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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第3章 セハルと戦神
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少年王とセイシの願い

 少年王は、大理石が敷き詰められ、壁も白一色の眩い廊下を歩いていく。途中にある分岐路には目もくれず真っ直ぐ歩いていくと、白板で組まれた木戸があった。木戸を押し開いて現れたものは、坪庭だった。


 坪庭には一本の高木と、十数本の低木が植えられている。地面には草花が生い茂り、人が踏む場所だけ飛び石が敷かれている。低木には白や黄色の花々が咲き乱れ、庭の中央には小鳥用の水飲み場が設けられている。一見すると毒に侵されている空間とは思えないが、鳥は一羽もいない。


 水飲み場が見える位置に設置された鉄製の長椅子に、少年王が座る。隣りを勧められたレンリは、黙ったまま言うことに従った。レンリが座るのを見届けて、少年王はふうっと息を吐く。


「フウシの言うことも、最もだと思うのです。私も、毒を散らしたパーパが憎い」


 少年王は両の手をぐっと握りしめたかと思うと、ゆっくりと解放した。傷の無い、ふっくらとした手のひらだ。


「しかし、戦は良くない、と思うのです。弟は、パーパを不幸に陥れることは当然だと言います。フウシをはじめ、多くの者が賛同しています。それでも私は、人が傷つくことを好ましいとは思えません。憎しみは連鎖します。パーパとの国境に近い町は既に疲弊し、消滅した集落も一つ二つではありません。このままでは、皆が不幸になるだけです」


 成長しきっていない手で、少年王は頭を抱えた。


「それでも私は、彼等を止めきることができません。私にも、憎しみの心があるから。両親は、早くに亡くなりました。セイシも長くはないでしょう。フウシ達も、いつ倒れるか分かりません。世界全体の寿命が、日に日に短くなっています。しかし、命を奪い合えば更に短くなってしまう。私は、どうしたら良いのでしょう」


 少年王は急に頭を上げると、レンリに対して深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。このような話を、初めてお会いする方にしてしまうなど。しかし、あなたは話を聞いてくれる。そう思ったのです」


「頭を上げてください」


 レンリは両手を、少年王の肩に添えた。少年王は顔を上げると、吸い込まれるようにレンリの瞳を見た。彼女の瞳には、五色の輝きが揺らめくように浮かんでいる。


「私が答えをお出しすることはできませんが、一つ言えることがあります。もうすぐ、あなたを悩ませている戦神は機能しなくなりますよ」


 少年王の目が、丸くなった。


「戦神が消える時、あなたが真に願うことはなんですか?」


 五色の光に捕らわれた少年王の瞳が、小刻みに震えた。


「それが本当だと言うのなら。私は、戦を止めたい。戦をしても、しなくても、この崩壊を止められないのなら。私は、少しでも長く、皆と穏やかに過ごしたい」


「そうですか」


 レンリの瞳から、五色の光りが薄れ、消えていく。と同時に、少年王は目が覚めたようにピクリと体を揺らした。


「わ、私は、何を」


 焦って周りを見回す少年王に、レンリがほほ笑む。


「あなたは、とても運がよろしくていらっしゃる。私は、ドゥルガーの王と知り合いです」


 動きを止めた少年王の目が、また丸くなった。




「島でも、植物の状況はあまり芳しくありません」


 ルタは、栄養剤が十二本入った箱を机の上に置いた。


「水と土の浄化が進んでいるのは、ごく一部にすぎません。特定の小川の脇で育てた植物であれば、毒はありません。しかし、圧倒的に数が少なすぎます。解毒剤ができれば一番早い解決方法となるでしょうが、これもなかなか難しいらしいのです」


 浄化が進んでいる場所は、ミロク達を案内した洞窟以外に三カ所ある。いずれも範囲は限定的で、島外の人へ安定供給できるほどの広い畑を作ることはできない。研究所には解毒剤の開発を試みているチームもあるが、レンリの話ではまだ光明が見えないらしい。


「そうですか」


 応じるセイシの声は、謁見の間にいた時と同様に掠れている。普通に呼吸をしている時でも、息が気道を行き来するたびに微かな雑音が生まれているようだった。


 ルタも、それには気付いている。眉を寄せながらも、先を続けた。


「栄養剤も、まったくの無毒のものは提供できる数が限られます。島の人間であっても、なるべくなら毒を接種しない方が望ましい。研究所としては『長く生きられる者』、『研究の役に立つ者』を優先しなければなりません」


 セイシの眉間に、薄っすらと皺が寄る。


「とんだ選民思想ですね。あなた達が連れていく者は、だいたいが研究者か医者か。軍人でも幹部クラスの人間です。あなたはドゥルガーからパーパに留学した、農学者でしょう。一緒にいた女性は元パーパの研究員で、王からの覚えもめでたい方だ。諜報部員の中には、戦神・ヒガンのオリジナルまでいると聞きます」


 セイシに事実を並べられても、ルタは驚いた顔一つ見せなかった。ここに呼ばれた時点で、ある程度の情報が流れていることは分かっている。


「その通りだとして、あなたも仲間に入りたいのでしょうか?」


 ルタが問うと、セイシは首を横に振った。


「私では、何のお役にも立てません。選民思想があるとはいえ、世界中の毒をどうにかしようと動いていらっしゃるのは本当のことでしょう。私にはただ、願いが一つあるのみです」


 セイシは一つ息を吐くと、天井を仰ぎ見た。


「我が王が青年となり、私と同じ年齢になった時、住みよい世界になっていて欲しいという願いです。それだけの優秀な人材を集めているのですから、そうならなければ嘘でしょう?」


「そう、ですね」


 ルタは目を伏せると、心臓の位置に手のひらを当てた。


「それは、私も願うところです。必ず、とは言えません。ですが、日々努力することは誓わせてください」


 現状を知る研究者だからこそ、『必ず』という不確実な言葉は使えないのだ。セイシにも、彼の誠実さが伝わったのだろうか。


「頼みましたよ」


 ルタを見たセイシの目は、優しい色をしていた。

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