ナカツクニ
船は、島に寄せられるところまで寄せて動きを止めた。島には大きな船が着岸できるだけの設備がないため、ここからは避難用の小舟を下ろして手漕ぎで移動となるようだ。研究者達が甲板に集められ、三、四人の班に分けられる。
レンリはヒヨクと共に、ヒガンやシャオウ、アハンカーラと同船することになった。
「なな、なんでこんなところに、戦神がいるの? 僕、行くの嫌なんだけど」
ヒヨクは怯えながらも、はっきりと嫌だと主張した。てっきり大声で泣き出すものだと思っていたレンリは、意外な面を見て目を丸くする。しかし、どれだけ主張しても、シャオウの腕力には敵わない。結局は、レンリと共に岸へと送られた。
ナカツクニと名付けられた島は、緑豊かな何の変哲もないところだった。岸の近くに人の気配は無く、海鳥の鳴き声と波の音だけが聞こえている。
「無人島か?」
「元はね」
ヒガンは上着のポケットから携帯電話を取り出すと、誰かと話し始めた。こんな島でも電波が繋がるのか、とレンリは感心する。その隣りにうずくまったヒヨクは、頭を抱えて「もう終わりだ」と呟いている。
「悲観することもないと思うがな」
苦笑いを浮かべるシャオウは、避難用の小舟にもう一度乗り込んでいた。
「戻るのか?」
「軍にな。航路からはずれたことは、奴等だって分かってるだろうから、ごまかしてくる」
どうごまかすつもりかは分からないが、シャオウは「じゃあな」と言いおいて小舟を漕いでいってしまった。沈んだ、とでも言うのだろうか。
レンリが難しい顔をしながらシャオウを見送っていると、車のエンジン音が聞こえてきた。ヒガンが迎えの車を呼んだらしい。しかし、車は五人乗りで一台しかない。小舟の時と同じように班分けがされ、班ごとに送られることになった。
レンリ達の班は、最終便だった。ヒヨクがあまりにヒガンを怖がるので、苦笑する彼が助手席に乗り、レンリとヒヨクとアハンカーラの三人が後部座席に座る。ヒヨクが少年並みに体が細いのもあって、体を縮めなくても座ることができた。
森は車幅分だけ切り開かれているが、舗装はされていない。タイヤで踏み固められた道を揺られながら進む。
こんな場所で研究者を集めて行う計画とは、どういったものなのか。
レンリは窓の外を眺めながら、首を傾げる。
「あっ、見て。レンリ」
突如声を上げたヒヨクに、腕を引っ張られる。中央に座るヒヨクに顔を寄せて前方を見たレンリは、「なんだ、これは?」と声を漏らした。
「驚いたかな? 誰も、こんな島に研究都市ができてるなんて思わないよね」
助手席に座ったヒガンが、得意気に笑った。
まず目を引くのは、金色に輝く建物群だ。そこから波紋状に、建設途中の街が広がっている。街は、広大な湖に浮かぶ孤島の上に造られている。岸と孤島とを二本の橋が繋ぎ、まるで糸の上に街があるように見えた。
糸、と言っても、実際には車が対面通行できるほどの幅がある。簡単には落ちないよう、太い鉄骨と大きなボルトが使用されている。岸壁も崩れないように補強がされていて、どこの国からも秘密裏にこれだけの工事を進めるのは難しいように思われた。
車を降りた研究者達は、建物群の中でも一番手前のビルの一階に集められた。使われていないのか、しんと静まり返っている。椅子も何も無いため、しかたなく直接床に座る。将来的に車を入れるつもりなのか、アスファルトで固められた地面は硬くて痛い。
「パーパのみなさん。『ナカツクニ』へ、ようこそ」
一人立ったままのヒガンが、軽く頭を下げる。その顔を真正面から見た途端に、研究者達からどよめきが起こった。戦神の顔を知らない人間は、意外と多い。しかし、集まっているのは、たびたびシエンや軍の人間が訪れる部署の人間だ。普段は時間を惜しんで報道を見ない研究者であっても、毎度話を聞かされれば嫌でも覚える。
どよめきの中でも、ヒガンは平然と笑っていた。
「僕は、ドゥルガーのヒガン。戦神のモデルの一人です。みなさんにお越しいただいたのには、もちろん理由があります。僕の計画に参加してください。拒否権は、ありません」
どよめく声が、更に大きくなる。収拾がつかなくなる前に、レンリが手を挙げた。
「まずは、計画の内容を教えてくれ。でなければ、判断のしようがない」
「今、拒否権が無いと言ったばかりだけど」
ヒガンが、さもおかしいといったように笑う。
「まあ、いいさ。単刀直入に言うと、種の保管計画、だね」
「種の保管計画?」
小首を傾げるヒヨクに、ヒガンがうなずく。
「悲しいことに、祖父はこの世界が滅びの道を進んでいると早くから試算していました。実際に、僕の仲間達が大気や土壌、水に至るまで日々汚染度を計測してくれていますが、数字は芳しくありません。にも関わらず、どこの国も戦いに明け暮れている。このままでは仲間達も徴兵され、調査さえ滞ってしまう。そう危惧した僕達は、まず徴兵されない仕組みを作ることにしました」
「それが戦神、ということか?」
レンリの問いに、またヒガンがうなずいた。
「本当は戦争を止めさせるのが良いのでしょうが、僕たちが何を言っても上層部は聞きもしません。実際に、ドゥルガーでは徴兵される人間の数を減らすことに成功しました。一国だけとはいえ、無駄死にする人数を減らすことができたんです」
「しかし」と続けるヒガンの笑顔が、少しばかり曇る。
