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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第1章 新しい同居人
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新しい同居人

「なんです? ヒヨクさん」


 ヒヨクはいつも頼りなげな表情をしていて、ミロクよりも年下に見える。しかし、実は見た目の倍以上の歳を重ねているらしい。整形を繰り返した慣れの果てだ、と陰でささやかれているのをミロクも耳にしたことがあった。切りっぱなしの白髪が、唯一彼の年齢を物語っている。


「セハル君ね。整備局入りの許可、出しておいたよ」


「セハル?」


「君、会ったんでしょ? 機械が好きそうな子」


 そこまで言われて、ミロクはようやく合点がいった。


「あいつ、セハルって名前だったのか」


 ヒヨクがうなずく。鳩が歩く時に首が動くような、独特なうなずき方だ。


「しばらくは勉強のために整備局に通ってもらいながら、ミロク君の車を見てもらうことになったから」


「俺の車?」


 ヒヨクの首が、また動いた。


「ろくに点検に出してないんでしょ? だから、いずれは専属で見てもらおうってことで話がまとまったんだ」


「まじか」


「嫌なら、定期的に点検に出した方が良いと思う」


「別に、嫌ってわけじゃねえけど」


 ミロクは目を逸らし、頭を掻いた。嫌ではないが、研究所で議題に上るほどの怠りようだったのかと思うと気まずいものがある。


 会話が途切れると、廊下の奥からヒヨクを呼ぶ声がした。ずっと様子を窺っていたのだろう。ヒヨクは首だけ振り返ると、相手に小さく手を振った。振り返る様まで鳩みたいだ。


「僕は、もう行かないと。詳細は、レンリから聞いてくれる?」


「りょーかいです」


 ミロクが片手を挙げると、ヒヨクも同じように片手を挙げてから、相手の元に小走りで去っていった。ミロクは軽く息を吐くと、改めてレンリの研究室に足を向ける。


 ヒヨクの方は気安く声を掛けてくるが、ミロクはどうも彼のことが好きになれないでいる。人となりというよりは、島に引っ越す前に行っていた研究の内容が原因だ。ミロクはもう一度、ゆっくりと息を吐いた。


 レンリの研究室は、最奥から数えて二番目の部屋だ。ノックをして名前を告げると、「入って良いぞ」と声がする。ドアを開けると、目的の人物の向こう側にセハルが座っていて、ミロクは目を丸くした。


「まあ、座れ。先に、報告を聞こうか。彼のことなら構わなくて良い」


 セハルが椅子を譲ってくれたので、遠慮なくレンリの正面に座る。まずは、街の人口に増減は無いこと、これといった異変も無いことを話した。


「来月の三日から五日にかけてスクラップ市を開くから、広報に上げておいてくれって」


「分かった」


 レンリが書き留めるのを見届けてから、片腕に抱えていたものを差し出す。


「それと、これはホウガから。新しい生地のサンプルだとさ」


 レンリはほほ笑みながら、サンプルを受け取った。


「これは、ありがたい」


 言うなり、白い手が端切れをめくりだす。


「ふむふむ。この桜色の生地も良いが、こっちの山吹は素晴らしい出来だな」


 予想通りの感想に、ミロクの口元に笑みが浮かぶ。この後、顔を上げたレンリが何を言い出すかも容易に想像ができて、更に口角が上がった。


「おい、ミロク。次の休み、職人街まで連れていってくれ」


 案の定だ。ミロクは笑みはそのままに、肩をすくめた。


「別に、構わねえけど。次の休みって、いつだ?」


 レンリはカレンダーを指差した。彼女自身が線を引き、日付を書き込んだ、いたって簡素なものだ。


「来月の三日。ちょうど、スクラップ市の時だな」


「了解した」


 スクラップ市の時なら、ミロクにとっても好都合だ。レンリを待つ間、シショクの娘たちに絡まれなくてすむ。


 これで話は終わりかとミロクは立ち上がりかけたが、「まだ話がある」とレンリに止められ、座りなおした。彼女は、部屋の隅に移動していたセハルを指差す。


「こいつのことだが。会議で、おまえの家に預けることが決まった」


 たっぷりと間を置いた後、ミロクは「はあっ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「なんでだっ?」


