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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
終章 蓮の箱庭
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彩雲

 庭木の中で、小鳥達が口々に歌っている。パーパとドゥルガーの間で休戦協定が結ばれた記念に、とミロクの家にはまるで関係のない理由でヒガンが勝手に植えた木は生長が速く、既に天辺が軒先に到達している。そのうちに屋根が壊れやしないかと、ミロクは内心で焦っていた。(はしばみ)という品種らしいが、ヒガンがどのような品種改良をしたか分かったものではない。


 二軒隣りの家では、犬が鳴いている。住人も動物も増えてきて、第四地区の空き家も数えるほどしかなくなっている。半年前は犬が吠えるたびにビクついていたセハルも、慣れてきたのか反応することがなくなった。


 そんなセハルはボンネットを閉めると、ミロクを振り返り見た。


「点検、完了。問題なく走行できるぞ」


「そうか。ごくろう」


 返事をしたのは、ミロクではなかった。セハルの様子をおもしろそうに眺めていたヒガンが、腕を組んで大きくうなずいている。


 ミロクはセハルに近付くと、耳打ちした。


「なあ。ほんとに今日、おまえら来ないのか?」


「俺もレイも用があるから明日にするって、昨日の夜も言ったじゃないか。ヒガンが苦手なのは分かるけど、依頼なんだから行ってきなよ」


 迷惑そうに眉間に皺を寄せたセハルが、ミロクを払うように手を振る。「なんだよ。反抗期か?」と嘆くミロクの肩を、ヒガンががっしりと掴んだ。


「そうだぞ。依頼主を待たせちゃいけないな」


「ですよねー」


 ミロクは盛大にため息を吐くと、運転席に乗り込んだ。少し遅れて、ヒガンが助手席に座る。「そんなにあからさまに嫌がられると傷つくんだけどね」と涙を拭う仕草をするが、顔は笑っていた。彼の心の内を判断することは、ミロクには難しい。ただ、すぐに鼻歌を歌いだしたので、今は別段機嫌が悪いわけではないことが知れる。


 今日から三日間、久々にスクラップ市が開催される。事前に荷物の搬送を終えたヒガンは、ミロク達の家に泊まったのだ。レンリがいなくなってから、よくヒガンが家に顔を見せるようになった。おそらくは、ミロクの様子を見にきているのだろう。


 三年前までは、スクラップ市の開催期間といえば必ずレンリを車に乗せていた。彼女は文句を言いつつも、ミロクの予定が空いていれば必ず彼を指名したのだ。


「また思い出してるのかな? レンリのこと」


 助手席から尋ねられる。ヒガンは、ミロクが直接話すことができる人間の中で、ただ一人レンリを覚えていた。祖父がミロクと同じ存在だからかもしれない。


「悪いかよ?」


「いいや。レンリはミロクの保護者だったからね。思い出さない方が、どうかしているよ」


 「僕も、よく祖父のことを思い出すんだ」とほほ笑んだヒガンは、次の瞬間には「あ、そうだ」と言って手を打った。


「聞いたかい? パーパの王様が亡くなったって」


「ああ。一昨日、研究所でヒヨクから聞いた」


 「どうしよう、どうしよう」とあたふたしながらも教えてくれたヒヨクは、どうにも緊急事態には頼りにならない。居合わせた人間の中で、最も動揺していたからだ。このまま放っておくと器具を割りかねないので、周囲の研究員達が代わる代わる彼をなだめる始末だった。


「病気だったんだって?」


「そうみたいだね。周囲には伏せられていたけど、元々体が弱かったみたいだ。毒が蔓延する前から、内臓がやられていたとも聞いた」


「さすが、諜報部」


 ミロクはため息を吐いて、シエンに思いを馳せた。体調の悪さなど表に一切見せなかった彼の早すぎる死を予想できた人間は、果たしていたのだろうか。婚約者であったはずのヒカでさえ気付いていなかった、とミロクには思えてならない。過去の半年間の外遊も表向きだけのもので、実際には違ったのかもしれない。


「褒められてる気がしないんだけど?」


 苦笑するヒガンを、横目でちらりと見る。拗ねている、のかもしれない。


「褒めてるよ。自国民でさえ、大半が知らなかった。俺も、シエンとは何度か話したことはあるが、気付かなかった。シエンのことを思い出そうとしても、笑顔しか出てこない」


「それはまた、すごいね。一種の意地のようなものかもしれないし、僕みたいな存在だったかもしれないな」


「ヒガンみたいな?」


 笑顔しか浮かべない男が、うなずく。


「彼もまた、レンリのことは忘れてなかったんじゃないのかな。パーパの首都圏にいた人達の大半が、目撃した話だけどね。彼が亡くなった時、天から五色の光の柱が伸びたって。迎えにきたんじゃないかな、彼女」


 ミロクは、急ブレーキを踏んだ。体が前に傾いたが、ヒガンは文句を言わなかった。


「なんで?」


 ミロクの問いに、ヒガンは肩をすくめる。


「さあ? 向こうに帰ったら聞いてみれば良いんじゃないかな? 僕もミロクも、輪廻から外れた存在だろうし」


「聞け、るのか?」


「どうだろう。僕はまだ向こうに行ったことがないから、なんとも。ただ、東国にまだ残る思想によると、極楽というのは修行場らしいよ。安心して、より仏に近付けるように修行できる場所。今頃、パーパの王様は嘆いてるんじゃない?」


「修行って、針の上で瞑想したりするやつか?」


「それは、随分な荒行だね」


 あはは、とヒガンがおかしそうに声を出して笑う。


「きっと蓮の花が咲く、綺麗なところだよ。彼女は一度だって、蓮の花を模した街を馬鹿にしたことがなかった」


 ミロクが嫌う蓮の街を、レンリは存外気に入っていたのかもしれない。彼女の窮地を救うのもまた、蓮の花だった。


「ほら、ミロク。さっさと運転を再開してくれよ。スクラップ市が終わってしまう」


「分かったよ」


 シエンの話をしだしたかと思えば、人が感傷に浸っているものをぶち壊す。やっぱり、こいつは苦手だ。そう思いながら、ミロクは運転を再開するべく前を見た。


 ミロクもヒガンも「あ」と短く声を上げた後、互いに笑った。


 前方の空に、立派な彩雲が浮かんでいた。


                                 ≪完≫

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