セハルと王弟と戦神
「まったく、とんだ不良品がいたものだな。おまえなんか、正常な戦神がすぐに倒してやる。無様に捨て置かれたまま、燃料切れで壊れるが良いさ」
高笑いをする少年は、「助けは来ないぞ」というセハルの一言に怯んだ。
「覚えてるんだ。『セハル』だった頃のこと。運動神経は良い方だったし、両親共に軍の幹部クラスだったから、協力するのが当たり前だと思ってた」
セハルが、ゆっくりと少年に近付いていく。笑顔を引きつらせた少年は、じりじりと後ずさっていく。
「昔は、ここに研究員が大勢働いてた。制御装置がどこにあるのか。動力源がどこにあるのか。覚えてるんだ」
セハルは足早に左側の壁に寄ると、肩の位置を蹴り上げた。壁の一部がひしゃげ、中からレバーが現れる。セハルはひしゃげた薄い板を取り除くと、レバーを下ろした。少年の背後の壁が、音を立てながら横へ移動する。奥には、緑色の液体が入った巨大な円柱があった。
驚く少年の横を駆け抜けたセハルは、床を蹴って円柱に蹴りを入れる。しかし、鈍い音が響いただけで穴は開かない。円柱が壊れないと知ると、少年はまた笑いだした。
「無駄だ、無駄だあっ。おとなしく壊れろおっ」
「セハル君、どくっすっ」
聞き慣れた声にミロクが目をやると、部屋の中にフェイファが躍り出ていた。彼は、戦神から奪った銃を両手で構えている。
目を丸くしたセハルが言われるがまま後ろに退いた瞬間に、銃声が三発鳴った。銃弾は三発とも円柱の中央よりやや下の辺りに命中し、透明な容器にひびを入れた。ダメ押しとばかりにセハルがひびを踵で蹴ると、勢いよく緑色の液体が吹き出した。液体の圧力で更にひびの範囲が広がり、大きな穴が開く。すると、流れ出る液体の量も増した。
計器と思わしい場所に液体が入り込み、小爆発を起こす。少年は、頭を抱えて叫んだ。
「おまえ達、なんてことしてくれたんだっ。動力源なんだぞ? ごはんが無くなるってことなんだぞ?」
ここまで微動だにしなかった戦神が、少年を抱き上げて円柱だったものから距離を取った。安全な場所に下ろされた少年は、戦神に礼を言うこともなく、セハルを指差す。
「おまえだって、直に動けなくなるんだからなっ」
「分かってるし、動けるよ。『再利用』されてるからな。フェイファ」
フェイファが心得たとばかりに、計器に向けて銃を放った。弾は見事に命中し、金属片が辺りに飛び散る。
「『セハル』は、世界の滅亡なんて望んでやしなかった。俺達のどんな個体にも、そこにいる戦神にも、少なからず記憶が残ってる。あんたのことは守っても、動力源のことは守らなかっただろ? このままでは制御不能になることも、俺がやりたいことも、全部分かってたからだ」
セハルが戦神に目を向けると、彼はこくりとうなずいた。
「俺は帰る。役割を与えられたし……その、じいさんといた時みたいに楽しい、かもしれない」
しどろもどろに話すセハルの耳が、少し赤くなっている。戦神が、もう一度うなずいた。
「『セハル』の分まで、『セハル』として生きたら良い。俺は先に逝く」
ミロクには、戦神が心なしかほほ笑んでいるように見えた。
セハルはうなずくと、扉に振り返る。
「そいつを頼んだ。帰るぞ、ミロク」
「気付いてたのか」
ミロクとシャオウが姿を現すと、セハルは肩をすくめた。
「フェイファがいるってのもあるが、ミロクは気配を隠す気も無いから分かりやすかった。シャオウは分からなかったが」
「まあ、元軍人だからな」
「俺も、元軍人なんだがな」
頭を掻くミロクに、シャオウが呆れた目を向ける。
「おまえは、ただ突っ立ってただけだろうが。俺は、軍人とは認めてねえからな」
「好きで突っ立ってたわけじゃねえよ」
ミロクは大きく息を吐いた。
「とりあえず、レンリを迎えに行くか。遅くなると、うるせーからな」
「ミロクは、レンリに脅されでもしてるのか?」
からかうつもりなのだろうか。シャオウが器用に片方の眉を上げた。
「脅されちゃいねえけど。なんか逆らえないもんを感じる」
ミロクが小刻みに上半身を震わせてみせると、今度は神妙な面持ちになったシャオウが「確かにな」と言って、うなずいた。
「俺は、しばらくこの辺をうろうろしてる。あの戦神がいれば馬鹿なことはしないと思うが、念のため見張っとくつもりだ」
シャオウが喚きながら大泣きしている少年を、ちらりとだけ振り返る。
帰りは別行動になる、とレンリが予見していた通りだ。だからというわけではないが、やはり逆らえないものを感じる。ミロクは、肩をすくめた。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ああ。また、いつかのスクラップ市で会おう」
シャオウが手を差し出すので、ミロクは素直に握手を交わす。痛くない程度に加減されているが、それでも力強い手だった。
「セハルとフェイファも達者でな。レンリ達に、よろしく」
ミロクの手を離したシャオウは、両手を肩の高さに上げる。セハルとフェイファは笑いながら、各々の片手をシャオウの手に打ち付けた。パンッという乾いた音が響いたが、シャオウはびくともしない。
「んじゃ、お先」
ミロクは、階段を降り始める。「待ってよ、ミロク兄」という言葉と共に、フェイファが後を追う。
「で、本当のところ、おまえはどこまで記憶があるんだ?」
シャオウに問われ、セハルは彼を横目で見た後、ため息を吐いた。
