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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第5章 世界入滅の日
24/30

出会い、そして芽生え

 全身紫色の僧衣の男が名前を得てから数日後、レンリは久々に彼と会った。


 というのも、これまで彼はシエン預かりとなり、シエンが所有する別荘にいたためだ。それが、この日の朝になって急に『レンリ預かりとする』との沙汰が下り、シエンの秘書を務める男がレンリの研究室に連れてきたのだ。秘書は沙汰を告げると、さっさと部屋を出ていってしまった。沙汰が下された理由は分からず終いだが、どうせミロクに飽きただけのことのだろう、とレンリは推測する。


 ミロクは相も変わらず、紫色の僧衣に紫色の髪と目の色をしている。髪にべたつき等は見られないことから、湯浴みくらいはさせてもらっていたようだ。


 全身が紫色ではあるが、よく見れば、ところどころ違う色が混ざっているのも分かる。虹彩は金色。袈裟も金糸が混じり、動くと光りの波が立つ。毛先はよく晴れた空の色で、暖色系の電灯の下では明け方を連想させる。


 見た目の美しさと珍しさとで、一歩レンリが私室としている部屋を出れば、途端に研究者達の餌食となるだろう。


「久しいな、ミロク。調子はどうだ?」


「ちょうし、とは?」


 ミロクは不思議そうに首を傾げる。見た目は良い歳をした青年だが、知識と表情は無垢な幼児と変わりがない。経験は、それ以下だ。シエンが、ミロクにこれといって物事を教えなかったことが分かる。


「喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。だるいでも辛いでも良いが、あらゆる感情が発生していないかと聞いているんだ」


 詳しくレンリが言い直しても、「この辺りに」と頭や胸を指差しても、ミロクの表情は変わらなかった。


「わからない。このなかには、なにもない」


 頭や胸の辺りを両手でペタペタと触っていたミロクだったが、不意に耳の辺りで両手を止める。


「よばれている。ここにきてから」


 ミロクは急に体の向きを変えると、部屋を飛び出した。レンリも慌てて部屋を出るが、身長差がある分、彼の方が足が速い。見失わないことで精一杯だ。飛べばすぐに捕まえることは可能だが、研究者達のことを考えるとそれもできない。


 ミロクは、最上階の最奥にある部屋の中へと飛び込んでいった。レンリも滅多に立ち寄らない部屋だ。彼女が部屋にたどり着いた時には、既に居合わせた人間から驚きの声が上がっていた。


 部屋に入ると、ミロクは白い扉の前で立ち尽くしていた。その扉の向こう側にあるものをレンリは知っている。『よばれている』と言っていたことを思い出して、思わず眉が寄った。


「どうしたの? 彼、王子が拾った子だよね?」


 部屋の責任者であるヒヨクが、声を掛けてくる。常におどおどとして頼りない彼だが、気の合う研究者仲間やレンリには怯むことがない。両腕に書類を抱え、小首を傾げる姿は、まだあどけなささえ残る十代に見える。しかし、実年齢は六十前後だと、レンリはシエンから聞いたことがあった。研究者の間でも、整形を繰り返しすぎて元の姿が分からなくなったのだ、とまことしやかに噂されているようだ。


「今朝から急遽(きゅうきょ)、私預かりに変わったんだ。騒がしくして、すまないな。こいつが急に走り出して」


「レンリ。このなかから、こえがする」


 人が話している最中にも関わらず、腕を掴んで引っ張っていこうとする。この辺りも、幼子と変わらない。レンリは顔をしかめると、「はあ?」と声を上げた。滅多にとる態度ではないためか、傍にいたヒヨクが「ひっ」と短い悲鳴を上げる。


「レンリ。このなかから、こえがする」


 ミロクはめげることなく、同じことを繰り返し言う。レンリは、ため息を吐いた。


「すまないが、開けてやってくれないか」


「まあ、レンリの頼みだから良いけど。開けてあげてくれる?」


 責任者であるヒヨクの指示に従って、扉の近くにいた研究者が開いた。


 真っ白い扉の向こうには、これまた真っ白な壁が四方を囲う小部屋があった。物といえば、白い寝台が一台あるのみ。そこに腰を掛けていた少女が振り返る。


「あなた、だれ?」


 小部屋の中で唯一色彩を持つ少女が、首を傾げた。眩い金糸の髪が、肩から流れ落ちる。


「ミロク。よんでいたから、きた」


「だれもよんでないけど。でも、きてくれてうれしい」


 少女が、わずかにほほ笑んだ。


 すると、ミロクの口角もわずかにではあるが、上がった。少女よりも遥かに不器用に、しかし『笑った』のだ。


「感情が芽生える、か」


 二人の様子を、レンリは複雑な心境のまま見守っていた。


 彼女自身、少女には興味がある。少女のために、この世界に遣わされたのだから当然だ。


 しかし、ミロクと会わせ続けて良いかどうかが分からない。ミロクと世界を結びつけたのはレンリだが、彼を受け入れるも淘汰(とうた)するも、決めるのは世界だ。ミロクが感情を持った時、世界はどちらに転ぶのだろう。


