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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第2章 スクラップ市
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スクラップ市

「せまっ。セハル君、もうちょっと、そっち詰めてくれないっすかね」


 言いながら、フェイファは弟ごと肩で押しやった。


「充分、詰めてる」


 セハルは同じよう押し返す。間に挟まれ両側から押されるウーゴウは、いい迷惑だろう。


「あいかわらず乗り心地の悪い車だな。もっとスプリングを調整できんのか?」


 三列シートの中央に一人座すレンリの物言いに、セハルはフェイファと揉めながら口を開いた。


「他の整備が先だ。ミロクが放っておいたおかげで、あちこちガタがきてる」


「だから言ったであろう。放っておきすぎだ」


「整備は大事っすよ、ミロク兄」


 矛先が向けられたミロクは、眉間に皺を寄せた。


「うるせーな。文句があるなら、ウーゴウ以外全員降りろ」


 バックミラー越しに睨むと、「ありませーん」というフェイファの声と共に全員が押し黙った。ミロクはため息を吐いて、視線を前方へと戻す。二、三分も経てば、またセハルとフェイファの押し合いが始まるだろう。


 スクラップ市の初日。ミロクは約束通り、レンリとフェイファとウーゴウを迎えに行った。今は、職人街に向かっている最中だ。運転席にミロク、助手席にレイ。中央で一人優雅に座っているレンリ。後部座席ではセハルとフェイファとウーゴウが狭苦しく座っているが、三人からレンリに苦情がいくことは無かった。本能的に逆らってはいけないと察しているのかもしれない。


 なかなかに珍しい大所帯で、車中は始終賑やかい。セハルもすっかり馴染んでいる。


 エンジンを唸らせながら坂道を上っていくと、職人街の役場の屋根が見えてくる。対向車が来るのが見えたため、可能な限り車を道の脇へと寄せた。ミロクは乗り物の運転ができる人間のほとんどと顔見知りだが、こうしてすれ違うのは数日振りのことだ。お互いに手を挙げてやり過ごすと、また車を発進させる。


 役所の前には、既に三台の車が停車していた。研究所以外でこの光景が見られるのも、スクラップ市ならではだ。街も賑わいを見せていて、研究所や整備場から直接来たのか、白衣姿や作業着姿の人間もちらほら歩いている。


「人、多いっすねー。早く行かないと売れきれちまうかも」


 車を降りるなり、フェイファは市を目指して駆けだしていく。その後を、慌ててウーゴウが追った。


「スクラップを修理できる奴なんか少数派だろ」


 兄弟の姿を、ミロクは呆れながら眺める。レンリは「そんなことはないぞ」と笑いながら、彼の顔を覗き込んだ。今日は頭の上の方で結んだポニーテールで、姿勢を変えるたびにしっぽが揺れている。羽織るジーンズの上着は、数か月前にスクラップ市で買ったものだ。


「最近では、日曜大工なるものが密かな人気らしい。知らぬとは、まだまだだな」


 表情はおろか、揺れる髪さえ妙に得意気に見えるのが苛立たしい。ミロクは、がしがしと後頭部を乱暴に掻いた。


「『人気』と『できる』は同意語じゃねえだろうが」


 三人並んで歩いていくと、市の片隅に整備局の人間に混じって、レイと同じくらいの年頃の少女がしゃがんでいるのが見えた。戸惑うように商品を眺めている様子からして、流行に乗ってみたくちだろう。


 ミロク達は、既にしゃがみ込んで品定めをしている兄弟の背後に立った。弟の方はミロク達に気付いて顔を上げたが、兄の方は物色を続けている。


「こんなに数があるのか」


 並んだスクラップを見て、セハルが驚きの声を上げる。事前に、数に限りがあるとミロクが教えておいたので期待をしていなかったのだろう。ミロクがちらりと横目で見ると、セハルの目は好奇心で輝いていた。


