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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第4章 戦場と僧衣の男
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シエンとレンリ

 ミロク達が乗る船は、約束の時間より十五分ほど早く着岸した。船を固定して岸に移動すると、既に迎えの一団が待っていた。


 背後に軍服をまとった集団を並べた男が、ほほ笑む。


「わざわざご足労いただいて、すまないね。約束通り、足は用意してある。ヒカは、実家の別荘にいるようだ」


「ついでに、帰りの船も貸してもらえるとありがたい。あいにく、島には大人数で乗れるような船が無くてな」


「もちろん。既に、軍の船を手配しているよ。そちらの船も、滞在中はわが軍が責任をもって預からせてもらおう」


 レンリの要求に笑顔で応じた男は、ミロク達を大型の乗用車へ乗るよう促した。黒塗りで、やたらと後部座席が長い車だ。フェイファは目を輝かせているが、ルタはうんざりだという顔をしている。以前、彼がかしこまった物は苦手だと言っていたことをミロクは思い出した。ミロク自身も苦手だと自覚しているせいか、口元が引きつるのが分かった。


 後部座席は最奥と側面に長椅子が設置されていて、全員が中央に顔を向けるようになっている。後部座席と運転席の間には黒い仕切りがあり、互いに見えないようになっている。車内での打合せを想定してのことかもしれない。


 最奥には男が陣取り、右奥からレンリとルタ、左奥からミロクとセハルとフェイファが座った。


 男は、セハルの顔をまじまじと見ると、口を開いた。


「彼は、ドゥルガーの戦神ではないのかい? たしか、雷神といったかな。風神だって、再利用しているのだろう?」


 やはり、パーパには島の情報が筒抜けだということが分かる。しかし、レンリは動揺する素振りさえ見せず、首を横に振った。


「風神の方はオリジナルだ。こいつは確かに雷神だが、オリジナルの記憶が強いようだ」


「雷神のオリジナルは、先の戦で亡くなったのだったかな?」


 セハルの瞳が、わずかに揺れる。レンリはちらりと彼に目線をやったが、すぐに男に移した。


「そうらしいな。こいつを見ていれば分かるが、戦には向かん性格だ。おまえと違って、随分と素直な奴だぞ? シエン」


「僕だって向いてないさ。元々向いている人間の方が珍しいんだ。ただ、環境が人を変えてしまうだけだ」


「そうだろうな」


 肩をすくめる男に、レンリは小さくため息を吐いた。


 そこから、車内に沈黙が落ちた。エンジンの音と揺れの中を、車は進んでいく。居心地の悪さから、ミロクは目だけで周囲を見回した。


 真向かいにいるレンリは腕を組み、両目を閉じている。ルタは男と目を合わせないためか、ずっと向かい側の窓の外を見ているようだ。セハルとフェイファの姿はよく見えないが、どことなく落ち着かない気持ちでいることは気配で察せられる。


 シエンは、と男の方に視線を移したところで目が合った。ミロクの両肩が小さく跳ねる。対して、シエンの色素の薄い目は細められた。


「君も久しいね、ミロク。まだ色は戻らないんだね」


 シエンの言葉に、ミロクは髪を数本摘まみ上げた。肩に着くほど伸びた髪は、相変わらず枯れた藁のように色素が薄く、乾いている。


「これはもう、戻らない。たぶん」


「そうか。それは残念。でも、昔より良い表情になったよ。何が影響したかは知らないけどね」


「良い、表情?」


 ミロクが問い返しても、シエンは答えなかった。既に興味を無くしたかのようにミロクから視線を外して、鼻歌を歌いだした。テンポが速く、妙に音階が行ったり来たりする歌だ。かと思えば、急に速度が落ち、おどろおどろしい歌になる。


「おい。なんだ、その歌は?」


 耐えられなくなったのか、レンリが尋ねた。


「んー? 僕の即興だよ」


 シエンは横目でちらりとレンリを見ると、また歌いだした。今度は、ミロクも知っている曲だ。昔、テレビで流れていたキノコの広告だ。次いで、他の食材や電化製品の広告に使われていた曲が流れる。よくぞ国王が、庶民的な曲を知っていたものだとミロクは驚かされる。


 シエンの独特な選曲に、レンリは呆れた目をして彼を眺めていた。


 目的の別荘は、港から車で二時間ほど走った場所にあった。広葉樹が群生する山の中腹辺りに、石造りの西洋の城のような建物が建っている。尖った三角帽子状の屋根は島にもドゥルガーにも無いため、フェイファは大はしゃぎだ。「写真を撮って欲しいっす」との要望に、ミロクはしぶしぶ別荘にカメラを向けた。


 その間に、シエンは使用人にヒカを呼びにいくよう命じた。着飾った彼女は満面の笑顔で、彼を出迎える。まさか、その他大勢がいるとは思わなかったのだろう。彼女は長い睫毛に縁どられた大きな目を更に開き、ミロク達を見回した。


「やあ、ヒカ。急に大勢で押し掛けて、すまないね。早速だが紹介しよう。ミロクにルタにフェイファ。戦神の顔をしているがセハルという名の少年と、レンリだ」


「レ、ンリ……あなたが」


 ヒカはミロク達には目もくれず、レンリを睨みつける。そんな彼女の腕を、シエンが軽く引いた。


「君がレンリを見つけたいがために、わざわざ招き寄せたお嬢さん方を迎えにきたよ。中へ入れてくれるよね?」


 疑問形ではあるが、否とは言わせない響きがあった。察したヒカは消え入るような声で「もちろんでございます」と言いながら、壁際へと身を寄せる。


「さあ、レンリ。行こうか」


 シエンはレンリに声を掛けると、ヒカには見向きもせずに歩いていってしまう。俯いたヒカは、レンリが前を通り過ぎるまで、握った手を小刻みに震わせていた。


「ちょっと気の毒っすね、あの姉ちゃん」


 最後尾に着いたヒカを、フェイファがちらりと振り返る。


「同情はする。だからと言って、人をさらうのはダメだ」


 きっぱりとセハルは言うが、彼の眉尻も下がり気味だ。セハルの前を歩くルタが、重い息を吐いた。


「暴走しないと良いけどな」


 ミロクはヒカの様子を窺った後、彼等から距離を置いて前方にいる二人に目を向けた。彼等は後ろにいる連中のことなど、まるで意に介していないようだ。


 昔から、周囲の空気をまるで気にしない二人ではあった。レンリは元々、全ての人間に対して、どこか距離を取っている風だ。対してシエンは、レンリにばかり執着しているようだった。離れて暮らす今も、変わりはないらしい。


 島の女達が集められた大広間は、扉を硬く閉ざされていても、そこだと知ることができた。外からつっかえ棒を設置してあるし、中から通常の部屋ではあり得ない音がする。戸を強く叩く音や、助けを求める声だ。


「とりあえず、元気ではいるようだね」


 シエンは笑うと、つっかえ棒を外した。「今、開けるよ」と中に注意を促してから、扉を開く。真っ先に顔が見えたのは『シショク』の三人娘で、「やっぱりな」とミロクは天井を仰いだ。どこに行っても、彼女達はかしましい。


「ミロクくんっ」


 真っ先に部屋を飛び出したのは、ホウガだった。長い髪を揺らし、真っ直ぐにミロクの胸に飛び込んでくる。受け止めたミロクの襟元を両手で掴んだ彼女は、勢いよく顔を上げた。


「レイちゃんが連れ去られたっ」

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