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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
終章 蓮の箱庭
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ミロクの世

「我々は島へ移り住み、本格的に『種の保管計画』に携わることとなった。瀕死の人間を連れてきては『再利用』を施し、毒の効かない人間を造っている。最近は、動物にも手を出し始めているな」


「『再利用』される人間に、特徴はあるのかな?」


 シエンの問いに、レンリは「いや」と否定する。


「誰を連れてくるのかは、諜報部員に任せている。多くは何らかの能力に秀でた者のようだが、能力と言っても武術や機織り、掃除にいたるまで様々だな。出身国も関係ない。個人が持つ能力によって、配属先が振り分けられている」


「レンリは関わらないのかい?」


「『選民』というところでは、私はあくまで見守る立場だ」


 そこで、はて、とレンリは首を傾げる。


「なんだ? 『再利用』されたいのか?」


「まさか。ごめん被るよ。僕は、自分の生でさえも執着が無いんだ」


 笑うシエンの元に、通信が入る。ルテンの居場所が掴めたようだ。シエンの指示を受けて、車が走り始める。


 再び、シエンが口を開いた。


「ところで、現在の世界の状況は、本当に研究所の爆発が原因だったのかな?」


「実際に、爆発しただろう」


 レンリの声がわずかに低くなるが、シエンは意に介さずに肩をすくめた。


「爆発は、ね。当時の調査から、薬品が化学反応を起こして有害な物質を撒き散らした、ということも分かってはいる。けど、世界規模に毒が蔓延するほどのものだったのだろうか、と思ってね」


「では、他に要因があると?」


「そう。例えば、さっきのヒカと同じことが起こった、とか」


「私が要因だと?」


 レンリの瞳に、五色の光が現れる。ミロクとセハルは背を椅子に貼り付けたが、シエンは笑ってミロクに目線を移した。


「いや。ミロクだろうね」


「俺?」


 困惑するミロクに、シエンはうなずいた。


「正確には、ミロクが要因であり、僕達人間が要因でもある。僕達がミロクを戦場に立たせ、ミロクを攻撃したことにより、ミロクの防衛機能が働き、結果として毒が蔓延した。いや、さっきの花びらが毒でないのと同じで、ミロクやレンリにとっては端から毒ではないのかもしれない」


 ミロクは眉を寄せながら、乱暴に頭を掻く。


「確かに、俺やレンリは『再利用』されてなくても問題無いけど」


「つまり、今のこの世界の状況は、僕達人間が蒔いた種の結果に過ぎない、ということだ」


 笑顔で肩をすくめるシエンを、レンリは横目で見た。


「後悔しているのか?」


「国を離れたことをかい? 外遊も仕事の内だから、仕方ないかな。軍部の人間は愚かだ、とは思うけどね。ただ、今から悔やんだところで、どうしようもない。そんな暇があるなら、あがいてみるべきだよ。それこそ、『再利用』とかね」


「そうか」


 シエンが「そうだよ」と同意したところで、車が止まった。しばらく待っていると、外からドアが開かれる。


「ルテンは、最上階にいるようです。なお、十五階建て、となっております」


「分かった。では、行こうか」


 うなずいたセハルから順に降車する。運転手が「お気をつけて」と頭を下げる中、ミロク達は、ルテンがいるという建物の中へと入っていった。


 建物の一階部分は、倉庫のようだった。四角柱型の太い柱が十数本あるが、仕切りはなく、ただただ広い空間だ。そこに、様々なものがゴミのように放置されている。乱雑に積まれた段ボールや木箱。割れたビーカーや試験管の山。錆びた機械類。塗料が付いた布なども散乱していた。