「ミロクは気付いていないようだから、絶対に言わないでほしいんだ」
そう前置きして、左袖を捲り上げた。二の腕に現れた傷跡に、シャオウは目を見開く。
「昔、氷柱に襲われた時のものだ。助けに入ったあんたのことも覚えている」
セハルは、袖を元に戻した。
「悪いようにはしない。今の生活が、結構気に入ってるんだ」
シャオウは、長く息を吐いた。
「分かった。その言葉を信じよう」
「俺からも一つ質問がある」
「なんだ?」
セハルは少年と戦神を見た。疲れたのか、少年は喚くことをやめていた。
「端から、ここを突き止めていて潰すつもりだったんじゃないか? 事前準備もできていたんだろ? あまりにも攻略が簡単すぎた」
セハルの指摘に、シャオウは短く笑った。
「ここ以外にも、制御棟があることは知っているか? そっちに今、ヒガンがいる」
セハルは眉を寄せた。
「東国に行ったんじゃないのか?」
「ついでってところだな。レンリから連絡が来たのは偶然だが、おまえがいて助かったよ。無駄に戦神とやり合わずに済んだし、レバーの位置までは知らなかったからな」
戦神と東国。ついでは果たしてどちらなのか。セハルはあえて口を挟まなかった。聞いたところで、のらりくらりとかわされるだけだろう。
シャオウと別れたセハルが一階まで降りると、まだ転がっているヒガンの顔をした戦神に、ミロクがカメラを向けていた。
「なに撮ってるんだ?」
「んー、ヒガンのこんな姿、もう二度と見る機会ねえなと思ってな」
にやりと笑うミロクに、セハルが心底呆れたといった視線を送った。その横では、フェイファが律儀にも奪った銃を元に戻している。
外に出ると、日が暮れ始めていた。風は無く、生物の声も無く、ただただ静かだ。
「今日も船中泊っすかね。できれば甲板で横になるのは勘弁してほしいっす」
島からアウシュニャまでは半日かからない程の距離だが、なるべく日中に用事を済ませられるよう手前で一晩を過ごした。船室には一人用の簡易寝台が二台設置されているのだが、運転手であるミロクと一応今回の長であるレンリが使用したため、残りは甲板で雑魚寝となったのだ。
「風車内の足場の上で寝落ちすることもあるし、大丈夫っす」と笑顔で話したフェイファだったが、足場の上とは勝手が違ったらしい。大抵の場面で笑顔でいるフェイファだが、今は渋い顔をしている。
「文句言うなよ。諜報部員の連中は、毎回雑魚寝だぞ」
諜報部員達のほとんどは、運転手に休息場所を優先してくれる。率先して船室に入るのはヒガンくらいだ。
「あの人達とは体の造りが違うんすよー」
フェイファの聞き分けが珍しく悪い。いつもは弟が引っ付いているし、一緒にいるのがミロクとセハルのみということもあって甘えているのだろう。
「帰りにアウシュニャに寄って、寝袋でも借りたらどうだ?」
「寝袋っすかー。おばさん、持ってるっすかね?」
はて、と首を傾げるフェイファをトラックの後部座席に押し込んだミロクは、後ろを振り返った。セハルが、出てきたばかりの建物をじっと見ている。
「おい、セハル。置いてくぞ」
「ああ、悪い」
はっと振り向いたセハルは、慌てて助手席に乗り込んだ。
ミロクもトラックに乗り込む前に、建物を見た。二階の窓から、セハルと同じ顔をした戦神が見下ろしていた。
「やっぱり街で買った方が確実だと思うんすけど」
運転席に座ったミロクに、フェイファが提案する。
「そうは言っても、こっちの通貨持ってきてんのか?」
ミロクの指摘に、フェイファはポケットをあちこち探す。
「……無いっす」
「だろ? じゃあ、却下だ」
ミロクは即座にトラックを発進させた。島で使われる通貨はパーパのもので、月に一度研究所から島のすべての人間に仕事に見合った額を支給される。食事であるリキッドは配給制。住居は研究所が指定した家に無料で住まわせてもらえるし、電気も医療も修理も衣服や雑貨も無料。金の使い道と言えば、スクラップ市くらいものだ。そのせいで、島の人間の多くは金を持ち歩く習慣が無い。
「なんの話だ?」
セハルがフェイファに尋ねたのを皮切りに、二人で甲板トークが始まった。彼等の会話をBGMにして、ミロクはトラックを走らせる。
城の外で待っていたレンリ達と合流する頃には、二人の話題は鳩へと変わっていた。フェイファは、すっかり寝袋のことを忘れてしまっているようだ。思い出すのは船に乗ってしばらく経ってからだろうな、とミロクは予想する。
ルタに続いてトラックに乗り込んだレンリは、さっそく口を開いた。
「パーパに休戦協定を結びに行くことになった」
ミロクは後部座席に振り返ると、まじまじとレンリの顔を見た。
「それは良いが、なんでわざわざレンリが?」
「あいつと知り合いだからな」
レンリにかかると、たとえ国王であっても『あいつ』呼ばわりだ。悪びれることもなく、思案気に細い顎を擦っている。
「ミロクは行かない方が良いだろうな。おまえは、私以上に軍部の人間に顔を知られている」
「だったら、セハルもまずいだろ。戦神と間違えられて攻撃されても面倒だ」
「ふむ。一度、島に戻るか。代わりの運転手と護衛が必要だ」
ミロク達はアウシュニャに戻ると、ビーショウに軽く挨拶をして船に乗り込んだ。ミロクの予想した通り、フェイファが寝袋のことを思い出したのは出港して十五分ほど経った後だった。




