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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
5/13

 二人が現れた場所は、公園と呼ぶには遊具もベンチも何も無い、空き地と呼んだほうがいい場所だった。周囲には、金網のフェンスと、視界を遮る気持ち程度の木々が植えられている。街灯はなく、日が落ちかけ始める今、辺りは薄闇に包まれていた。

「しまった!靴を忘れた」

 千隼が舌打ちをする。由良には部屋をイメージさせたので、まさか屋外に着くとは思わなかった。

「千隼さん!碓氷さんを置いて来たのですか」

 由良は靴どころではなく、千隼に詰め寄った。

「ええ、得体の知れない奴を、由良の側に置いておくことはできませんから」

「でも、九州に一人置き去りなんて…」

「大丈夫です。禰宜達に自宅まで送るように指示しています。もちろん、きちんと住所を喋ったらね」

「彼は、転校してきたばかりと言ってました。住所、ちゃんと言えるのかしら?」

「…ずいぶん彼の心配をするのですね。もしかして、惚れていますか?」

「惚れ…?」

 由良は、顔を赤く染める。

「そんなはずないでしょう!あんな強姦魔…よく知りもしない人を!」

「そうですか?」

 千隼は考え込むように顎に手を添えて、由良の慌てぶりを観察していた。

「もう!からかわないでください。それにしても、ここは、どこでしょうか?」

 辺りを見回しながら、由良が千隼に尋ねる。

「え?由良の実家じゃないのですか」

「いいえ、知らない場所です。私、何か間違えたでしょうか」

「うーん、とりあえず僕のスマホで場所を検索してみましょう」

 千隼が懐から取り出したのは、最新型のスマホだった。慣れた様子で操作している千隼に、由良はちょっと驚いた。

「準備がいいのですね。私は帯電体質で、携帯電話も使えないのです」

「ああ、そうでしたね。前から麒麟の神子は機械とは相性が悪かった。でも、大丈夫ですよ。勾玉を取り戻して、力が安定すれば、その問題も解決するはずです。…あ、ここは、GPSによると、大阪みたいですね」

「大阪!私、そんな場所に縁もゆかりもありませんけど」

「ちょっと待ってください。僕達の術に誰かが干渉した跡があるかも…」

「術に干渉?そんなことが分かるのですか?」

「わかると言うか、感じます。微かですが、他人の力の残滓が…」

「じゃあ、もう一度、飛翔の術をしてみましょうか」

 由良の提案に、千隼が難色を示す。

「今すぐはまた干渉されるかも。それよりも、この場所に連れてこられた原因を探る方がいいでしょう」

「そうですね」

 由良は頷いた。


「あんたら、ここで何してるんや?」


 タイミングよく、軽い口調の声が二人に呼びかけてきた。

 振り向いた二人の先にいたのは、長めの裾をした薄手のコートを纏う、明るい髪色の男だった。やや下がった目尻が人懐っこさを醸し出しているが、その目の奥には警戒の光をあらわにしている。

