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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
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番外編 白虎のパートナー

 由良がリハビリ施設の体育館に移動すると、和やかな雰囲気の五人が、由良を出迎えた。

「首尾はどうでしたか?」

 桜の君が由良に尋ねる。

「ええ、桜子さんは、無事回復なさいました」

「やったー!」

 圭斗が万歳をする。皆つられて笑顔になった。

「由良、じいさんから伝言だ」

 巽がぶっきらぼうに言った。さっきまでの笑顔が、嘘のようだ。

「家が気になるから先に帰るが、お勤めを果たしたら、直ぐに帰ってくるように、とのことだ」

「そうですか。お祖父様…大丈夫かしら」

「車で送って差し上げるように手配したから、心配いらないよ」

「ありがとうございます、桜の君」

「あとな、由良、お疲れのとこ悪いんやけど、これからすぐに、皆で楓のところへ飛ぼういう話になってん」

 道也がすまなそうに申し出る。由良は、速攻頷いた。

「残りの涙は、あと二粒です。私も、消えてしまう前に飲んでもらわないとと思っていました」

「ありがとう」

 道也は、感涙に咽ぶ。

「桜の君は、飛翔の術は使えますか?」

 千隼がたずねると、桜の君は、首を横に振る。

「知らないんだ。ぜひ教えて欲しい。あと、その桜の君って呼び方もなんとかならないだろうか」

「桜の君じゃ駄目なんですか?」

 由良が不思議そうに聞いた。

「私にも名前が欲しい」

「あ!思いつきました。キラっていうニックネームはどうですか?麒麟のキに由良のラ」

 千隼が提案すると、桜の君は喜んで頷いた。

「キラ、いいね。使わせてもらうよ」

「じゃあ、キラ様。飛翔の術のポーズを覚えて下さい」

 桜の君、もとい、キラは、術を教わりながら念を押す。

「様はいらないよ」

 由良が、くすくすと笑い出した。

「何かおかしい?」

 キラが気分を害した顔で由良を見た。

「だって、圭斗と同じようなこと言ってるんですもの」

「それ、おれも思った」

 少し照れながら、圭斗が頭をかく。

「じゃあ、遠慮なく。キラ、今回は道也が先導役だ。彼と呼吸を合わせて、さっきのポーズを取ってほしい」

「わかりました。…この術をもっと早く知っていれば、夢のお告げなんてまどろっこしい手段を使わなくて済んだのに」

「何事も順序ってもんがありますから」

 千隼が宥める。

「じゃあ、俺は楓をイメージすればいいんやな。ほな、行くで」

 六人は、一糸乱れぬ動きで、体育館から一気に大阪の路地裏へと飛んだ。


 楓は、びっくりして足を止めた。目の前に、突然、六人もの人間が現れたのだ。その光景を見たら、猫じゃなくても驚いただろうが、幸い夜の裏路地に人影は無かった。

「楓、迎えに来たで」

 道也がしゃがんで腕を伸ばす。白黒猫の楓は、その手にすりすりと顔を寄せた。

「憶えてくれてたんや。よかった。なあ、なんも言わんと、麒麟の涙を飲んでくれ」

 道也がそのまま抱き上げようとすると、楓はするりとその腕から逃れた。何度かそれを繰り返すが、楓は一定の距離を保ち、なかなか捕まろうとしない。

「楓、いい加減にしいや!ちょっとだけ口開けとけば済むんや。大人しくしといてくれ」

 麒麟の涙を持って待機していた由良は、はあっと一息ついてから、道也を宥め始めた。

「ちゃんと説得してからの方がいいと思います。言葉は分かっているみたいですし」

「そうですよ。納得しないまま涙を口にしたら、人に戻らない可能性が高いですから」

 キラが口を挟む。

「わかってる!けど、説得は苦手や」

 項垂れる道也の肩を、千隼がポンポンと叩いた。千隼が入れ替わり、楓に声を掛ける。

「楓さん、人に戻ったら、やりたいことはないのですか?道也は、楓さんもご承知の通り、セクハラ魔ですが、案外頼りになる男です。楓さんのご家族だって、ご心配でしょう。会いたくないですか?」

「あかん」

 道也が青褪める。

「楓にも家族はおらんのや!二人とも親無しで意気投合したんや」

「え」

「シャー!」

 案の定、楓は背中を丸めて威嚇の声を出す。そのまま身を翻し、走り出す。

「も、申し訳ない…」

「もうええ、追いかけるぞ」

「えー!」

「勝手すぎる…」

 走り出す道也に、圭斗と巽が文句を言いつつ、全員ついて行く。しばらく追いかけっことかくれんぼが続き、いつの間にか空が白み始める。

「捕まえた!」

 道也が、とうとう楓を捕まえた。道也が由良を呼び、麒麟の涙を用意させる。

「さあ、飲むんや!」

 道也が楓をホールドした上で、顎を掴み、口を開けさせようとする。

「そんな、無理矢理…!」

 由良は躊躇して、涙を保留した。その一瞬の隙を狙って、飛来した黒い影があった。

「きゃ!」

 由良が悲鳴を上げる。巽が由良を腕の中に庇うが、一拍遅く、由良の指先から涙の宝珠が奪われていた後だった。

「何…?」

「カラスだ!」

 いつの間にか路地裏を抜け、繁華街の通りに出ていた。そのゴミ置き場を漁りに来ていた、群れの中の一羽のカラスが、由良を襲った。朝日にきらめく涙の宝珠が、気に入ったのだろう。

