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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第2章 スクラップ市
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世界滅亡時計

 カウムディーはまだ書類仕事があるというので、ミロクはウーゴウと二人で鳩小屋の掃除をすることにした。ウーゴウはよく手伝っているらしく、鳩を誘導するのも慣れている。抜けた羽や糞を処理するのも、ミロクよりもよほど速い。餌やりまで終えて役所の中に入ると、カウムディーがお茶をいれてくれた。ルタが育て、作成した試作品とのことだ。


「この島に来て、初めて茶を飲んだな」


 ミロクはしげしげと欠けたカップの中身を見下ろした。島外で見慣れた茶色ではなく、薄い緑色をしている。カウムディーによれば、茶葉を発酵させないと緑色の茶になるらしい。ルタは試作品ができると、まず彼女に送るようだ。彼女の知識と、幼い頃から一緒に育った信頼から、そうしているのだろう。


 役所内では、五人の人間が書類仕事を続けている。観測結果は日々役所に集められ、役所の人間が集計や分析をしているようだ。


 ミロクとウーゴウは彼等の邪魔にならないよう、部屋の隅でくつろぐことにした。ミロクはカウムディーがスクラップ市で買ったという小説の短編集を借り、その隣りのウーゴウはうとうとし始める。短編集は各国の神話を集めたものだった。神様のわりに人間味があり、生々しく、読み物としてはおもしろい。


 本の終わりが見え始めたところで、ようやくセハルとフェイファが役所にやってきた。フェイファが木戸を勢いよく開いたことで生じた激しい音に、うとうとしていたウーゴウが飛び跳ねる。目を瞬かせる彼に、フェイファは「悪い、悪い」と謝った。


「なあ、ミロク兄。来月、スクラップ市があるんだって?」


 問うフェイファの瞳は、期待で輝いていた。修理の最中か、風車から役所に来る道中でかは知らないが、セハルから聞いたに違いない。


「ああ。来月の三日から五日にかけて、やるらしい」


「俺達も、また連れてってほしいっす」


 ウーゴウの都合や希望などおかまいなしに、フェイファは彼を数に入れる。ミロクがちらりと隣りを見ると、ウーゴウの目も輝いていた。


「三日なら職人街に行く予定があるし、構わねえが。おまえら、休み取れるのか?」


「取れるっ……すよね?」


 勢いよく答えてから振り向くフェイファに、カウムディーはおかしそうに笑った。


「一日くらい、構わないわよ」


「だって」


 ミロクに向き直るフェイファの鼻息が荒い。ミロクは思わず仰け反った。


「レンリも一緒だぞ?」


「大丈夫。俺達、レンリの姉ちゃん大好きだもん。な?」


 急に話を振られたウーゴウは肩を跳ね上げた後、ゆっくりとうなずいた。


「研究所の話を、してくれます。勉強に、なります」


 抑揚が無く感情が読み取れない声だが、ミロクは納得した。


「そうか。じゃあ、当日の朝、迎えに来る」


「わかった」


「わかりました」


 兄は満面の笑みを浮かべて、弟は真顔のままで、了承した。


「カウムディーは、どうするんだ?」


 ミロクが行くとなれば当然レイも付いてくるだろうし、セハルも興味があるだろう。そうなると既に車はいっぱいではあるが、一応聞いてみる。


「私は、行けそうなら最終日に行くわ。ゆっくり選びたいもの」


 スクラップ市では、商品が売れても補充されることはまず無い。島に物を運ぶ手段が限られているからだ。そのため、最終日は人気が無い。しかし、残り物を好きなように物色することができる、という利点もある。カウムディーのように最終日を好む人間も、少なからずいた。


「そうか。分かった」


 顔見知りのよしみで送り迎えを買って出たいところだが、あいにくその日は仕事が入っている。カウムディーも分かっているのか、ほほ笑んだまま何も言わなかった。


 役所を辞する頃には、辺りは既に薄暗くなっていた。特に天体観測区は人工的な明かりが少ないため、他の区画に比べて日の入りが早いように感じる。坂道を下り始めた時はバックミラーで風車の姿を確認することができたが、下りきる頃には前に進むにも明かりがいるようになっていた。


「昨日見た空より、星が多い気がする」


「うちの方は、夜中でも研究所が明るいからな。降りてみるか?」


 ミロクの提案に、セハルがうなずく。通行人が来ることはまず無いが、ミロクは車を道の端に寄せて停めた。


「ああ、本当に綺麗だ」


 車を降りて空を仰いだセハルが、感嘆の声を上げる。空を分断するようにある大河も、線を引いて流れていく星も、全て肉眼で確認することができる。


「暗いってのもあるが、人類が減った分だけ空気の浄化が進んでるのかもしれないな」


 目を細めるミロクの毛先を、そよ風がさらう。「人類か」と、セハルが呟いた。


「そういえば、世界滅亡時計っていうのがあったな。今は、何時を指してるんだろう?」


「零時のほんのちょっと手前だろ」


 迷わず返すミロクに、セハルが振り返る。


「俺達がいるから滅亡しない?」


「世界滅亡と人類滅亡の意味が同じならな。ただし、いるから汚染も止まらない」


 向き直るミロクに、セハルは首を傾げた。


「あんたは、人類みんな滅亡した方が良いと思ってるのか?」


「良いとは思っていない。この星にとっては、その方が良いんだろうとは思うが。滅亡したら、レイもいなくなる」


 淡々と答えるミロクに、セハルは息をのんだ後、顔をゆっくりと空へ向けた。


「そうか……そうだな」


「それにしても、よく世界滅亡時計なんて覚えてたな。どれくらい記憶が残ってるんだ?」


「どれくらい……」


 セハルは視線を数秒間さまよわせると、再び星へと戻した。ミロクも同じように視線を星空へと移す。正面にある高い木の真上に、白く輝く一等星があった。


「何してたかは覚えてない。両親は軍人だった。俺は機械いじりが好きで、じいさんの家によく遊びに行ってた。じいさんは車の整備師だったんだ。それくらいかな」


「そうか」


 風に揺すられて、木の葉が音を立てる。セハルは、ミロクに視線を移した。


「再利用者って、そんなに記憶が曖昧な奴が多いのか?」


 ミロクはセハルを見ると、首を傾げた。


「そうらしい、とは聞いたが。ルタみたいに一から十まで全部覚えてる奴もいるし、本当のところはよく分かんねえな」


「ミロクは、どうなんだ?」


「俺は『オリジナル』だよ」


 ミロクは笑って、肩をすくめた。


「ほら、そろそろ車に戻るぞ。あんまり遅くなると、レイがうるさい」


「心配してるんだろ」


 セハルが笑いながら、車に戻っていく。その背には、「俺の正体自体、よく分かんねえけどな」というミロクの呟きは届かなかった。

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