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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第4章 戦場と僧衣の男
19/30

異変

「なあ。遠くに船影が見えるんだが」


 遠い海原を見つめるセハルは、目が良いらしい。舵を操るミロクに代わってルタが確認してくれるが、「どこだ?」と必至に目を凝らすだけで終わった。残念ながら、船に望遠鏡は乗っていない。


「観測区の奴等が、海の調査でもしてるんじゃねえか?」


「出掛ける時はカウムディーさん、そんなこと言ってなかったっすけどねー」


 ミロクの言葉に応じるフェイファは波打つ景色に飽きたのか、船室の傍で釣りのまね事をしている。アウシュニャを出る時に(たわむ)れに拾ってきた細い棒きれに、ポケットに入っていた糸を括りつけてある。糸の先に(おもり)代わりの六角レンチが付いているものの肝心の針がないため、魚が釣れるわけではない。


「そういえば、海の生態って、今どうなってるんだ?」


 舵を操りながら、ミロクは背後のルタに問う。


「人員不足で、そこまで調査の手が回っていないのが実情だが。地上よりも如実に影響を受けているかもしれない。浜辺で、貝の一つでも見たことがあるか?」


「無いな」


 そもそも、海に近付くこと自体があまり無い。稀にレイに引っ張られて浜辺を歩くこともあるが、ミロクは足元に注意しながら歩くということをしないので、見たことが無いと言うよりは気付いていないと言うのが正しいかもしれないが。


「だろ? 磯には多少いることはいるが、毒を含んでる。ただ、海は浄化作用がある。それに期待したいところだな」


 ルタは遠くを見ることを止めて、フェイファの隣りへと移動した。動くことのない棒の先を見守ることにしたようだ。


「島が見えてきたな」


「ああ」


 隣りにいるセハルに応じながら、ミロクは目を凝らした。船は、着岸する時が一番難しい。注意深く岸を見て、思わず唸った。


「誰か倒れてないか?」


 ミロクの声に、フェイファが棒きれをルタに押し付けて、船首に駆け寄る。


「ほんとだ。一人だけじゃないっすよ」


 振り返るフェイファに、操舵室の後ろに控えていたレンリが首を傾げた。


「警備隊が、やられたということか? 海岸線には一応、そこそこ腕に自信がある者を置いているはずだぞ?」


「つっても、倒れてんのは事実だし。確認するしかねえだろ」


 ミロクは手早く船を着岸させる。桟橋に船体が当たって揺れたが、この時ばかりはレンリも文句は言わなかった。


 真っ先に船から降りたのは、セハルだった。彼は着岸するなり桟橋に飛び移り、砂浜に倒れている警兵隊員の一人に駆け寄った。力が抜けた腕を持ち上げると、脈を計りだす。


「大丈夫。気絶してるだけだ」


 遅れて浜に着いたルタとレンリも、それぞれに倒れた警備隊員の容体を確認する。フェイファと共に桟橋に船を固定させていたミロクは、うめき声を上げた男の元へ行き、しゃがみ込んだ。


「何があった?」


 男の黒い目が、弱々しくミロクを見上げる。痺れているのか唇は小刻みに震え、しかし懸命に声を紡いだ。


「し、島のお、んなたち、が、つれ、てい、かれた」


 ミロクは、血液がすべて足元へと下がってしまう感覚に陥った。


「レイッ」


 走り出したミロクにレンリが呼び止めようとするが、彼の耳には届かなかった。


 レンリは、大きくため息を吐く。


「ったく。あいつは私が追おう。ルタは職人街、セハルはロータスの街、フェイファは観測区に向かって様子を見てきてくれ。ルタとフェイファには、後で迎えを寄こす」


 レンリの指示に、ルタは目を見開いた。


「職人街まで結構あるぞ。そこまで走れってか? 体力に自信が無いんだが」


「つべこべ言っている暇など無い。行くぞ」


 レンリはルタを一睨みすると、右手をルタの肩に、左手をセハルの肩に置いた。途端に風景が波打つように歪み、歪みが解消された頃には職人街の景色に変わっていた。役場の前に、男達の人だかりができているのが見える。


「な、何がどうなってるんだ?」


「説明している暇など無い。後は任せたぞ」


 大慌てするルタの肩からレンリが手を離すと、再び風景が歪んだ。


 次に現れた景色は、研究所の廊下だった。セハルの肩から、レンリの手が離れていく。


「先にヒヨクに頼むことがある。悪いが、ここから街を一周してきてくれ」


「それは構わない。けど、あんたは何者なんだ?」


 セハルは眉をひそめて、レンリの顔を見た。


「何者でもないさ。時間ができたら、昔話くらいはしてやろう。ではな」


 彼女は目を細めると、研究室のドアの向こうへと消えた。





 ぜっ、ぜっ、と音がするほど息が切れている。喉に、貼りつくような違和感を覚えている。


 それでもミロクは駆けに駆けて、自らの家にたどり着いた。ドアノブを持つ手が震えるが、無視して勢いよく開いた。


 ドアの向こう側に立っていた人物が視界に入り、目を見開く。


「レ、ンリッ!?」


 腕を組んだレンリは、呆れたと言わんばかりの視線をミロクに向けていた。


「ここまで走ってきたことは褒めてやるが、取り乱しすぎだ」


 名前を呼ぶにも苦労するミロクに比べて、レンリは息も切らさず流暢(りゅうちょう)に話す。


「飛んだ、のか?」


「緊急事態だからな」


 レンリは腕を組んだまま、器用に肩をすくめた。


「先にヒヨクのところに行って、島中の防犯カメラを分析してもらった。どうやら本当に、島中の女が連れ去られたらしい。更に言うと、連れ去りを指揮していたのも女だ」


「なんでだ?」


「分からん。今、ヒヨクに何者なのか、画像から割り出してもらっている」


「誰だか分かるのか?」


 ようやく息切れが治まってきたミロクに、レンリはうなずいた。


「たぶんな。島中の女達を連れ去ることができるほどの人員を動かせる人物だ。そんな奴は、この世界に一握りしかいまい」


「ミロクッ」


 名前を呼ばれて振り返ると、開けっ放しのドアの向こうに息を切らしたセハルが立っていた。ミロクの後ろで、レンリが「ほう、速いな」と感心した声を漏らす。


「本当に、いない。研究所も、低い階は、やられてる」


「いざという時は、上の階に行く術を断つからな」


 レンリの言葉に、ミロクとセハルは怪訝な顔をする。


「まさか、こうなることを見越して?」


「いいや。本気で引きこもりたい時のために、ヒヨクが勝手に設定した」


 真顔のレンリは、嘘をついているようには見えない。ミロクとセハルが脱力していると、ルタを乗せた車が、やや遅れてフェイファを乗せた車も到着した。研究所に寄ったレンリが手配していたらしい。


「職人街の女は、みんな連れていかれた。抵抗した輩が数人怪我を負ったようだ。今、テンガが診てる」


「観測区も同じっす。カウムディーさんが素直に従うよう指示したみたいで、怪我人は出てないっす」


 二人の報告を聞いたレンリは、うなずいた。


「どこも同じか。みな、ごくろうだった。そろそろ結果が出ているかもしれん。ヒヨクの所に向かうぞ」


 レンリがミロクを見る。意図を察したミロクは、頭を掻いた。


「あー、車は浜辺に置いたまんまだ」


「……そうだったな」


 ルタとフェイファを運んできた車も、既にどこかへと走り去ってしまった。仕方なく、研究所まで徒歩で行くことにする。道中、レンリの小言が続いたが、ミロクはすべて無視した。

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