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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第3章 セハルと戦神
17/30

アウシュニャの出身者

 一方、ミロクは呆れた目で三階建ての建物を見上げていた。


「よくもまあ、突き止められたもんだな」


 ミロク達は今、政庁から三十キロほど東に離れたところにある、ドゥルガー第二の都市の外れにいる。この辺りは、政庁に務める人間の別荘地だ。街中に比べて緑が多く、壁や柱に意匠をこらした建物ばかりだった。四人の目の前にある建物も、一目見ただけでは研究機関と見抜ける者はいないだろう。


「建物を隠すなら建物の中ってことっすかね」


「だが、どれだけ隠そうとしても、出入りの痕跡を消すのは難しいってことだな」


 フェイファの隣りで、シャオウが肩をすくめる。数分前に、隠れて様子を窺っていた彼等は、目の前の建物の中にセハルにそっくりな人物が入っていくのを見たのだ。


「で、来たは良いが、どうする?」


「どうせ、来たことは向こうに知られてるだろ。正面突破だ」


 言いざま、セハルはシャオウの横を走り抜けていく。シャオウは、愉快そうに笑った。


「なかなか、どうして。血の気の多い」


「まあ、レンリとルタを迎えに行かなきゃなんねえし。ここで時間を潰すわけにもいかねえだろ」


「ああ、そうだな。戦う術が無い奴は、俺の後ろから来い」


 駆けだすシャオウに、ミロクは「へーへー」と適当に、フェイファは「了解っす」と素直に返事をしながら追いかける。三人からは、既にセハルの背中が遠くなっていた。


「迷いなく走っていくが、記憶があるんじゃないのか?」


 怪訝そうに言うシャオウに、ミロクは「さあな」とだけ答えた。


 セハルが開け放していったままの入り口に入った途端に、ミロクは「うおっ」と驚きの声を上げた。思わず一歩外に出て、中と外観とを見比べる。外観こそ白亜の別荘という感じだったが、中身は鉄骨がむき出しの粗野な造りで、天井や壁には様々な太さのパイプが這っていた。


「すごいっすねー。こんな時じゃなきゃ、ゆっくり見学したかったっす」


 ものづくりならどんなことにも興味があるフェイファは、感嘆の声を上げた。先行するセハルは二階に上がりきったのか、ミロクからは完全に姿が見えなくなっていた。


 セハルに続いてミロク達も階段に向かおうとしたが、突如現れた三人の戦神によって行く手を阻まれてしまう。そこには、天体観測区に転属志望の諜報部員によく似た顔が三つ並んでいた。


「ヒガンが三人も並ぶと、気持ち悪いを通り越して腹立つな」


 ミロクは盛大に顔をしかめた。三人は無言で佇んでいるが、いまに口を開いてダメ出しをしてくるかもしれないと思うと、自然に奥歯に力が入る。


「セハル君は、通したんすけどね」


「まだ仲間を襲わない理性が残ってるんじゃないか? 風神相手なら、ヒガンから弱点を聞いてるぞ」


 シャオウは、ウエストポーチからガラス板と金属の爪を取り出した。ミロクが何事か尋ねる間もなく、シャオウは爪でガラス板を引っ掻く。独特の高い音にミロクの背筋は震えあがり、慌てて両耳を塞いだ。ミロクの横で、フェイファも頭を抱えてしゃがみ込んでいる。


「急に、何するんすかっ。俺も、その音は苦手っすっ」


「俺もダメージでけえ」


「俺は平気なんだけどな」


 シャオウは悪びれることなく笑うと、スタンガンを取り出した。耳を塞ぎ、しゃがみ込んで震えている風神の首元に、次々とスタンガンを当てていく。島外で流通している護身用のものより強力に改造されたスタンガンは、成人男性を容易に失神させた。