「やあ、レンリ。ここにいたんだね」


 呼ばれて振り返ると、シエンが立っていた。あたかも探していたかのような物言いだが、この男が現れるタイミングは常に良すぎるくらいに良い。


「見計らってきたんじゃないのか?」


「そんなことはないよ。レンリの顔を見たくなっただけさ」


「調子のいいことだ。まあ、良い。ちょうど、ミロクとレイを会わせて良いものかどうか、考えていたところだ」


 この世界のことだ。この世界に生きる人間に判断を委ねることは、世界が判断することに等しい。そう考え、レンリは切り出した。


 シエンはミロクとレイを交互に見ると、目を細める。


「へえ。感情が芽生えたんだ。良いじゃないか」


 シエンの目が、今度はヒヨクを捉える。ヒヨクは「ひっ」と悲鳴を上げながら、首を縮こまらせた。


「ここの責任者は、ヒヨク博士だったね? レイも刺激を受けているようだし、しばらく彼と会わせてはくれないかな?」


 疑問形ではあるものの、彼の言は命令に等しい。ヒヨクは首が取れてしまうのではないかと疑うほど、激しく縦に振った。腕にも力が入っているのか、抱えている書類に皺が寄っている。


 こうして、ミロクとレイは毎日顔を合わせるようになった。レイは実験の時以外に小部屋を出ることを禁止されているため、専ら小部屋で、研究者の誰かが立ち合う中での顔合わせだった。


 それでも、ミロクの口数や表情の種類は、目に見えて増えていく。


「なあ、レンリ。レイは、いったい何者なんだ?」


 見た目だけはいい歳をした青年が、椅子を逆向きに腰かけ、足をぶらつかせている。レンリ預かりとなって十五日以上経つが、いまだに動作は子供のそれだ。


「レイはヒヨクが造った、この世界で唯一の『人』であり、『人』でないものだ。二重螺旋の構造としては人そのものだが、親というものは存在しない。だからこそ、同じく人でないおまえが惹かれるのかもしれない」


「人ではない、か」


 ミロクは背もたれの上で手を組むと、その上に(あご)を乗せた。そのまま首を傾げるが、悲しいかな、ちっともかわいく見えない。


「俺に付けてくれたミロクって、菩薩の名前なんだろ? 俺にも、人の願いを叶えることができるのか?」


「確かに、菩薩ではあるが。いったい誰から、そんな古い話を」


 レンリは呆れて、ため息を吐いた。誰がミロクに教えたのかは知らないが、既に廃れてしまった宗教の考え方の一部だ。第四次世界大戦の最中である今、疲弊している市民も、戦いに酔う上層部も、我関せずといったように研究を続ける研究者達も、神や仏といった存在達を忘れてしまっていることだろう。


 そのような中で、如来になることを約束されたわけでもない赤子のような男が現れるとは、なんという皮肉だろうか。


「いいか、ミロク。どんな存在であれ、ありとあらゆる欲望や願いというものは受け止めることしかできないんだ。すべてを叶えることは不可能だと覚えておけ」


「そんなもんか?」


「そんなものだ」


 レンリが諭しても、ミロクは不服そうだ。顔全体に、そう書いてある。


 レンリは、ため息を吐いた。


「レイの願いか?」


 不服と顔に書いたまま、ミロクはうなずく。


「実験を止めてほしいって。レイには、何人か複製がいるんだろ? レイ自身も不自由な思いはしてるけど、複製はもっと酷い目にあってるって」


「そうか」


 ヒヨクはヒヨクなりに、レイを大切には思っているようだ。だからこそ、外には複製を用意し、レイ本人は自身の研究室から極力出さないようにしている。しかし、レイとしては自身も複製も同じ『レイ』なのだから、納得できようはずもない。


「だが、それは私にも止めるのは難しい」


 レンリが潜り込んだのは、薬学の分野だ。正体不明のミロクは、本来ならヒヨクの元へやられても不思議ではない。単に、王子の命令だから預かっているにすぎない。レンリ達は遺伝子学や生命科学と同じ建物に部屋を構え、必要があれば関わることもあるが、互いに干渉することはできない。


「分かってる」


 管轄外ということが、だろう。分かっているという割に、やはりミロクの顔には不服と書いてある。これでは、どれだけ話したところで平行線に終わるだけだ。


 レンリは一つ息を吐くと、話題を変えることにした。


「ところで、ミロク。その口の利き方は、どうにかならんのか?」


 ミロクの顔から、不服の文字が剥がれた。紫色の瞳が、きょとんとレンリを見る。


「どうにかって。俺はただ、レンリのまねをしてるだけだ」


 そう言われてしまうと、レンリは黙るしかなかった。

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