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麒麟の涙  作者: 蒼月さや
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 夜半過ぎに、由良たちを乗せた車が辿り着いたのは、都内の病院に併設されている体育館のような場所だった。普段は、リハビリなどの運動に利用されているらしい。

「由良、勾玉を持っているね?」

 早速、桜の君に問われて、由良は頷いた。でも、取り出すことはしない。

「私に勾玉を渡してもらいたいが、無理にとは言わない。私も麒麟に変容するのは、これが初めてのことで、少し不安だ」

「お祖父様が言うには、勾玉を持った神子と契りを結ぶと、麒麟を喚び出せるということでした。神子とは、あなたのことですか?」

 由良の質問に、桜の君が微笑む。

「それは、私が麒に変容した後に、由良が麟になるためのプロセスの一環だ。それも、無理に行う必要は無いだろう。今回は、私が麒になって、涙を流せば済むことだから」

「それじゃ、勾玉を渡すだけで、麒麟になれるのですか?」

「勾玉は、神獣の力を抑えて、人間に近い見目にするための、いわば封印。もともと麒麟の力の一部だよ。それを返して貰えれば、私も神獣に戻ることができる。由良は、神子は神子でも女形の巫女だから、陽の気を受けるだけで姿を元に戻せるのだよ」

「私と巽を雷の力で、九州まで飛ばしたのもあなたの力ですよね。どうして私を?あなたが勾玉を集めれば、手間も省けたでしょう?」

「勾玉の扱いは、繊細さを要する。童女でなければ扱えないし、取り出せないように鍵もかけていたしね」

 その説明に、由良は納得し、じんわりと警戒を解いてもいいような気がしてきていた。

「それにしても驚いたよ、人間の浅知恵というものには。勾玉を集めたら、まっすぐ私のもとに飛んで来てくれるかと思ったのに。あんな怪物を喚び出すとは」

 小猿を叱るように人差し指を突き出して、桜の君はその額を小突いた。

「まあ、そのおかげで、私も施設を出る許可が下りたのだけれど」

「施設とは…?」

「要するに、孤児院のようなものだね」

「孤児…私達は、双子と言っていましたね。私達が別れて育った理由は何?」

「それは…私の能力が必要とされていたから、かな。夢でね、見えるのだ、先の未来が。そして、夢で他人に啓示を与えることができる」

「それは…すごいですね」

「そうかな?…そうだね。普通じゃないよね」

 由良は拳を作り、胸元をぎゅっと握りしめて、チラリと巽を見た。巽は何も言わず、側に立ったまま、一つだけ頷いて見せた。

「…あの、病気のご令嬢は、どちらに?」

「この病院の一室に入院しているよ。麒麟の涙を入手できたら、執事が案内してくれる手筈になっている」

「そうですか。じゃあ…」

 由良は、胸元にかけ直していた勾玉たちを首から外し、桜の君に差し出した。

「これを…」

 由良から受け取った勾玉を、桜の君は紐から一つずつ取り外して、手の平に乗せる。すると、勾玉は光を放ちながら宙を舞い、次々と手の平の中へ吸い込まれて行った。

 桜の君の輪郭がぼやけて、膨らんで行く。次の瞬間には、体育館の天井いっぱいにまで届く、麒麟の姿に変じていた。

「これが、麒麟の姿なのね」

 面長の顔に、鱗に見える斑模様の毛皮に覆われた角と、むき出しの角が混じった頭部。長い髭とたてがみに、背中には筋張った翼。踵に生えた小さな羽は、小さな植物さえ、踏み倒さぬようにするためのものだと謂われている。

「由良、私に泣ける話しを聞かせて」

 由良に鼻先を近付けて、麒麟が希う。

「え?ええと…」

 由良は、しばらく黙考した後、今回の旅の一部始終を話すことにした。

 成り代わられた御神体の話、眷属になった猫の身の上話、心臓を患っていた神獣の話、恋に身を焦がし樹木になった神子の話。

 麒麟はそれぞれに感動し、四粒の涙を流した。麒麟の涙は、透明な玉を結び、小さな固い宝珠となった。

 麒麟は、役目を終えたとばかりに、すぐさま人間の、桜の君の姿へと戻った。

「外側は固いかも知れないが、涙には変わらないので、いずれ気化する。持てるのは、せいぜい三日が限度だろう。それまでに、対象者へ与えるのだ」

「わかりました。ありがとうございます」

 由良の手の平で受け止められた麒麟の涙は、ひょいと一粒巽に取られ、そのまま由良の腕に抱きついていた小猿の口に押し込まれた。

 小猿は目を白黒させながらも、宝珠を飲み込む。途端に、小猿は人型に変容し、老神主の姿に戻った。

「由良、儂は一体…?」

「お祖父様!よかった。元に戻られたのですね」

 老神主は、自身が裸であることに気付き、真っ赤になりながら、謝罪の言葉を口にした。

「お前たちを混乱させるような事をして、本当にすまなかった」

 桜の君が、側使いから受け取った着物を着ながら、老神主にも毛布を渡してくれる。

「かたじけない」

 古くさい言い回しで礼を言い、老神主は毛布を身体に巻き付ける。

「さあ、由良。後は任せた。この者に付いて行くといい。病室に大勢は無理だ。私達は、ここで待っているとしよう」

 桜の君に紹介されたのは、いつの間にか由良の側にいた、令嬢の執事と申す者だった。

「涙の持ち運びには、この小瓶をお使い下さい。お嬢様は、予断を許さない状況です。お早く」

 急かされて、由良は小瓶を受け取り、一人、慌てて執事の後をついて行った。


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