 嘴にくわえられていた宝珠は、粘膜に触れると液体と化す。そのままカラスに飲み込まれ、貴重な一粒を失ってしまった。

 カラスは思う。仕返しをされる前に、迎え討たなければ。強くなりたい、大きくなりたい…

 カラスは、だんだん膨れ上がり、変化した白虎に引けを取らない大きさになった。

「まずい…!」

 巽が呟く。 目の前で、大きな嘴が開く。

 飲み込まれまいと、咄嗟に由良を抱いたまま横に飛んだ。

 カラスは鳴いた。かなりの重低音で、近所のガラスをビリビリと震わせる。

「ヤバい!今ので住民が起き出したら…!」

 千隼が、早口で叫ぶ。

 由良は、巽の腕から抜け出し、素早く落雷の術を繰り出す。考えるより先に、体が動いていた。

「ごめんなさい!」

 声と同時に、カラスの身体に雷が落ちた。

 カラスは昏倒し、黒く煤け、焦げた匂いが辺りに漂う。さらに追い打ちをかけるように、キラの雷が巨大カラスの死体に落ちて、その姿を掻き消した。

「由良、大丈夫?由良のは、落雷の術だったんだね。今度、飛雷の術も教えるよ」

 キラが優しく声を掛ける。由良は、青褪めた顔で、かすかに頷く。

「ごめんなさい。私のせいで…」

「気にするな、由良。カラスの自業自得だ」

 巽が慰めるが、由良には辛辣に感じた。

 呆気にとられていた道也と楓は、はたと瞳を見交わす。楓は、覚悟を決めたらしく、道也に向かって首を伸ばし、額同士をくっつけた。

「うちも、その薬飲んでみるわ」

 楓の思念が伝わってきた。

「そうか、よかった。由良、楓が涙を飲んでくれるて。渡してくれるか?」

「はい」

 由良は、最後の一粒をポケットの小瓶から取り出し、道也に渡した。

 道也が宝珠をつまんで差し出すと、楓は小さな口を開けて宝珠をくわえた。舌に触れ、宝珠が液体化し、飲み下される。

 すると、楓の喉元が、一瞬だけ光った。それから、全員無言でしばらく待つが、なんの変化も起きない。

「なんや、効かんのか…?」

「道也、うちちゃんと喋れてる?」

 猫のままの楓から、言葉が発せられた。

「えー!楓さん、喋ってる!かわいい声っ!」

 由良が、歓声を上げる。

「由良さんやったね?おおきに」

「な、なんでや?」

「どうしても、人には戻りたくなくて…でも、意志が通じんのは、もどかしくて、喋りたくて、喋りたくて…。カラスの変化を参考に、なりたい自分をイメージして、薬飲んだったわ」

「か〜え〜で〜…!」

 道也が、なんともいえない表情をする。

「あと、うちのこと、一生面倒みてくれるらしいな?そうやな、今なら、パートナーになってあげてもええで。ご飯は高級ホタテ缶でよろしくな」

 道也は、ふはっと笑って、肩の力を抜く。

「わかった。楓にはかなわんわ」

「そういえば、三つ編みのきみ!」

 楓が、千隼を呼ぶ。

「はい」

「名前は?」

「南条千隼です」

「きみ、道也のこと、よく知ってんね」

「はい。結構一緒にいたので」

「よくみてるんだ?」

「はい、観察は得意です」

「そんなに道也が好きなんや」

「はい、は…はぁ?」

「大丈夫、安心して。パートナーいうても、二人の邪魔は絶対しないから!」

「千隼、そうだったんか!だったら、俺としても前向きに検討するっちゅうねん」

 割と本気めの道也が、千隼の手を取る。

「な、なんっ…?」

 千隼は理由のわからない屈辱感から、真っ赤になって、口籠った。やけに扇情的な表情で、それが更に誤解を招く。

「…どう思う?」

 蚊帳の外の巽は、同じく手持ち無沙汰の由良に耳打ちする。

「どうといわれても…困ります」

「彼女…楓さん?は、根に持つタイプだね」

 キラが耳打ちに参加する。

「どうして?」

 圭斗は、ピンとこない様子で、耳打ちの円陣に参加する。

「さっきの千隼の言葉に怒ってて、仕返しをしてるんだよ、きっと」

「それで道也をけしかけたりするか?普通」

 巽がうんざりした顔をする。

「由良、助けてくれ!道也がおかしい。いや、元々変だけど」

 困り果てた千隼が、由良に縋り付く。

「千隼、お前案外図星なんじゃないのか?」

 言いながら、千隼の手を巽が弾き返す。それを受け、由良がすかさず話題を変えた。

「皆さん、お腹すきませんか?解散する前に、私の家に戻って、何か食べましょう」

「それなら、うち、近くにいい店知ってんねん。早朝から営業してるとこ。うちについといで」

 楓が、先陣を切って歩き出す。

「ここは、道也のおごりやでー!」

 道也は文句を言いたそうにしていたが、一同は盛り上がり、楓について歩き出した。


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