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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第2章 スクラップ市
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天体観測区

 貯水池場でルタとぐずるレイと別れ、車を取りに家へと戻る。念のため戸締りを確認してから、リキッドを受け取りに研究所へ向かう。道中、セハルに「ついでに、二人を送っても良かったんじゃないか?」と突っ込まれた。その通りではあるのだが、別れが長引けば長引くほどレイの対処が面倒くさくなる一方なので、あえて気付かない振りをしたのだ。その辺りのことは、ルタも分かっていただろう。


 荷物を車に載せると、目的地に車を走らせる。街を抜け、森に入ってしばらくすると景色に飽きたのか、セハルは車に備え付けられているラジオをいじりだした。しかし、どれだけ周波数をいじっても、聞こえてくるのは砂嵐の音だけだった。


「基地局が近くに無いんだな」


「それもあるが、電波状況が日に日に悪くなってるらしい」


「なるほど」


 納得したセハルはラジオの電源を切ると、また窓の外へと視線を移した。座席にもたれたかと思うと、すぐに前かがみになる。


「あれは、何だ? どこに向かってる?」


 セハルは、木々の上から見えだした風車の羽を物珍しそうに眺めながら尋ねた。


「あれは、風車。向かってるのは、天体観測区だ」


「天体観測区?」


「ああ。そういう名称だが、実際は星を観測してるだけじゃない。天候、風、大気の汚染度。あらゆる気象現象を研究していこうって場所だ」


 土を踏み固めただけの坂道を上り、どれも素材が違う三基の風車の前を通り過ぎる。すると、すぐに区役所があるのだが、職人街の役場以上に珍妙な建物だ。木造の平屋建てなのだが、役所と鳩小屋が一つの建物の中にある。


 車を降りたセハルが、困惑気味に「なんで鳩小屋が」と呟いた。


「鳩も研究対象の一つよ。今でも帰巣本能が働くか調査しているの。うまくいけば、島内の連絡手段として取り入れる予定。この辺りは特に、電波の具合が今一つだから」


 区役所から出てきた女性が、セハルの呟きに応じる。


 人口が百人に満たない小さな区は普段から静かで、鳩の鳴き声や風車の羽が軋む音がのどかに響く。車の音がすれば、運送部が来たと分かるのも当然のことだ。ミロクが呼ばわる前に、向こうから外に出てくるのが常だった。


「よう、カウムディー」


「こんにちは。ルタは元気?」


「ああ。今朝も、毒人参食ってた」


「相変わらずね」


 カウムディーは、困ったようにほほ笑んだ。彼女と顔を合わせるようになったのは島に来てからだが、ミロクは一度も彼女の機嫌や言動が荒れるところを見たことが無い。


「ルタに良い知らせを届けたいところだけど、大気の状態も相変わらずよ。わずかに改善されたかもしれない、という程度ね」


 カウムディーが歩きだしたので、ミロクとセハルも後に続く。職人街以上に簡素な集落ではあるが、付き従うのも仕事の内だ。


「あの人は、ルタの知り合いなのか?」


「幼馴染ってやつらしい」


 ミロクには、幼馴染という関係性がどういうものなのか、いま一つ理解できない。小声で尋ねたセハルは納得したようで「なるほど」と呟いた。


「人口の増減は無し。三か月前の大雨で崩れたところは、数日前に工事が完了。土木事業部の方からも、たぶん報告が上がっていると思うけれど」


 セハルはカウムディーの説明に逐一うなずき、合間に興味深そうに建物を眺め、首を忙しそうに動かしている。目覚めたばかりの再利用者は、子供のような振る舞いをする者も多いらしい。レンリの言葉を思い出したミロクは、隣りを歩くセハルに気付かれないよう顔を逸らしながらニヤニヤと笑った。


 前を歩いていたカウムディーも、セハルの行動に気付いたようだ。石で組まれた天文台の前で立ち止まると、彼の顔を覗き込んだ。首の動きに合わせて、腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪が、さらさらと流れる。


「あなたは、観測区が初めてなのね」


 覗き込まれたことに動揺したのか、セハルはあたふたとしながら一歩下がった。


「あの、初めて、というか」


「こいつは『生まれた』ばっかだ」


 耳を赤く染めるセハルに代わって、ミロクが答えてやる。ほほ笑むカウムディーは、セハルの様子に気付いていない。「子供の頃から人気はあったが、好意に関しては殊更鈍かった」というのが、ルタの評だ。


