深刻ではなさそうで、四人は病院内の食堂で昼食をとることができた。圭斗は、北海道に置いていこうという案も出たが、本人たっての希望で、四人で次の目的地である青龍の神子さがしに飛ぶことになった。

 圭斗は、普段着らしい恰好にきちんと着替えていた。元々長かった髪は、更に膝下まで伸びていたが、器用な北原医師の手によって、あっという間に短くされていた。むやみに玄武に変身するのを避けるため、圭斗は、やっぱり興奮しない生活を送る事になりそうだ。

「もう慣れてるし」

 強がりにも、諦めにも聞こえる口調で、圭斗はそう嘯いていた。


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