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蓮の箱庭  作者: 朝羽岬
第3章 セハルと戦神
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リキッド

 レンリ達がひざまずく床より一段高いところに、豪奢(ごうしゃ)な椅子が一脚置いてある。そこに座しているのは、あどけなさが顔に残る少年だった。口を真一文字に結び、背筋を伸ばし、膝の上で拳を握りしめている。彼と対面するレンリ達とは八メートルほど離れているが、レンリの元にも彼の緊張感が伝わってきていた。


 外交に慣れていないのだろうか。


 レンリはそう思いながら、少年王の両脇に並び立つ男達に視線を移した。彼等の内で、少年王を心配しているのは一人だけだ。残りはこちらを、主にルタを値踏みするように見ている。レンリには目もくれない。女性蔑視の国だとは聞いたことが無いが、重要な役職が全員男性であることからも察せられるところはある。名指しで呼びつけておいて良い態度だ、と思わなくもないが、レンリはただただじっとひざまずいていた。


 レンリ達の前には、厚手の毛織物が敷かれていた。赤子が寝転んで収まるほどの大きさだ。レンリ達が踏む絨毯(じゅうたん)もかなりの価値があるだろうが、毛織物も相当な品だろう。見た目は黒一色だが、毛の長さに違いをつけて(つた)の模様が描かれている。ただ、手入れがされていないのか、よく見ると端がほつれていた。


「その布の上に、リキッドとやらを置いてくれるだろうか」


 変声期前の高い声は、小刻みに震えていた。ルタは「かしこまりました」と頭を下げると、栄養剤を並べだす。少年王も、居並ぶ男達も、一斉に首を伸ばした。


「向かって右側のものが、基本の栄養剤です。その隣りは、鉄分を多めに配合したもの。更に隣りは、食物繊維を多く含んだもの。左側にあるのは固形化したものですが、まだ試用段階です。歯を使わなければ(あご)が弱りますので、なるべく早い時期の完成を目指しております」


 ルタが容器を指し示すたび、ドゥルガーの人間が一様にうなずく。


「それらは、この国に提供してもらえるのだろうか?」


 少年王が、真っ直ぐにルタを見る。拳は強く握られたままだが、声の震えは無くなっていた。緊張をしてはいるものの、リキッドへの興味が上回っているのだろう。


 少年王の問いに、ルタは少し困ったような顔をして笑った。


「こちらとしても、様々な種類を提供させていただきたいのです。しかし、特に植物や貝類は毒を多く含んでおりまして、実用化はまだ先となるものばかりです。現在、提供させていただけるものは、基本のもの一種類となります」


 ルタの返答に、顎髭を伸ばした小柄な男が口を開いた。


「しかし、そなたらは他の種類も食しておるのだろう? 問題は無いのか?」


「島の者に、毒は効きませんから」


「『再利用者』だからか? そなたらは死んだ者を島へ連れていって、蘇生しているのだろう?」


 首を傾げる少年王に、レンリが首を横に振った。


「どのような場所から情報を得たのかは存じ上げませんが、それは誤解です。我々が島へ連れ帰っているのは、見捨てられた死ぬ間際の人間です。ヒヨク博士が開発された『培養人間』の技術を応用し、彼等を治療しているのです。いわば、究極の医療行為と言えましょう」


「究極の医療行為ねえ」


 毒が蔓延する世界にいながら丸まると太った男が、顎の肉を擦りながら笑う。対するレンリも、目を細めた。


「皆様の真の目的は『再利用』にあり、とお見受けいたしますが。それほどに、死者を生き返らせたい理由がおありでしょうか?」


 挑発するような物言いに、ルタは呆れたと言わんばかりの視線をレンリに向けた。しかし、彼女は意に介さずに、居並んだ男達を順に見て肩をすくめた。


「聞けば、パーパと争われているそうですが。世界全体がこのような時に、何をお考えか」


「このような時にと仰いますが、そもそも毒を撒いたのはパーパでしょうっ」


 レンリの指摘に、小男が顔を真っ赤にして叫んだ。


「そうですとも。極悪非道の所業を許すわけにはいきますまい」


 福々しい男が、腹を擦りながら言う。居並ぶ男達も、二人の意見に「そうだ、そうだ」と口を揃える。


「まあまあ、フウシ殿。彼等を責めたところで、毒は消えますまい」


 唯一、少年王を気遣う素振りを見せていた壮年の男が、フウシを諭す。彼の声は掠れ、話した後は軽く咳こんでいる。フウシは眉を寄せ、壮年の男の背を擦った。


「そうは言いましてもな、セイシ殿。私は友の体を蝕む毒が、ひいては毒を撒いた者が許せぬのです」


 実際は友の体どころか、すべての生き物が多かれ少なかれ毒に蝕まれている。中でもセイシと呼ばれた男は、元々体が弱いのか、毒の影響が顕著に表れているようだった。


「フウシ殿のような友を持ったこと、ありがたく思います。ですが今は、彼から島の植物の状況について聞いてみたい」


 セイシはフウシに軽く頭を下げた後、ルタを見た。少年王が、うなずく。


「分かった。後はセイシに任せよう。植物の話も良いが、栄養剤の件も忘れぬように」


「かしこまりました」


 セイシは少年王に向かって、深々と頭を下げた。


「他の者は、各自の持ち場に戻るように。護衛も不要だ」


 少年王の言葉にうなずいた男達は、ぞろぞろと広間を出ていく。フウシだけはセイシが気になるのか何度も振り向いていたが、セイシがうなずくと広間を後にした。


 広間にいるのが四人だけになると少年王は立ち上がり、レンリを見た。


「私は、あなたと二人で話がしてみたい。付いてきていただけるだろうか?」


「私などでよろしければ」


 レンリは目を丸くしながらも、了承した。少年王は自ら座していた椅子の後ろ側にある隠し扉を開けると、広間を出ていく。レンリは「交渉は任せた」とだけ言いおくと、自身の背丈とほぼ変わらない少年を追った。

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