「これで、一日は起き上がれん」


 スタンガンをしまうと、シャオウは身動きしない風神の横を平然と通り抜けていく。ドゥルガーに派遣される者にとって、戦神とのやり取りは日常茶飯事なのだ。


「ちなみに、雷神はどう対処するんだ?」


 ミロクも同じように通り抜けながら、興味本位で尋ねた。セハルと暮らしだして数日経つが、今のところ、これといった弱点を見たことがない。


「犬の鳴き声」


 ぼそりと呟かれた単語に、ミロクは「は?」と聞き返す。


「犬の鳴き声を聞くと、一瞬だが体が竦むんだ。子供の頃、じいさんのところで飼ってた犬が狂暴だったらしくてな。何度か噛みつかれそうになったことがあるんだとさ」


「そういや、機械いじりが好きになったのは、じいさんの影響だとか言ってたな」


 出会った時、工具をずっと気にしていたのを思い出す。どれほど犬が苦手でも機械いじりのために通った少年時代の片鱗が、今も残っているのだ。


 島内に犬がいないことはないが、ほとんどは研究用で、ミロクでさえも目にする機会はほぼ無いと言って良い。セハルにとっては幸いだろう。


「懐けば、かわいいんすけどね」


 ようやく起き上がったフェイファは、風神の一人の服をごそごそと漁っている。


「まあな。訓練すりゃ働きもするし、諜報部員の中にも連れ歩いてる奴はいるな」


「シャオウさんは連れ歩かないんすか?」


「いれば働きもするだろうが、悪目立ちもするだろうからな。ここは荒野ばっかだし、犬の頭数も減ってきてる」


 犬だけでなく、他の生物も数を減らしているのだろう。アウシュニャに着いてから、この建物に至るまでの間に、人と虫以外の生き物を目にしていないことにミロクは気付いた。


「にしても、おまえは何をやってるんだ?」


 シャオウの言葉に、フェイファが振り向いた。その手には、小銃が握られている。


「いただいてたっす」


「いただいてたって、使えるのか?」


 軍人の疑問に歯を見せて笑ったフェイファは、誰もいない空間に向けて銃を放った。パンッという乾いた音が、廊下に響き渡る。


「俺、アウシュニャの出身なんで」


「ああ。そういうことか」


 シャオウは納得したようだが、ミロクには意味が分からない。ミロクがフェイファを見ると、フェイファは困ったように笑った。


「アウシュニャはその昔、『ドゥルガーの武器庫』って呼ばれてたっす。アウシュニャ産の弓や剣は質が良いって評判だったんすよ。銃が主流になってからは地下で火薬を作るようになったんすけど、村のほとんどの子供達は十歳を越えると他の街に行って武器の作成をするんす」


「出稼ぎ、みたいなもんか」


「そうっすね。アウシュニャの人間は、すこぶる器用な人が多いんで、どこに行っても重宝がられるんすよ」


 フェイファは転がっている風神を飛び越えると、ミロクの傍に駆け寄った。


 あれは避難場所ではなく火薬の製造場所だったのか、とか。フェイファとウーゴウは出稼ぎ先で重傷を負ったのか、とか。


 フェイファの顔を見ると様々な思いがミロクの頭の中に浮かんだが、どれも口から外へは出てこなかった。それを察しているのか、フェイファは「大丈夫っすよ」と言いながら、ミロクの肩をぽんっと叩いた。


「アウシュニャ譲りの器用さがあるから、今の仕事もこなせてるっす。ウーもそのうち、風車を一人で見るようになるっすよ。それより早く、セハル君を追いかけないと」


「そういや、そうだった」


 セハルの名前を聞いて、ミロクはシャオウを押しのけて階段を駆けのぼる。「俺の後ろから来いっつってんだろ」というシャオウの声が少し下から聞こえるが、無視して二階の廊下に立った。見回してみるが、セハルの姿は無い。


「あいつ、どこ行っちまったんだ?」


 二階も一階と同様に、複数のパイプが天井や壁を這っている。床材は鉄板が使われていて、足音を消すことは難しい。


「部屋が三つあるみたいだな。一つ一つ覗いてくか。戦神が潜んでたら厄介だがな」


 追いついたシャオウが、そろりと廊下を踏む。どれだけゆっくり足裏を床に置いても、キシッという軋む音がした。更にもう一歩、そろりと床を踏もうとした時だった。


 上階から、派手な物音が響き渡った。ドラム缶が転がるような音だ。


「俺が先に行く」


 シャオウは足音が響くのも構わず床を蹴り、階段を駆け上がっていく。すぐにフェイファが後に続き、その後ろをミロクも走る。


 最上階である三階も、階下と同じような造りだった。違うのは、廊下の奥に一つだけ部屋があるということだ。そこから、甲高い少年の怒鳴り声がしている。四つん這いになって近付いてみると、何を言っているのかがより明瞭になった。少年は、言うことを聞かない戦神に対して怒り狂っているようだ。


「セハルだな」


 三人は、更に部屋に忍び寄る。両開きの扉の片方が、向こう側へと倒れている。セハルが蹴り破ったのだろう。シャオウはゆっくりと立ち上がると、閉まったままの扉に背中を付けて部屋の中を覗き込んだ。その下で、ミロクも四つん這いのまま、部屋の中を覗き込む。


 セハルは、ミロク達に背を向けて立っている。その数メートル先に、少年がセハルと向き合う形で立っている。彼の隣りには、セハルと同じ顔をした戦神が、無表情のまま佇んでいる。


 少年は目と細い眉を吊り上げ、それでも笑みを浮かべてふんぞり返った。

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