二
テスト終了後。由良は老神主の言いつけ通りに、直ぐ様帰路に着いた。
「……おい」
声を掛けられたのは、あと数メートルで自宅に着くという、林の中だった。人気のない道のりだったため、すぐ後ろから聞こえた声に、由良はびくりと肩を竦めて振り返った。
真後ろに立っていたのは、同じ高校の制服に身を包んでいる男子生徒だった。
青みがかった短い黒髪に、かなり整った容姿をしていて、一度会ったら忘れられないような見目をしているが、由良には見覚えのない男だった。
「はい、何でしょうか?」
「俺のこと、わかるか?昨日隣のクラスに転校してきた、碓氷巽だ。よろしく」
巽は、無理矢理作った笑顔で名乗った。
「あ、そうなんですか。私は…」
「中野由良、十七歳。そして…麒麟の神子だ」
「え?」
呆然としている由良の両手をつかまえた巽は、そのまま前に詰め寄り、由良に迫った。
「な、何をするのですか?」
「それ、聞くか?」
茂みの中に押し込まれた由良は、思わず尻餅をついた。巽はすかさず、そんな由良の上にのしかかっていく。
「嫌!やめて…!」
悲鳴を上げるのが一瞬遅く、巽が片手で由良の唇ごと顎を押さえ込み、声を封じる。由良の後頭部が地面に付き、リボンが崩れる。巽のもう片方の手は、スカートをたくしあげ、太ももを撫で上げた。
由良は全力で抵抗するが、十センチ以上身長差のある体格の男に押さえ込まれては、手も足も出ない。それよりも恐怖が勝り、実力の半分も力が出せなかった。
いざという時、静電気は効かないし、制服のスカートというのは、全く防御力に欠けていると、由良は痛感する。そのまま由良の下着の中に手を突っ込まれそうになり、由良は恐慌を起こす。
ブルブルと震え出す由良に、巽はそれでも侵攻を止めようとはしない。
すると、二人の頭上の空に、急激に黒い雲が広がり、ゴロゴロと音が鳴り始める。
(お願い!誰か助けて!)
由良が頭の中で叫んだ時、二人に雷が落ちた。
雷の直撃を受けた二人は、しかし、次の瞬間にはその場から消え去っていた。
二人の鞄だけが残った茂みに、雨が落ちてくる。そこにははじめから誰も存在しなかったかの様に、土に雨粒の跡が残った。