「ここは私有地や。関係者以外立ち入りを禁じてるで」

 突然現れた男に、千隼が由良を庇うように立ち塞がった。

「と、言うことは、あなたは、ここの土地の関係者なのですか?僕達も突然ここに着いてしまって。ここはどこなのか教えていただけると嬉しいのですが」

 千隼が応えると、声を掛けてきた男は、さらに怪しげに目を細めて、二人の様子を見ている。

「…ここは、かつて大きな神社が建っていた場所だ。過去の震災で倒壊してから、更地にされてしもたが」

「神社?それは何という?」

「白虎神社とかいうたかな。俺は、その神社の跡取りだったが、なにせ俺が生まれる前になくなってるから、継ぎようもない」

「白虎!本当に、君が白虎だね?」

 同類を見出した喜びに、千隼が興奮した声を上げる。

 その袖を由良が軽く引っ張って、注意を引く。

「千隼さん!彼の様子、ちょっと微妙です。その件について何も知らないのでは?」

 由良の言う通り、男は腕組みしたまま、考え込んでしまった。

「俺が白虎?どういう意味や」

「え?違うのか?」

 千隼は、落胆の色を見せる。

 すると、男はため息をついて、右手を差し出してきた。

「とりあえず、自己紹介な。俺は佐伯道也(さえきみちや)。十九歳、大学生や」

 千隼は、右手をとって握手した。

「僕は、南条千隼、十七歳。こちらが中野由良。僕と同い年だ」

 右手を離して、由良の肩に手を置く。由良は、道也と名乗った青年の、差し出されている右手に、恐る恐る触れた。

 由良が恐れていたようなことは何も起こらず、自然に握手を交わすことが出来た。

「…びくびくして、子鹿みたいやな」

「えっ!」

「それにしても、どうやってここに入った?だだっ広いが、高いフェンスに囲まれてたやろ?」

「貴方こそ、こんな何も無い場所で、僕達を見つけるなんて、至難の業じゃないのですか?」

 千隼は、苦し紛れに質問を質問で返した。

「ああ、それは、今朝方見た夢で、お告げがあったんや。夕方ここに来れば、さがしものが見つかるってな」

「夢…?」

 由良が首を傾げる。

「それならば、僕も同じだ。由良が朱雀神社に現れると、今朝方夢で見たから、禰宜達に迎えに行かせたのだから」

「朱雀神社?それってどこや」

「宮崎だよ」

「宮崎から?」

 道也が面食らっていると、由良がすかさず話を戻した。

「さがしものって、なんですか?」

 すると、道也は困ったように眉尻を下げる。

「うーん、言ってもいいか?ま、いっか」

 道也はもったいぶるように、一呼吸間を置いてから、打ち明けた。

「幼馴染や」

「幼馴染?」

「そう、さがしてる。不思議やが、高校生の頃、キスした途端に猫になって逃げてしもた」

 聞いた瞬間、千隼は絶句する。

「…そうだった。知識を司る僕以外の四神は、記憶が受け継がれない。こんな簡単なことも、忘れていたなんて」

 千隼は、気を取り直して、キッと道也を見据える。

「私達は、それぞれ朱雀の神子と、麒麟の神子です。そして、貴方は白虎の神子で間違いない」

「白虎の神子?」

 道也は、ピンとこない様子だ。

「そう、君も勾玉を持っているはずだ。それに触れた彼女は、純潔を失っていたに違いない。だから、眷属として、姿を変えてしまったのです」

「何を言っているんや?眷属ってなんや?(かえで)が純潔を失っているて、どうしてわかる。あいつとは、小学生の時初めて会うてから、彼氏がいるなんて話、一度もしとらんかった」

 道也が憮然としていると、千隼は言った。

「しゃがんで、口を開けて下さい」

「なんでや」

「言う通りにすれば、わかります」

 千隼の命令に、道也は渋々従った。標準身長の由良と千隼に対して、高身長の道也の口に触るには、屈んでもらうしかない。

「由良、左の犬歯に触れてみてください」

「え、でも…」

 由良が躊躇すると、道也も驚いて口を閉じる。

「な、何をする気や」

「百聞は一見にしかず、です!いいから、貴方は犬歯を差し出しなさい」

「歯を折るのか!?」

「歯は無くなりません。勾玉を取り出すだけです。さあ、由良!」

「はいっ!」

 千隼の勢いに圧されて、由良はおずおずと道也の左の犬歯に、人差し指で触れた。すると、白い、やや小振りな、尖気味の勾玉が宙に浮き、姿を現した。確かに、道也の犬歯はそのままだ。由良は浮かんでいた勾玉を手に取ると、ぎゅっと握りしめる。