「他国にとっては脅威でしょうが、実は安定していない技術です。ただクローンを作るだけならまだしも、急激な細胞分裂をさせて短時間で大人の姿にさせようというのですから当然でしょう。人の身を持たない肉塊ができることもあれば、感情を持ちすぎるものができることもある。僕の記憶を持つものなら割り切ってくれますが、そこら辺の人間のコピーではそうもいきません。人間の記憶や感情があるのに、人形として死ねと言っているのですから当然でしょうね」
初期の戦神は同士討ちが散見されたということは、シエンから聞いて知っている。最近、落ち着いてきたのは技術の向上ではなく、人を選んでいたからなのだ。シエンにも後で教えてやろうか、とレンリは考える。レンリ一人であれば、逃げることなど容易だ。
「ただ、戦神はあくまでも一時しのぎです。時が来れば、技術は潰します」
「潰しちゃうの?」
問い返すヒヨクに、「ええ」とヒガンは躊躇なく肯定した。
「計画の本筋は、種の保管です。徴兵を無くすだけでは、いずれ生物は滅びます。一時しのぎをしている間に、たとえ瀕死の状態でも生還し、どのような環境下でも生き続ける技術を作るのです。そのために、有志を集めて、この島に街を作りました」
「それが、僕達を連れてきた理由?」
「その通りです。一からヒトを造り上げたヒヨク博士であれば、この計画も遂行することができるでしょう。軍部に半ば島流しのように扱われるよりも、よほど有意義な時間を過ごすことができると思いますが?」
「僕、やりたいっ」
二つ返事で了承したヒヨクの目は、輝きに満ちていた。胸の前で両の拳を握り、頬は興奮のためか紅潮している。
「レイは心配だけど、戻っても何もできないんだから。今は、やれることをやる。良いでしょ、レンリ?」
「良いも悪いも。ここにいるのは、ほとんどがおまえの部下だ。おまえの好きにしたら良い。私も、それに従う」
レンリは答えながらも、内心で驚いていた。ここまではっきりと自分のやりたいことを主張するヒヨクは、あまり見ない。何がヒヨクを前向きにさせたのかは分からないが、とりあえず反対意見を言う者は出なかった。
「話は、まとまったようだね。それでは、みなさん。今後とも、よろしくお願いします」
研究者達に深々と頭を下げたヒガンは、やはり笑顔だった。
「研究には、この棟を使ってください。四階建てで、ここ一階は搬入口および駐車場となります。二階は個室のみ。三階、四階は個室と大広間とあります。太陽光パネルを設置していますが発電量が限られるため、昇降機はありません」
顔を上げたヒガンが、A3用紙に描かれた図を使いながら説明を始める。昇降機の部分で、ヒヨクが顔をゆがめた。意外にも研究は体力勝負のところがあるし、パーパでも多くの者が走り回っている。昇降機が混んでいて階段を駆け上がるのも日常茶飯事だが、ヒヨクが階段を使っているところを、レンリは見たことがなかった。
レンリとしては、別のところに疑問を感じる。
「昇降機はともかく、研究に必要な機器は総じて電力を食うだろう。そこは、まかなえるのか?」
「今のところは。地熱と風力を試みてはいますが、火山帯ではないので地熱は難しいでしょうね」
「あの」と、丸メガネをかけた青年が手を挙げる。ヒヨクの部下の一人で、一班の副班長を任されている人物だ。
「小水力発電は、どうでしょうか? 街はまだ開発段階と見受けられますので、用水路などに設置が可能だと思います」
「君、こういうことに詳しい人?」
ヒガンが小首を傾げる。青年は「多少は」と答えると、ずり落ちてきたメガネを押し上げた。
「得意分野ごとに班分けをし直した方が良いかもしれないぞ?」
レンリの助言に、ヒガンは「そうみたいだね」と笑った。
実際に班を分けてみると、研究所に残る人間は随分と減ってしまった。生活拠点も同時進行で作っていかなければならない中で、圧倒的に人が足らないのだから仕方がない。ヒガンは指示に人集めにと忙しなく動き回っているようで、顔を合わせる機会はさほど無かった。シャオウに至っては、岸で別れてから一向に姿を見せない。
ヒヨクはと言えば、研究室に籠りっぱなしで、こちらも姿を見せなかった。代わりに、アハンカーラとはちょくちょく顔を合わせる。研究者の内で島に一番詳しいのが彼ということもあって、食料調達や資料収集で使い走りをさせられているようだ。室内の様子を窺えば、皆が皆、寝る間も惜しんで研究に励んでいる結果やつれてきていると言うので、レンリは栄養剤の調合を試みることにした。
それぞれが生活に慣れてきた頃、急にシャオウが研究所に現れた。外遊から帰ってきたシエンの働きかけにより、異動が取り消されたのだ。話を聞いたレンリは、「ああ」と声を漏らした。
「そういえば、出る前に連絡したな。すっかり忘れていた」
「急だったし、島に来てからは忙しくしてたからね」
ファイルを抱えたままのヒヨクは、大きなあくびをした。よく見ると、目の下に隈ができている。不思議なことに、彼は年齢は気にするものの美容には意識がいかないようだ。
「僕はレイが心配だし一度戻りたいけど、ここに残って研究を続けたいって人もいるみたい。レンリは、どう?」
「私も戻りたい。ミロクが、やらかしていないか心配だからな」
「まあ、シエンはレンリさえ戻れば問題ないだろう。レンリとヒヨク、班長クラスだけ戻ってもらうか。ただな」
シャオウは眉間に皺を寄せて、大きく息を吐いた。彼が言い淀むのは珍しい。仕方がないので、レンリが促してやる。
「どうした? 大抵のことなら、私は驚かないぞ」
「だろうな」と、シャオウは苦笑する。
「ミロクがまだ王子預かりの時に、一度見たことがあったんだが。えらい変わりようだぞ? 今は、最前線に立っている」