「大陸には私達の想像以上に元戦場があり、荒廃した街があるということよ」


 売り手の一人が、ミロク達に寄ってくる。月のような色素の薄い髪に、澄んだ青い目。どちらも島では珍しいものだ。


「みんな、久し振りね。今日は、ルタさんは来ないの?」


「畑を一回りした後、気が向いたら来るそうだ」


「もう。あいかわらずね」


 軽く頬を膨らませる彼女に、レンリは肩をすくめた。


「エリスは、そこも良いと思っているのだろう?」


「彼に憧れて、わざわざ他国にまで来たんだから当然よ」


 エリスは、ふふっと笑い声を漏らす。大層な物好きもいるものだ、とミロクは息を吐いた。ルタが一番の信頼を置くのはカウムディーだが、彼女は天体観測区の役場の人間と恋仲だという噂がある。世の中、うまくはできていない。


「今は諜報部員をやらされてるけど、いつかは彼と同じ研究室に入れてもらうんだから」


 鼻息を強く吐くエリスに、レンリはゆるく首を横に振った。


「一応、上にちょくちょく打診はしているが、しばらく異動は無いだろうな。他国から、ちっぽけな島に移住する物好きも、そうはいないからな」


「逆に目立っちゃって、諜報部員向きじゃないと思うんだけどな」


 エリスは大袈裟なほど大きく息を吐いた後、「あ、そうだ」と指をパチンと鳴らした。


「物好きと言えば。あなたのこと、パーパの王様がお探しになってるらしいわよ。もー、どこで知り合ったの? 隅に置けないんだから」


 にやけながら頬を突くエリスの指を、レンリはうっとうしそうに払った。ウーゴウがレンリを見上げて、小首を傾げる。


「レンリさん、王様と知り合いなんですか?」


 「昔な」とウーゴウに答えた後、レンリはエリスを睨みつける。


「言っておくが、あの男に色恋の感情を期待しても無駄だ。おおかた『再利用』の研究に興味があるのだろう」


「でもでも。ヒヨクさんの方が詳しいでしょうに、わざわざあなたを探すのね?」


 笑みを消さないエリスに、レンリは肩をすくめた。


「あの男は、ヒヨクのことも知っている。説明下手だということも、圧に弱くて床にへばりついたら離れないということも、全てだ」


 途端に、エリスの顔から笑みが消えた。彼女も、ヒヨクのことは多少なりとも知っている。


「なるほど。確かにそれじゃ、あなたを探して説明させた方が速いと思うかもね」


 残念そうに肩を落とすエリスに、「そういうことだ」とレンリは笑った。


「では、私はシショクに寄ってくる。置いて帰るなよ、ミロク」


 「へーへー」とミロクが応じると、レンリは彼の肩を叩いてから、シショクへと歩きだした。颯爽と歩く彼女に、人々が避けて道を譲る。特に凄みを効かせているわけではないが、彼女のために道が開くのは昔からだ。


「もう。おもしろくなーい」


 口を尖らせるエリスに、奥で店番をしていた男が「まあまあ」と宥めるように声を掛けた。


「レンリに口で勝つのは難しいって分かってるだろう? それより、あちらの男性の話を聞いてやってくれないか? 僕では、西方の製品はよく分からない」


 「いいわよ」というエリスの返答と共に、二人は立ち位置を入れ替えた。スクラップをできるだけ多く並べるために、店番の諜報部員達の居場所を狭くしているのだ。


 入れ替わった男性は、ため息を吐いた。


「僕だって、天体観測区希望なんだけどな」


「ヒガンだけは、絶対に変えてもらえねえだろ」


「悲しいねえ」


 涙を拭う仕草をするが、実際に泣いているところをミロクは見たことが無い。同情を誘うように見せかけて、次の瞬間にはもう指を鳴らして「そういえば」とセハルの顔を覗き込んでいるのだから、言うほど悲しくもないのだろう。


「調子はどうだい? 僕なんだよ。君を拾ってきたの」


「拾う?」


 怪訝な顔をしてセハルが問うと、ヒガンはうなずいた。首の動きにつられて、癖のある長めの前髪が揺れる。

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