「この建物の主は、整理ができんとみえる。ルタでも、機密の管理くらいはするぞ」


 書類を摘まみ上げたレンリは、ため息を吐いた。図や計算が書かれた紙は、何かの設計図らしい。


 その横で、ミロクはずっと耳を澄ませていた。


「聞こえる」


 ミロクの声に、セハルが振り返る。


「聞こえる?」


「ああ。なんて言ってるかは分からないが、レイの声が聞こえる」


 セハルは数秒の間、黙って目を伏せていたが、「俺には聞こえない」とゆるく首を横に振った。同じように目を伏せていたレンリが、「ふむ」と声を漏らした。


「確かに何かの声らしきものは聞こえるが、誰のものかは判然としないな。ミロクの方が、同調率が高いようだ」


「興味深い話ではあるけど、今は上の階に行く手段を見つけるのが先じゃないのかい?」


 シエンの言葉に、セハルが部屋の角地を指差した。


「あそこから上れるんじゃないか?」


 倉庫内は薄暗く、部屋の隅の方は見えづらい。それでも目を凝らすと、確かに階段があることが分かった。


「レイッ」


 階段を視認した途端に、ミロクはセハルを押しのけて走りだした。背後から、「おいっ」というセハルの焦ったような声が聞こえたが、無視する。


 しかし、階段を三段ほど上ったところで足が止まった。踊り場で仁王立ちしたレンリが、ミロクを見下ろしている。その背後には、セハルとシエンもいた。


「おまえは、馬鹿か。悠長に、十五階まで走って上る気なのか? 来い」


 ミロクに向かって、レンリの手が差し出される。飛ぶ気だ。そう悟ったと同時に、ミロクは彼女の手を取っていた。


 景色が波打つ。目を閉じかけた時には、既に階段から平面の場所へと移動していた。ミロク達の傍には、下り階段しかない。最上階だ。


 レイの声が、更に大きく聞こえる。今度は「ミロク」と、はっきりと呼ばれた。


 ミロクは、礼もそこそこに走りだした。


「レイッ」


 ミロクは廊下の最奥にある部屋に、単身で飛び込んだ。真正面にガラスの壁があり、その向こうには何本ものコードに繋がれたレイが座らされている。


「なんだ、おまえは?」


 作業をしていた研究員の内の一人が問うが、ミロクは無視してガラスの壁に近付こうとする。


「邪魔だ。ここから出ていけ」


 先ほどとは別の研究員が、ミロクの腕を強く引っ張った。その瞬間に、ミロクの瞳が暗い紫色に染まった。


 すると、ミロクの足元から冷気が発生した。冷気は床を這い、壁を伝い上る。軋む音と共に、壁が凍りついていく。慌てふためく研究員達の歯が、次第にガチガチと音を立てるようになった。


「うわ、寒っ。なんで凍ってるんだ?」


 遅れて入ってきたセハルが、身震いする。しかし、凍てついたガラスと向こう側にいるレイの姿を目に捉えると、ミロクを振り返った。


「なあ、ミロクッ……ミロク?」


 暗く、何も映していないようにも見えるミロクの瞳に、セハルは息を呑んだ。怯みかけるが、研究者の一人に腕を掴まれ、我に返る。研究者を振り払うと、まっすぐにミロクの目を見た。


「なあ、ミロク。ガラスに、ひびを入れることはできるか? レイを助けたいんだ」


「それが、おまえのねがいか?」


 常と違い、抑揚の無い声音だった。セハルは暗い瞳に飲まれそうになりながらも、うなずく。


「今のところは」


 セハルが答えた瞬間に、かつて彼も見たことがある氷柱が現れ、ガラスの板に突き刺さった。とどめとばかりにセハルが氷柱を蹴って押し込むと、ひびが広がり、バラバラという音と共に細かなガラスがセハルに向かって降り注いだ。


 しかし、ガラスの欠片がセハルに当たることは無かった。不思議に思ったセハルが上を見ると、半球状の薄い氷が頭の上に浮いていて、彼を守っている。ミロクを見ると、「いけ」と口が動いた。慌ててレイに駆け寄ったセハルは、彼女に付けられたコードを一つずつ丁寧にはずしていった。


「どこもケガしてないか?」


「うん。大丈夫」


 レイは笑顔で応じた後、気を失った。セハルは慌てて口元に手のひらを近付けて、息を確認する。呼吸が安定していることが分かると、ほっと息を吐いた。


「大丈夫。レイは無事だ」


 ミロクを振り返り見たセハルは、目を見開いた。


「ミロクッ」


 研究員の中でも年嵩で、白衣の中に高価なスーツを着こんだ男が、ミロクの背中にナイフを突き立てていた。倒れるミロクを想像したセハルは、レイを床に寝かせて駆け寄った。


 ところが、ミロクは平然と男を振り返った。彼の背中からはナイフが自然に抜け落ち、血は一滴も流れていない。セハルは唖然としながら、穴が開いた服が再生されていく様を見届けた。


 男は白髪を振り乱し、「来るな、化け物っ」と叫びながら、手当たり次第にミロクに物を投げつける。ミロクは、避けることをしない。手の甲や額に傷が付くが、数秒後には塞がっている。


 周囲にいる研究員達は、寒さと恐怖とで大きく震えていた。「る、ルテン様」と呼ぶ声も弱々しく、ルテンとミロクの双方を止めるまでには至らなかった。「おい、やめろっ」というセハルの声にも、両者は反応を示さない。


 ミロクは、一歩、また一歩と、ルテンに近付いていく。部屋に入るなり状況を把握したレンリが、ミロクとルテンの間に割って入った。


 拳ほどの大きさの氷の塊が、レンリの足元に落ちて割れた。


「じゃまをするな」


 どこからともなく現れた氷の槍が、レンリに襲い掛かる。しかし、華奢な体に届く前に槍は赤く光り、蓮の花びらへと変わった。


「戦場に現れし坊主よ」


 レンリの瞳が、五色に移ろいながら輝く。その瞳を見た瞬間に、ミロクはピタリと動きを止めた。


「『また』、世界を変えるのか?」


 レンリは、ただ静かに問うた。


「次は、全ての生命がもたぬかもしれんぞ? レイもセハルもその他の者もいない、植物も枯れはてた、おまえただ一人の世界となる。本当の『ミロクの世』の到来だな」


 寒さがやわらぎ、天井や壁に貼りついていた氷が徐々に溶けていく。


「ここは、私の箱庭の一つだ。大切なものではあるが、おまえがそれを望むのなら協力してやるぞ?」


 レンリが目を細める。神仏を想像して作られた像のような、全てのものを包み込むような笑顔だった。


 ミロクは、糸が切れたかのように座り込んだ。その瞳からは暗さが抜け、薄い紫色に変わっている。彼は項垂れると、弱々しく首を横に振った。


「いらない。レイもセハルも他の奴等も、いない世界なんて、いらない」


「そうか」


 レンリはただ、満足げに一度うなずいたのだった。

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