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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
6/13

 三人が姿を現したのは、黄金(こがね)神社の社務所兼自宅前だった。

「あ、ここが私の家です!」

 由良は喜んで声を上げた。

「今回は誰にも術の干渉を受けずに済んだみたいだね」

 千隼がほっとした声を出す。

「干渉?」

 道也が訝しげな声で問い掛けると、同時に、玄関の扉が中から勢いよく開かれた。

「由良!こんな時間まで何処に行っておった?午後一には帰ると約束しておったではないか」

 よそ行きのスーツに身を包む老人が飛び出して来て、由良を怒鳴りつけた。

「お祖父様、ごめんなさい!今、理由を話しますから。その前に、この二人を中に通して上げて下さい」

 半裸の男たちを見て、老神主は驚きに目をむいた。

「なんだ、この男等は!まさか、どちらかが由良の恋人とは言うまい?」

「ち、違います!この方たちは、神子様達です。ここまで私を助けてくれました」

「神子?本当か?」

 半信半疑で二人を眺める老人に、千隼が前に進み出た。

「はじめまして。朱雀の神子であります、南条千隼と申します。こんな格好で失礼します。由良さんには、我が神社の抱える問題を解決して頂き、そのお礼も兼ねて、麒麟を喚び出すための行動のサポートを買って出ております。以後お見知り置きを」

 頭を下げる千隼と、そこに並び立つ道也も、自己紹介を始める。

「俺は、佐伯道也といいます。白虎の神子と言うやつみたいで、麒麟の涙を手に入れるため、行動を共にすることにしました。どうぞよろしく」

「ふむ…神子ということを証明するものはあるのかね?」

「お祖父様!信じて下さい。この方々が、神獣に変わるのを私がこの目で見ております」

 由良が、老神主を咎めるように申し出る。

 すると、千隼が右手をかざして、握りこぶしを作ってから、おもむろに開くと、そこに炎が立ちのぼった。

「僕は知を司る火の化身でもあります。これで証明出来ますか」

「おお!すごいな、俺は何が出来そうや?」

 炎を見て興奮したのは、道也だった。

「君は白虎だから、風を操れるはずだけど、無理はしない方がいい。暴走するのが目に見える。素直に神獣の姿になってみせたら?」

「えー!いけずやな。俺ばっか」

 道也は文句をいいつつ、場所を確保すると、一瞬で着物を脱ぎ捨て、白虎に変身して見せた。

「おお…これが神獣のお姿…!」

 老神主は恐れ入ったように、背筋を伸ばした。ついでに腕を伸ばし、屈んでいた白虎の鼻先に触れようとする。と、白虎に威嚇されて、老神主は慌てて腕を引っ込めた。

「由良のお祖父様は、見える人なのですね」

 千隼が由良にそっと呟く。由良は、そういえば千隼の朱雀姿を見えないと嘆く禰宜の存在を思い出した。

「見える人と見えない人がいるのですね。何が違うのでしょうか」

「これは、僕の推測でしか無いのですが、血の濃さの割合だと思うのです」

「血の濃さ、信心深さではなくて?」

「ええ、僕達神獣の血脈にあたる人物は、見ることができる。逆に、外部から来た、血族以外の人達は、見ることができないのでしょう」

 由良が小さく頷くと、老神主は、白虎に向かって頭を下げていた。

「神獣白虎よ、ご無礼お許し下さい。どうぞ、元のお姿にお戻り頂きたい。粗末なところではございますが、ささやかなおもてなしを捧げたいと存じます」

 白虎は、大仰に一つため息をつくと、あっという間に人の姿に戻った。

「じいさん、歓迎してくれるのは有り難いけど、ご丁寧はなしや。俺は年下やのに、それだと慇懃無礼や」

「佐伯様がそう感じるなら、慎もう。だが、これが儂のいつもの口調であることも、ご了承願いたい」

「あー、まあ、ええけど」

「さあ、早く中へ!二人に合う服も見繕ってあげなくちゃですし」

 由良が取り仕切り、一同は家の中へと招き入れられた。

 着替えが済み、由良と老神主が急遽ありもので作った夕飯を囲む。

「粗末な物しか出せずに申し訳ない。出掛けの矢先だったので、ろくなもねがない」

 老神主が詫びを入れると、千隼がいいえとにっこりと笑顔を見せる。

「大変おいしいです。あんな短時間でここまでできるなんてすごいね、由良」

 改めて名前呼びされた由良は、ドキリとする。すかさず話題をそらした。

「千隼さんに合う服があってよかったです。私より似合ってるかも」

 下着は老神主の新品のものを借りているが、スーツも神主の衣装も普段着でさえ、千隼には大きすぎて無理だった。なので、由良のジーンズと、大きめのニットを合わせて着込んでいる。

「女物が似合うなんて、ほんまもんやな」

 ニヤリと笑う道也に、千隼は憮然とする。かくいう道也は、老神主の着古したであろうスーツを、意外とダンディに着こなしている。

 道也は、千隼と同様に、長く伸びてしまった髪を持て余していたので、由良が簡単に一つにくくって上げた。千隼とは違い、切れ毛の多い髪は、三つ編みには向かない髪質だった。

