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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第2章 スクラップ市
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ルタの畑

 先を行くルタは第四地区の住宅街には目をくれることなく通り過ぎ、検査用の貯水池場の脇道へと進んでいく。人が横に二人並べるくらいの道幅で、舗装もされていない。小さな荷車が通るのか、親指ほどの幅の(わだち)が道の両脇にできている。人も荷車も踏まない場所には、雑草がちらほらと生えていた。


「この先に、材料があるのか?」


 ようやくレイに解放されたミロクが問う。前を行くルタは、ちらりとだけ後ろを振り返った。


「そう。この先にあるもののおかげで、貯水池の水は再利用を施されていない人間でも下水処理や洗濯なんかに使う分には問題ないくらい汚染度が下がってきてるんだ」


「飲み水としては、まだ厳しいんだな」


「使えないとは言わないけど、推奨はしない。ただ、島の外の人達は、この何倍にも汚染された水を飲んで生活してるわけだけどね」


 人間に限らず、島外のありとあらゆる生き物は現在も体内に毒を蓄積し続けており、いずれ絶滅する。それが数年後なのか、数十年後までもつのかは分からないが。


 というのが研究者達の見解であり、また世界中の常識ですらあった。人々が島に殺到しないのは、研究内容が広く知られていないことが大きい。また、島外の国々の多くは疲弊していて、小さな島に構っていられない、というのもあった。


 ただし、大国のパーパとドゥルガーからはスパイが送り込まれている、という噂もある。そのため、島の海岸線には警備局の中でも特に腕が立つ者が配置されていた。


 貯水池場を抜けると、徐々に木が増えてくる。最初は低木しかなかったものが、進むにつれて高木の割合が高くなっていく。いまだ続く轍に沿って歩いていくと、洞窟の中へいざなわれた。


「この奥に、材料があるんだ」


 ルタの声が、わずかに壁や天井に反響する。


 洞窟は高身長のルタが苦も無く歩けるほどの高さがあり、横に二、三人並んでも支障がないほどの幅があった。入り口から数歩中に入っただけで、すっと気温が下がる。息を吸い込むと、苔の匂いがした。入り口付近は薄暗いものの、奥へ進むと光苔のおかげでほのかに明るい。苔が生えている割には湿度が低く、滑ることを気にせず歩くことができる。


 更に進むと、肺に入る空気が外に比べてかなり澄んでいることにミロクは気付いた。味など無いはずなのに『おいしい』と感じる。


 いつの間にか壁に貼りついていた光苔の姿が見えなくなる。反して、進めば進むほど明るさは増していった。


 陽光だ。そうミロクが気付いた時には、目の前に巨大な空間が広がっていた。白く細かい砂に埋もれた地に、木が何本も生えている。


「木が生えてるっ」


 レイは走り出すと、一番近くに生えていた木の幹に両腕を回した。小柄な少女が余裕で腕を回せるほどの若い木だ。離れた場所には、とても回しきれないだろう太い木もある。


「なあ、あれ」


 セハルに肩を叩かれ、ミロクは彼が指さす先へと視線を上げた。


「こりゃ、また随分と崩れてるな」


 ミロク達が立つ場所に、天井は無かった。陽光の原因は、これだ。まだ残っている天井ももちろんあるが、端から白い砂へと変わって降り注いでいる。


「この辺りの砂に、毒は無いんだ」


 ルタは片手で、足元の砂をすくい上げた。


「天井は浄化されると、白い砂へと変わるらしい。この島には、ここみたいな場所があっちこっちにあるんだ。あっちに流れてる川の水も、毒は無いよ」


 すくい上げた砂を地面へと流し落とすと、数メートル先を指さした。光を受けて、水面が輝いている。近付いてみると、またいで渡れてしまうほど小さな川が流れていた。透明度が高く、底で白い砂が転がる様子が見える。


