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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第2章 スクラップ市
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街案内

「おはよう」


 背後から掛けられた声に、ミロクは振り向いた。


「おう、セハル。よく眠れたか?」


「おかげさまで」


 答えるセハルは朝に強いのか、一切の眠気を感じない。逆にレイは朝が弱く、今も布団の中の住人だろう。


「レイを起こしてくるから、これでも飲んでてくれ」


 ミロクはセハルに向かって、緑色の液体が入った小瓶を放り投げる。手のひらより二回りほど大きい瓶だが、セハルは難なく受け取った。


「朝食も、これだけなのか?」


 残念そうに眉尻を下げるセハルに、ミロクが笑う。


「よほどの物好きじゃなければな。島外ほど汚染されちゃいないし、『再利用』された人間に毒は効かないらしいが。それでも、好んで毒を食らう人間はいない」


「再利用?」


 セハルの眉間に、皺が寄った。


「諜報部の奴等は島外に出てスクラップを拾ってくるが、たまに死にかけた人間を拾ってくることもある。それをヒヨク達がいじって生き返らせたのが『再利用者』だ。この島に住む人間の大多数が、それだな」


「あんたもなのか?」


「いいや。俺は、人間であるかどうかすらも怪しい」


 ミロクは肩をすくめると、レイを起こしにいこうと階段に足を掛けた。と同時に、レイの部屋のドアが勢いよく外に開き、レイが階段を駆け下りてくる。降ってくる、と言い換えても過言ではない。ミロクは咄嗟に階段に掛けていた足を床に下ろすと、レイを受け止めた。衝撃で、足が一歩後退する。


「置いてくなんて、ひどいよっ。起こしてくれたって良いのにっ」


「置いてってねえだろ。今、起こしにいくとこだったんだよ」


 涙目になっているレイを引きはがすと、ミロクは大きくため息を吐いた。


「ったく。リキッド飲んだら、さっさと行くぞ」


「はーい」


 レイは棚からリキッドを取り出すと、椅子に座って飲みだした。彼女の背後に回ったミロクは、色素の抜けた長い髪を木製のブラシで梳いてやる。毎朝の習慣だ。ミロクが横目でセハルを見ると、彼も立ったままリキッドを飲んでいる。


「なんか、満たされた感じがしない」


 飲み切って腹を撫でるセハルに、「そのうち慣れるさ」とミロクは笑った。


 レイも飲み切り、空き瓶を仕切りの付いた木箱に入れると、三人は外に出た。


 そよ風が、三人の髪を揺らす。彼等のほかに人はおらず、生活音も聞こえてこない。鳥のさえずる声だけが、辺りを満たしている。しかし、ブナの木で羽を休める鳥もまた、ヒヨク達が戯れに『再利用』したものだ。


 何が楽しいのか時折くるくると周りながら進むレイの後ろを、ミロクとセハルが並んで歩く。


「あの子は、妹なのか?」


 ミロクは、横目でセハルを見る。彼は何の感情も顔に乗せることなく、レイの姿を目で追っている。


「いいや。大事な奴から預かったんだ」


 答える声音に、少しだけ哀しみの色が混ざる。セハルは一瞬だけ声を詰まらせミロクに目をやったが、「そうか」と短く応じた後は再びレイに視線を戻した。


 二人の様子など、レイは意に介していないのだろう。時折指をさしながら、笑顔で案内を続けている。


「それでね、あそこが畑の実験場。ルタさんが、毒の無い野菜を育てるために、いろいろ工夫してるの」


 畑に目をやると、あぜ道にルタが座り込んでいる。向こうからもミロク達が見えたのだろう。ゆらゆらと手招きをしている。レイが小走りで寄っていくので、ミロクとセハルも応じることにした。


「よう、レイにミロク。そっちの坊やは、たしか」


「昨日、会っただろ? うちで預かることになったんだ」


「セハルといいます。あなたのおかげで整備局に入ることが決まりました。ありがとうございます」


 頭を下げるセハルは、やはり訓練でもしてきたのかと疑ってしまうほど綺麗な姿勢だった。体を腰から曲げ、背筋や足は真っ直ぐ。指先もしっかりと揃っている。


 ルタは数回瞬きを繰り返した後、「あーあー構わん、構わん」とおざなりに手を振った。


「せっかく興味のあるとこに入れたんだ。しっかり、やれよ」


 激励の言葉に、セハルは「はい」と返事をする。初めて見る満面の笑顔に、ミロクは「こいつ、こんな顔もできるのか」と周囲に聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。


「ところで、ルタさんは何をやってらしたんですか? 休憩ですか?」


 セハルの問いに、ルタは「ため口で良いよ」と言いおいてから、目の前に植わっている人参を一本抜いた。まだ成長途中の人参は、レイの指と同じくらいの細さだ。


「人参の出来はどうかと思って、試食していたところさ」


 人参に付いた土を軽く払うと、口の中に放り込んでしまう。ミロクは、顔をしかめた。


「よく、そんなもん食おうと思うな。まだ、成功してないんだろ? 毒抜き」


「どうせ僕らには効かないよ。そういう風に造り直されてるんだからね」


 ルタは、にやりと笑った。見るからに無精者といった外見をしている割には、綺麗な歯並びをしている。


「毒なら、君らだって毎日接種してるじゃないか。これ」


 皺だらけで裾に土が付いた白衣のポケットから、小瓶を取り出す。今朝、セハルやレイも飲んできたリキッドだ。


「まさか安全とは思ってないよね? この世界で作られたものなんだしさ」


 ルタの細い目が、更に細くなる。レイはミロクの腕に縋るように掴まり、セハルは息をのんだ。


 ルタが、さぞおかしいと言うように「ククク」と笑い声を漏らす。


「嘘だよ」


 ルタと涙目になったレイを交互に見たミロクは、「おい」と低い声を出してルタを睨んだ。途端にルタは、顔の前で手を振りながら「いやいや、実際に浄化しきれているかって聞かれると微妙なところなんだ」と弁明した。


「怖がらせたお詫びに、材料の一つを見に行ってみる?」


 ルタの提案に、ミロクは小首を傾げる。


「そういや、見たことないな」


「でしょ? この島の人達は材料のことなんて興味無さそうだし、ミロク君は休日もこき使われることが多いからね」


 即座にレンリの顔が思い浮かんで、ミロクは渋面を作る。さすがに全ての休日を潰されることはないが、人使いが荒いのは確かだ。


「案内してあげるよ。付いておいで」


 ルタが小瓶をポケットに戻す。ポケットは瓶の形のまま膨らんで、口から瓶の頭を出している。彼は気にせずあぜ道を出て、ミロク達が暮らす第四地区へと足を向けた。ミロクは腕に掴まったままのレイはそのままに、ルタの後を追う。後ろから、セハルも続いた。

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