「二つ目、揃いました」

 ほっとする由良を後目に、千隼は警戒を強めた。道也は、がっくりと両膝をついて下を向き、ブルブルと震えている。

「始まります!」

 千隼の声と共に、道也が両手を地面につき、咆哮を上げた。

 道也の着ていた服が、ビリビリと音を立てて裂け、白地に黒の虎柄の被毛が現れた。大人のゾウくらいはありそうな巨体の、白虎の姿がそこにあった。

「下がって!」

 千隼が由良を白虎の前から押しのけて、着物の帯を解いた。着物を脱ぎ捨てながら、朱雀へと変身する。

 変わり果てた千隼の姿を見て、驚いた道也は、我を取り戻した様子で、己の手足を見つめ直していた。

『なんだこりゃ!』

 くぐもった声で、白虎の道也が叫ぶ。

 すでに戦闘態勢ではない白虎の様子を見て、朱雀が舞い降りる。

『君は、白虎だ。力が解放された今なら、眷属の居場所がわかるはず』

 雄叫びのような朱雀の声に励まされ、白虎はハッとして鼻を風上へと向けた。

『ああ、わかる。楓の匂いがする!』

 白虎は、身を翻して駆け出した。あっという間に姿が小さくなる道也に、慌てて千隼が由良に言った。

『追いかけます!僕の服を持って下さい!』

 由良は、近くに脱ぎ捨ててある千隼の着物をつかむ。と同時に、両肩を朱雀につかまれて、空へと舞い上がった。

「きゃあ!」

『大丈夫、絶対に落としません!』

 白虎は、高いフェンスを軽々と跳び越え、狭く入り組んだ路地を縦横無尽に駆け抜ける。日が沈んだばかりで薄暗いせいもあり、その姿を見咎める者はいなかった。千隼も、白虎を見失わない程度に高さを保って、後を追った。

 白虎は、路地裏の一角で、足を止めた。その視線の先には、一匹の白黒猫が、立ち竦みながら白虎を見上げていた。

『楓!見つけた』

 白虎の声に、白黒猫は、ビクリと体を震わせる。

「シャー!」

 精一杯威嚇の声を上げると、白黒猫は逃げ出そうとする。

『待ってくれ、楓』

 白虎は、するすると元の人間の姿に戻った。それを見計らって、由良と朱雀が近くに降り立つ。由良が持っていた着物を、裸の道也に着せかけると、なんとか体裁を保つように、道也は袖を通し、前をかきあわせてから、白黒猫に手を伸ばした。

 道也の姿を確認した白黒猫は、目を見開き、飛び付いてきた。

「楓!ごめん、そんな姿にさせてしまったのは、俺のせいや」

 白黒猫は、心を開いたように、道也の顔に顔を擦り寄せた。道也は、ハッとする。額を合わせると、楓の思念が流れ込んできたのだ。

「なんで?道也のせいなの?道也とキスすると、みんな猫になるの?」

「違う…か、どうかは、よくわからん。けど、楓が…その、純潔じゃないとすると、俺の牙に触れると眷属になる…つうか」

 道也の歯切れの悪い説明にも、楓と呼ばれた白黒猫は、納得したように頷いた。

「そやね。うち子供の頃にレイブされとんねん。純潔じゃないわ」

「ええっ!」

「道也に会う前よ。レイブされたと気付いたのは、もっとずっと後やけど。あの頃は、震災後で、いろんな人が出入りしてたでしょ?中には悪い人もいたみたいで…命があっただけ、よかったのよ」