「そうだったのね。所属先は、もう決まったの?」


「整備局だ。車専門。当分の間は、うちと研究所の往復だろうけどな」


 生まれたばかりの再利用者は、定期的に検査を受けることになっている。そこはカウムディーも承知しているので、「そう」とうなずいた。


「じゃあ、うちの整備士の仕事も見ていく?」


 動揺しながらも、ちゃんと聞いていたらしい。セハルは、カウムディーの提案に、目を丸くした。


「ここにも整備士がいるのか?」


「もちろんよ。とは言っても、車を整備するわけではないの。うちでは、望遠鏡や風車なんかを整備するのよ」


 「風車……」と口にしながら、セハルは風車を振り返り見る。三基の内の手前の一基だけが、羽を回していない。


「見てみたい」


 目を輝かせるセハルに、カウムディーはにっこりと笑った。


「さっそく案内するわね」


 黒髪を揺らしながら、さっさと風車へと歩いていってしまう。ミロクとセハルは顔を見合わせた後、彼女を追いかける。既に、セハルの顔からは赤みが引いていた。


 三基の風車は、すべて素材も見た目もまるで違う。一基は、赤や茶色の石で土台を組んだ、小屋と呼ぶのがふさわしいほど立派な風車だ。真ん中の一基は壁が無く、木の柱がむき出しで、まるで櫓だ。もう一基は、太い鉄の棒に羽が付いただけの簡素な造りをしている。


 セハルがなぜ全て素材が違うのかと問うと、「ものによって用途が違うっていうのもあるけれど。一番の理由は、素材が揃わなかったからね」と答えが返ってきた。建築物の材料に苦慮するのは、島中どこも同じだ。


 ミロク達が案内されたのは、立派な風車小屋だった。今の環境でどれほどの動力を生み出すことができるのか、というのが主な観察内容らしい。


 カウムディーは木戸を開けると、中を覗き込んだ。


「フェイファ、いる? 少しお邪魔しても良いかしら?」


 小屋の壁が厚いのか、ミロクには中からの声が聞こえない。カウムディーがこちらを振り返ってうなずいたことで、許可が降りたのだと分かった。彼女が中へと入っていくので、ミロクとセハルも後に続いた。


 小屋に陽光が入る箇所といえば、出入り口と風車の軸が通る穴、薄汚れた小窓しかない。そのため中は薄暗く、外に比べて気温は低いが湿度はやや高い。動力を確かめるために設置された歯車や杵は木でできていて、新築の木造家屋のような香りがする。


 不意に、ミロクの足元を照らすほのかな光が揺れた。見上げると、足場の上からランタンを掲げた少年が下を覗き込んでいる。目が合うと、薄暗い中でも満面の笑みを浮かべるのが分かった。


「誰かと思ったら、ミロク兄じゃないっすか」


「よお、邪魔するぞ。ちょっと、こいつに仕事を見せてやってくれないか?」


 言いながら、セハルを軽く押し出してやる。フェイファは同年代のセハルの顔を見て、目を丸くした。


「良いけど、もうほぼ終わっちまってるっすよ」


「それでも構わない」


 セハルの返答に、フェイファは笑顔でうなずいた。


「じゃあ、そっちのはしごから上がって……あ、ここ狭いんで。先にウーが降りてから、上がってきてほしいっす」


 言葉の後、すぐにランタンを持った少年がはしごを降りてくる。少年からランタンを受け取ったセハルは、危なげなくはしごを上っていった。


「ウーゴウもいたのか」


 ミロクの言葉に、ウーゴウはうなずいた。フェイファの弟だが表情が乏しく、言葉数も少ない。


「私は役所に戻るけど、ミロク君はどうする?」


 カウムディーに問われ、ミロクは足場を見上げた。道具を一つずつ、丁寧に説明するフェイファの声が聞こえる。


「ここで待ってても、しょーがねえし。鳩の世話でも手伝ってやるよ」


「ぼくも、手伝います」


「それは助かるわ」


 二人の申し出に、カウムディーはふわりと笑った。それから「役所で待ってるから」と上に声を掛けると、フェイファは了解とばかりに片手を振った。


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