 小川の脇には、小さな畑があった。外のものより一回り大きい人参が、砂から顔を出している。


「育ててるのか?」


 ルタはうなずきかけてから、否定するように手を振った。


「ああ、いや。リキッドの材料の一つは、水だよ。畑は、趣味みたいなものでね」


 日に焼けた手が、優しく葉を撫でる。


「僕の出身は、ドゥルガーのスーリヤって小さな村でね。農業が盛んだった。最新の技術を学ぶためにパーパに留学したんだが」


 葉を撫でていた手が止まった。そのまま握られた拳が、小刻みに震える。


「研究に夢中になってる間に、村は戦争に巻き込まれたと人伝えに聞いた。帰るに帰れず、かと言って研究に打ち込む気にもなれず管を撒いている内に、世界中に毒が蔓延した。可能性が完全に失われるかと思うと、惜しくなるものでね。どうにか毒の無い野菜を作れないかって模索してる内に、ぶっ倒れてね。運良くレンリに拾ってもらって、今に至るってわけ」


 肩をすくめるルタに、ミロクはため息を吐いた。


「運良く、ね。願ったんだろ? 神様に、まだ死にたくありませんって」


 「ははっ」と、ルタは笑い声を漏らした。


「そうかもしれない。偶然にしろ必然にしろ、こうして僕は生きていられて、夢を追えてるんだ」


 もう一度、日に焼けた手が人参の葉を愛おしそうに撫でた。


「いつか大きな畑一面に、毒の無い野菜を作る。僕の夢だ」


「そうか」


 頬を緩めたミロクの横から、「なあ」とセハルがルタに声を掛ける。


「あんた、スーリヤ村の出身なのか?」


「ああ、そうだが」


「スーリヤ村は、キックボクシングが盛んだと聞いた」


 セハルの言葉に、ルタがうなずく。


「年に一度、村一番の男を競う大会があった。大昔に作物を狙った虎を勇者が追い払った、という話があってね。それに倣ってるのさ」


 「虎、ねえ」と薄ら笑いを浮かべるミロクに、「箔がべたべたと付いていくのが伝承ってもんさ」とルタは肩をすくめる。レイが「べたべたー」と言いながら、ミロクの背中に両手を付いた。


 レイの様子には目もくれず、セハルは真剣な顔でルタを見据えている。


「あんたは強いのか?」


「そうだな。留学前に二回優勝したことはあるが。あれから、だいぶ年数が経ってるからな」


「それでも良い。俺に稽古をつけてほしい」


 ミロクは口を挟もうとするが、ルタが片手を挙げて制した。


「なぜ、そう思ったんだ?」


「ミロクを待つ間、レンリから本当は警備局に回すつもりだったと聞いた。整備局に入れてもらえたことは嬉しいし、早く一人前になりたいと思ってる。でも、あんたの畑くらいは守れるようにもなりたいと思った」


 あまりにも率直な言葉に、ルタは苦笑した。


「分かった。昔ほど動けるとは思わないが、できる限りのことは教えるよ。しかし、うちの村を知ってるとはね。君も、ドゥルガーの出身かい?」


 指摘されて、セハルは視線をさまよわせる。


「覚えて、いない」


「ふうん。まあ、再利用された人間の中には、記憶が曖昧な奴も少なくないからね」


 ルタは両腕を上げて背伸びをすると、白衣のポケットから懐中時計を取り出した。


「僕はそろそろ研究所に戻るけど、ミロク達はゆっくりしてて良いのか?」


 問いと共に、時計の文字盤がミロク達に向けられる。背景は白一色、数字と針は黒色で、秒針は無い。見やすくも簡素な時計だ。


 時刻を確認すると、ミロクはため息を吐いた。あと一時間半もすれば正午になる。


「長居したつもりは無かったんだがな」


「外の畑から、意外と距離があるからね」


 ルタが、肩をすくめる。ミロクは、レイを振り返った。


「おい、レイ。そろそろ研究所に行くぞ」


 途端に、「えー」とレイが不満の声を上げる。それを見て、ルタは「相変わらずだな」と笑った。


「ミロクは、これから仕事だろ? 戻りついでに、僕がレイを送ろうか?」


「ああ、頼む。セハルは、どうする? 家に戻るか?」


「いや。仕事に付いていっても良いか?」


 意外な申し出に、ミロクは目を丸くする。


「別に、構わないが。荷下ろしを手伝ってもらえたら助かる」


「それくらいなら喜んで。体を動かすのは嫌いじゃないんだ……と思う」


 曖昧な物言いに、ミロクは軽く吹き出した。


「なんだ、それ。まあ、いい。よろしく頼む」


 うなずいたセハルは、少しだけ顔をほころばせた。

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