「そんな…ことが…」

 絶句する道也の肩に、人の姿に戻った千隼が、そっと手を置いた。腰に由良が貸した制服の上着を巻き付けていたが、何も無いよりはましだ。

「佐伯さん。あなた達の思念を、僕達にも聞かせてくれませんか?」

「それが…」

 言い淀む道也に、由良が声をかける。

「佐伯さんは、その猫さんを人に戻す術とか使えないのですか?人に戻ってもらえば、お話できるし」

「あ。わからへん。俺に出来るのか?」

 道也は、戸惑っている。すると、千隼が口を挟んだ。

「人に戻す術はないけど、方法が無いこともないかな」

「え!それは、どんな?」

 由良と道也が、千隼に詰め寄る。

「麒麟の涙を飲ませれば、元に戻れるかも。確証はないけど」

「麒麟の涙…?」

 道也が不安そうな声で呟く。それを受けて、由良が慌ててフォローする。

「麒麟は、私が今、喚び出そうとしています。そのために勾玉を集めている?みたいな感じです。白虎の佐伯さんには、是非協力して欲しいです」

「ああ。俺の方こそ、よろしく頼む」

 ほっとしている由良と道也に、千隼が水を差す。

「ちょっと気になっているのだけど、楓さんの耳に切れ込みがあるね」

 三人の注目を浴びた楓は、道也の腕の中で背中と尻尾の毛を逆立てた。

「あ、ほんまや。片耳に三角の切れ込みが入ってるな」

 道也が楓を宥めるように撫でながら、耳に触れる。それ以上刺激しないように、千隼はゆっくりと優しく続けた。

「それ、地域猫の印ですね。もしかしたら、避妊手術も施された後かも」

「避妊手術?」

 由良が思わず声を張り上げてしまう。

「これ以上可哀想な猫の個体数を増やさないために、施術されるものです」

 千隼の説明を聞いて、道也が慌てる。

「それって、子宮をとられたってことか?そんなん…楓は人間なのに…!それも、麒麟の涙で元に戻るやろか?」

「麒麟の涙が万能薬とは言っても、故意に切り取ったものまで回復出来るかは、未知数です」

 道也が楓の額に額を合わせる。

「楓!避妊手術受けたのか?」

「さあ?うちにはわからんわ。一度だけ、人間に捕まったことがあるけど、その時かもな?とうとう飼われるのかて覚悟したら、すぐに元の路地裏に帰されたから、何の問題もないわ」

「そうか…」

 道也は顔を上げて、千隼と由良に向き直った。

「楓は知らんらしいが、捕まった心当たりはあるようや」

「残念ながら、施術済みと考えた方が良さそうです。麻酔をかけられてしまえば、その間の記憶はありませんから」

「そうか」

 道也は、覚悟を決めた顔で、楓に話し掛ける。

「絶対に人間に戻してやる!その後も、俺が一生面倒みてやるからな」

 思い詰める道也に、楓は顔を擦り寄せた。額が

重なり、思念が流れ込んでくる。

「うちは、このまま猫でいたいわ。縄張りも出来たし、ご飯にも困ってないもの」

「でも!」

「道也、うちのことは忘れてよ。うちには、このままの生活が一番」

「楓…」

 道也が、千隼たちに楓の決意がかたいことを伝えると、千隼は楓に語り掛けた。

「楓さん、猫の姿をしていても、寿命は人間と同じです。野良として過ごしていては、短い可能性が高いでしょうが、あと五十年はあります。白虎の…佐伯さんの申し出に甘えた方がいいのではないでしょうか?」

 楓は、首を左右に振ると、何も言う事はないとばかりに、道也の腕からすり抜けた。そのままスタスタと立ち去ろうとする。

「楓!麒麟の涙を手に入れたら、もう一度会いに来る!その時、もう一度聞くから、それまで考えといて!」

 楓は、尻尾をピンと立て直しながら、路地裏の塀を飛び越えて行ってしまった。

 その姿を見送っていた三人は、気を取り直して視線を合わせた。

「これからどないしよ?ちょっと遠いけど、俺の部屋に行くか?」

 道也が最初に申し出ると、由良が小さく手を上げた。

「このまま、千隼さんの術で、私の家に飛びませんか?家には、大柄なお祖父様が居るので、多分佐伯さんの服も用意出来るかと思います。夜とはいえ、このままでは、人目につきまくりです」

 帯もない着物を羽織っただけの道也と、制服のブレザーを腰に巻き付けた千隼、シャツとスカートで靴を履いていない由良の三人で、街なかを移動するのは、さぞかし目立つだろう。

「それもそうだね。じゃあ、佐伯君にも、術を手伝ってもらおうかな」

 千隼が、由良に教えた手の組み方を、道也にも伝授する。三人で呼吸を合わせ、飛翔の術をかけると、その場から一瞬で姿を消したのだった。

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