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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第4章 戦場と僧衣の男
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誘拐犯

 ヒヨクの研究室を訪ねると、彼はおどおどとしながらも出迎えた。


「指揮していたのは、パーパの現国王の婚約者だったよ。名前は、ヒカ」


「パーパ国王の指金ってことか?」


 ルタが問うと、ヒヨクは首を傾げる。口元に置かれた手は、長い袖のおかげで指先しか見えない。


「そんな回りくどいやり方をするような人とは思えないけど」


 レンリも同じ感想なのか、同じように首を傾げている。


「まあ、本人に聞いてみた方が速いだろう。連絡は取れそうか?」


「準備はしておいたけど。とりあえず、やってみるね」


 ヒヨクが、両手の指でキーボードを打つ。研究所内で一番速いと言われるタイピングを見て、フェイファが「おおっ」と感嘆の声を上げた。


 と同時に、プツッという小さな破裂音がした。ミロク達が周囲を見回す中、タイピングを続けるヒヨクだけは気付かずに、ぶつぶつと早口で言い続けている。


「周波数自体は、ヒガンが前に教えてくれて。たぶん、繋がるとは思うんだけど。向こうが答えてくれるかどうかは」


『その声は、ヒヨク博士かな?』


「うわぁっ」


 回線を繋げた張本人であるはずなのに、ヒヨクは飛び退いた。その拍子に椅子とぶつかり、共に床に転がる。尻もちをついたまま辺りを見回すと、「どうしよう、どうしよう」と言いながらルタの足にしがみついた。


『相変わらず、騒々しい人だ』


 ノート型のコンピューターの向こうから、笑い声がする。繋がっているのは音声だけのようで、画面は真っ黒のままだ。


『ということは、そこにレンリもいるのだろう?』


「ああ。久しいな、シエン」


『うん。まさか、そちらから連絡を取ってくるとは思わなかったけど』


「用があったからな。率直に尋ねるが、うちの女達を連れ去ったのは、おまえの指示か?」


『いいや』


 即答に、レンリの目がわずかに細くなる。


「しかし、集めた情報によると、どうやらおまえの婚約者が指揮していたようだが?」


『ヒカが?』


 何か考えているのか、数秒の間が開いた。


『心当たりは無いが、そちらに迷惑を掛けていることは間違いないようだね。私が足止めをしよう。こちらに入ってからの足も用意しておく。悪いけど、迎えに来てもらえないかな?』


「何か、策略があるんじゃないか?」


 訝しむセハルの声は小さかったが、相手に聞こえたようだ。『ははっ』と短い笑い声がする。


『どう思おうが構わないよ。それで、来てもらえるのかな?』


「ああ、行こう」


『分かった。それでは、準備もあるから明後日の十時頃でも構わないかな? スルガ港で、お待ちしているよ』


 再び、プツッという音がする。通信が切れたらしい。レンリは、ミロク達を振り返った。


「策があろうと無かろうと、どのみちパーパには行かねばならん。ミロク。悪いが、パーパまで送り届けてくれ。他は、来なくても構わない」


「いやいや、行くっすよ。女の人達、みんないるんすよね? 絶対、手伝いが必要でしょ?」


 フェイファの言葉に、セハルとルタもうなずいた。


「護衛だって必要だろ? 向こうに、あんたを捕られるのはまずい気がする」


 セハルの言葉に、「そのようなドジは踏まないがな」とレンリは笑った。


「スルガ港に明後日の十時ってことは、明日の昼までに出発すれば間に合うな」


 ミロクは、これまでに諜報部員達を送り迎えした経験と船の大きさを元に、だいたいの計算をする。船の明かりが頼りないので、夜中の航行は計算に入れていない。そこにフェイファは気付いたのか、「じゃあ、寝袋取ってきたいっす」と訴えた。


「ついでに、煙幕とか武器になるもの色々見繕ってこないと」


「おいおい、フェイファ。国際問題になるようなことはするなよ」


 指折り数えるフェイファに、ルタが呆れたように言う。


「先に、国際問題になるようなことしでかしたのは向こうだけどな」


「そうだな」


 ミロクの言葉に、セハルが深くうなずく。


「まあ、それぞれに準備したいこともあろう。フェイファは浜の方が近いな。明日、十一時に浜に直接来い。他の者は、十時にミロクの家に集合だ。それまでに、ミロクは車を取ってくること。良いな?」


「は? 良いなって」


「良いな?」


 有無を言わせぬ笑顔を浮かべたレンリは、ミロクとフェイファの肩に手を置いた。途端に、ミロクの視界が渦を巻くように歪む。ミロクは、あまりの気持ち悪さに目を閉じた。袖を引っ張られて目を開くと、袖を持つフェイファと二人で浜に立っていた。わずか数秒の出来事だ。


「飛ばされたのか」


 脱力してその場にしゃがみ込むミロクをよそに、フェイファは「すごいっすー」と飛び跳ねて喜んでいる。先ほど倒れていた男達は、既にいない。ミロクの仕事仲間が運んでいったのだろう。


「レンリの姉ちゃんに、こんな特技があったなんて知らなかったっす。こんなことできるなら、わざわざミロク兄を足に使わなくても良いと思うんすけどね」


 跳ねるのを止めたフェイファは、ミロクを振り返り見ると首を傾げた。ミロクは落ちてきた前髪を乱暴にかき上げる。


「わざと黙ってんだよ。怖がる奴もいりゃ、悪い方へ利用しようとする奴もいるだろ? おまえ達をある程度でも信用してるからこそ見せたんだ。他の奴に言いふらすんじゃねえぞ」


「俺達、信用されてるんすね。嬉しいっす」


 へへっと笑うフェイファに、ミロクは大きく息を吐いて立ち上がった。


「でも、やっぱりすごいっすよ。人を移動させるんすよ? 神様みたいっすね」


「神様、ね」


 ミロクは空を見上げた。白く薄い筋雲が、風に乗ってゆっくりと流れている。


「もし、レンリが神様だとしたら、どうするんだ?」


 ミロクの突拍子もない質問に、フェイファはしばらく「うーん」と唸った後、「どうもしないっすね」とあっけらかんとして答えた。ミロクは、空からフェイファに視線を移す。


「どうもしない?」


 フェイファはうなずくと、顔の前で両手を合わせた。


「普通は、お願いするんだろうけど。俺、特に願い事無いっすもん。傍にはウーがいるし、今の仕事にも満足してるっす。もっと上手になりたいとは思うんすけど、自分の腕は自分で磨かないと」


 己の二の腕を叩くフェイファに、ミロクは破顔した。


「そんなだから、レンリに信用されるんだな」


「そうっすかね?」


「ああ。しっかし、村に祠みてーなもんまであんのにな」


「んー、じーちゃんやばーちゃんの中には信心深い人もいたっすけどね」


 フェイファはいまいちだったようで、目を泳がせながら後頭部を掻いている。毒が蔓延する前から、既に信仰心が薄れていたことをミロクは理解した。ビーショウも、フェイファと似たようなものなのだろう。


 レンリが聞いたらどう思うのか。想像して、ミロクは「くくっ」と笑い声を漏らした。喜ぶのだろう、彼女なら。


「信心深かろうが深くなかろうが、なるようにしかならねえからな。さて、そろそろ帰るか。観測区まで送るぞ」


「そうっすね。明日は気合入れて、みんなを助けにいかないと」


 フェイファは笑顔で、手のひらに自身の拳をぶつけた。不思議と心を前向きにさせるような笑顔だ。


「ああ。そうだな」


 ミロクも笑うと、運転席に乗り込んだ。

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