「ホンマモンってなんですか?」

「ほんまもんの美人ってことや」

「なっ!」

「わかります!千隼さんってほんとに美人って言葉が似合いますよね」

 怒り出そうとした千隼に、由良が楽しそうに笑って被せてくる。

「デニムも裾が足りないのに、ウエストは余って、恥ずかしい限りです」

「いや、それは由良ちゃんが安産型ってことや。そんなところを男と比べんとき。むしろ誇るべきや」

 道也の言葉に、由良が頬を染める。

「いい加減にしろ、道也!君の言動には、セクハラが含まれている」

 堪忍袋の緒が切れたように、千隼がたしなめる。

 そうこうするうちに、夕餉の時間は過ぎた。先に席を立った老神主が、二人を客間へと案内した。由良は、後片付けをしに、台所へと向かう。

「神獣とはいえ、血気盛んな若者達であることはうかがえた。由良は自分の部屋へ戻らせる。風呂は明日の朝に呼びます。それ以降のことは、起きてから話し合いましょう。それでは、お休みなさいませ」

「お休みなさい」

 千隼は素直に挨拶を返した。その神妙な様子に満足して、老神主は襖を閉めた。

「…やあ、同室って事は、二人で監視し合えということかな?」

 道也がおどけて言う。

「ここに浴衣がある。ありがたく使わせてもらおう。君も色々あって疲れたろう。早く休もう」

 千隼が着替えを手渡そうとすると、道也は考え込んだ風に腕を組んだ。

「俺の荷物を取りに行きたい。変身した時に身につけていたボディバッグさえあれば、財布もスマホも取り戻せる。飛翔の術とやらは、俺一人でも使えるんか?」

「基本的には、使えるはずだ。きちんと場所のイメージができれば」

「あー…白虎神社跡は簡単にイメージできるけど、ここに戻って来るのはちょっと自信が無いな」

「じゃあ、僕が取ってこよう。場所に限らず、目印は人でも物でもいい。君がここにいてくれ。不完全な勾玉を持った由良一人にはさせたくない」

「おう、よろしく頼む」

 千隼が姿を消すと、数分後には、手に道也のバッグと自分のスマホを持って戻って来た。

「サンキュー。うわ、ベルトが見事に千切れてるやん。そういや、靴も必要だよな。お礼に買ってきてやるよ。お前、何センチ?」

 道也は、バッグの中身を確認しながら、さらに軽い口調で尋ねた。

「で?勾玉を渡し終えたら、セックス解禁でいいのか?」

「セッ…」

 千隼が焦っていると、道也が意外に真剣な表情をする。

「俺に触れても、誰にも何の影響もないんやろな?」

 楓が猫になってから、極力人に触れないようにしてきた苦労を滲ませる。

「僕達神子には、血の呪いがかかっている。子をなすと死に至る。両親揃って。麒麟がかけた封印の勾玉がとれても、その呪いはなくならないだろう。子作りをする場合は、慎重にね」

「なんやそれ!」

 道也は歯痒そうに拳を打ち鳴らした。

「だか、一つだけ方法が無くもない」

「なんやと?」

「言わないとフェアじゃない気がするから言うけど、麒麟の巫女は、四神の神子の子を産んだあとも死ぬことはないといわれている。ただし、麒麟の巫女が世に現れるのは、その世代に一人だけ。それは、僕達神子も一緒だけどね」

「俺達が出会ったのは、運命ってことか」

「まあ、麒麟に出会うための、このめぐりあいは必然なんじゃないかな」


 翌朝。各々が起き出して茶の間に集まると、風呂や身支度を整え、簡単な朝食を済ませる。

 朝食の片付けが済んで、四人で顔を突き合わせると、昨日の事を語り合った。

 由良が、新しい紐を通した二つの勾玉を、テーブルの上に乗せて見せる。

「これが麒麟の力の一部であると。これを全て集めると、麒麟が喚び出せるのか」

 老神主が、昨日と同じスーツ姿で勾玉を眺める。今度は、決して触れようとはしない。

「お祖父様は、どこまで知っているのです?」

「ふむ…四神の各神社にお参りし、ご祈祷を行えば、麒麟を喚び出す印が貰えると聞かされていたが…今一度、過去の文献を漁ってみる必要があるかも知れん」

「四神?神社は四つあるのですか?でも、白虎神社は、震災の影響でもう無いみたいでした」

「そのようだな。玄武の神社も絶えて久しいと聞く。昨日は、まず先に北海道に飛んで、玄武の神子さがしをしようと考えていた」

「北海道?広いよ〜!」

「もちろん、過去にあったとされる神社の跡地を巡って…」

 老神主の言葉を遮り、千隼が手をあげる。

「はい。玄武の神子さがしは、飛翔の術でいけると思います。もちろん、青龍の神子も」

「え?知らない土地にも飛んで行けるものなのですか?」

「ええ、主に由良に負担がかかってしまうのですが、玄武の勾玉を持っている人を強くイメージして、今持っている二つの勾玉に、導いてもらうのです」

「私にできるでしょうか…」

 不安げな由良に、千隼が力強く頷く。

「大丈夫、できます。というか、僕もいるから、なんとかしますよ」

「その飛翔とやら、儂もついて行けるだろうか」

 老神主の申し出に、千隼がすまなそうに答える。

「残念ですが、神通力の少ない方は、無理ですね」

「じいさんは、大人しく家で留守番やな」

 道也が明るく言う。

「むむ…!」

 歯噛みする老神主に、由良も笑顔で返す。

「お祖父様は、勾玉と麒麟の呼び出し方の関係について、調べてみてくれませんか?」

「おお、そうだった。昔の文献を紐解く時だ。あとは任せたぞ、由良」

「はい」

 由良はプレッシャーを感じつつ、聞き分け良く返事した。

 三人は、茶の間を出て、昨晩の内に用意した靴を履き、玄関を出る。

「じゃあ、いきます!」

 由良が号令を掛けると、三人で同時にポーズを取り、庭先から姿を消した。

「本当に移動したのか…」

 玄関先で見送っていた老神主は、唖然としながら、ぽつりとこぼした。



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