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「戦争が始まるとみんなどこか狂ってしまう」暗くなり始めている空を見ながら整備長は言った。
「自分が狂っているのはわかるけど、もう昔の正常なころの自分に戻ることはできない。なにが普通でなにが狂っているのかもよくわからなくなってくる。境界が曖昧になるんだ。ちょうど今の空のように」
「私も狂ってる」
整備長の隣に座ってハラが言った。
ハラの見る薄暗い空には、遠くに星が一つだけ輝いて見えた。
「お前はまだ正常なほうだよ。立派なもんだ。こんな夜の深い場所で、明るい光を放ってる。正直なところ、驚いてるよ」にっこりと笑って整備長は言った。
「ありがとう。でも私はそんなに強くないよ。私は私がだんだんと狂っていくのがわかってる。きっともう戻れない。でもいいんだ。覚悟はできているから」ハラは言う。
「俺はもうとっくの昔に狂ってる。きっかけはたぶん、家族が死んだときだな」アルコールの入った缶飲料を飲みながら整備長は言った。
「私は孤児だったから家族はいない。でも家族として私を迎えてくれた人たちはいた。その人たちは今もどこかで生きていると信じている。確認は取れないけど、信じてるの。そうしないと私は生きていけなくなっちゃうから」
「きっと生きてるよ。その人」整備長は言った。
「ありがとう」とハラは言った。