「いや、最初は研究所の人間で預かろう、という話も出ていたのだがな」


 細い顎に手を添えたレンリは、人が声を荒げても冷静なままだ。


「ヒヨクは性格的に、慣れぬ人間との同居に無理がある。私は、年頃の娘だからダメだと」


「うちにも一人、年頃の娘がいるんだがな」


 行動こそ幼いが、レイも十三、四になるはずだ。ミロクも託された身なので、正確な年齢は分からないが。


 レンリもそこは認めるところであったらしい。「中身は、生まれたばかりのひよっこだがな」とうなずいている。


「他にもルタとか、いろんな行先の候補があったのだが。最終的に、おまえの車の専属になるなら、ということで話がまとまった。おまえ、点検を怠りすぎだろう」


 呆れるレンリに、ミロクは頭を掻きながら目を逸らした。


「返す言葉もねえよ」


「うむ。では、異論は無いな」


 レンリの言葉で話はまとまったと悟ったのか、セハルがミロクの前に移動する。「よろしくお願いします」と頭を下げた彼の背筋は真っ直ぐ伸びていて、『礼のお手本』と言うに相応しいものだった。


「ああ、よろしく」


 ミロクの言葉に、セハルが顔を上げる。朝の出会いとは違い、攻撃なところは見当たらない。ただただ真面目な少年だ。


 ミロクはセハルに気付かれないように、小さく息を吐いた。 レンリの研究室を辞すると、元来た道を戻っていく。セハルはおとなしく、ミロクの後ろを付いてくる。車に乗った後も、物珍しそうに窓の外を見ているだけで特に言葉を発することは無かった。


「ここが俺の家」


 ミロクの家は、第四地区と呼ばれる所にある。住宅街といっても島民の人口がしれているため、ほとんどが空き家だ。窓から明かりが漏れている家は、周囲に五、六軒しかない。


 周りと比べても特に変わったところがない二階建ての家を、セハルはまじまじと見上げる。


「そんなに珍しいか?」


 ミロクの問いに、セハルは「いや」とようやく口を開いた。


「さっきまで研究所にいたから」


 なるほど、とミロクはうなずいた。昇降機さえ無い研究所ではあるが、それでも優先的に資材が回されている。民家をよく見てみれば、壁板は一枚一枚木の種類が違っていたりするし、屋根もトタンに木に平たい石と統一感が無い。


「まあ、研究所に比べりゃ、どこの家もみすぼらしいもんだ」


「そんなことないっ」


 思いのほか強い口調に、ミロクは目を丸くする。


「なんていうか、温かい感じがする。俺は、こっちの方が好きだ」


 真剣な眼差しに、ミロクはしばらく呆けた後、瞬きを繰り返した。


「あ、ああ、そうか。まあ、とりあえず入ってくれ」


 ミロクはドアを開いて先にセハルを通すと、自身も中に入ってドアを閉めた。


「おーい、レイ。帰ったぞー」


 呼ばわると、すぐに忙しない足音が近付いてくる。「おかえりなさいっ」と笑顔を見せたレイは、そのままの顔で固まった。


「まあ、驚くよな」


 ミロクはレイの傍に寄ると、頭を掻き回すように撫でた。


「よーく聞けよ。これから一緒に住むことになった、セハルだ」


「一緒に住む?」


 きょとんとしたレイは、次の瞬間には満面の笑みでセハルを見た。


「一緒に住むのっ? 私、レイッ。あなたはっ?」


 勢いよくセハルに迫るレイに、「話、聞いとけよ」とミロクはため息を吐いた。セハルはたじろぎながらも、「セハルです。よろしくお願いします」と律儀に返事をしている。喜びで、じっとしていられないのだろう。レイは数回、その場で飛び跳ねた。


「ミロク。良い事、思いついたよ」


 くるっと体の向きを変えた彼女の頬は、興奮で真っ赤に染まっている。


「明日、街を案内してあげよう」


「却下だ」

 ミロクは、レイの額を指で弾いた。


「俺は、明日も仕事なんだよ。おまえだって検診があるだろうが。研究所が嫌だからって、さぼるんじゃねえよ」


「午後からだもん。ミロクだって、お昼からでも間に合うくせにっ」


「分かった、分かった」


 口を尖らせて地団太を踏むレイに、ミロクはため息を吐いた。機嫌を盛大に損ねたレイは、なかなかに面倒くさい。街の案内の方がまだマシだと、ミロクは判断した。


「セハル。悪いが明日の朝、付き合ってもらえるか? おまえも、何も知らないじゃ不便だろ?」


「確かに」


 了承したセハルの顔には微笑ましいと書いてあるようで、思わずミロクは顔をしかめた。

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