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村が侵略されること

 これまでのあらすじ


 地に倒れたバンジィは己の過去を思い返していた。

 奇異な少年時代、狩人としての成長、そして誕生日の翌日に起きたケンタウルスの侵攻を。

 「何だッ」


 バンジィは身を翻し、木の影に隠れる。

 ケンタウルスが矢を射る。

 黄色く鈍い光を帯びた矢は木を障害無くすり抜け、バンジィの腹に刺さる。

 矢は刺さった先からさらに進もうとする。


「何なんだよッ」


 バンジィは腹に力を込め、矢を止める。

 血が滲み出し、腹筋が痙攣する。

 酷く痛い。

 苦しい。

 第二の矢が射られる。

 バンジィが跳んだ。

 ケンタウルスとの距離が縮まる。

 矢が腹で縦横無尽に暴れる。


「掴んだぞッ」


 バンジィが右前足を横に折る。

 右後足を蹴りあげる。


「遅いッ」


 馬の胴を体が滑る。

 矢が抜けた。

 貯まった血が吹き出す。

 両者同時にに横に倒れる。

 暗い、力が抜ける。

 バンジィは歯を食い縛りながら、後ろから鉈をケンタウルスの首に突き立てた。


「僕の勝ちだぞッ」


 ケンタウルスは悲しそうに微笑を浮かべた。

 バンジィも落ち着きを取り戻した。


「何だって僕のことを襲ったんですか」


 いまさら痛みがこみ上げてきた。

 バンジィは言葉に力が籠められなかった。


「大地霊から部族に御告げがあったんだ」


 たおやかだけど、悲しい響きはあるけれど、それでもきれいな声だった。


「汝ルトガールを枯らす人間を討てと」


 ケンタウルスは己の腹に向かって矢をつがえる。

 其のときバンジィの鉈が首を撥ね飛ばした。


 バンジィは村に向かって走っていた。

 ルトガール村の危機を訊いてから、痛みを忘れて、走っていた。

 バンジィは東側のレベビ山脈から村に入り込んだ。

 村のあちこちで悲鳴が聞こえる。

 収穫前の小麦畑が赤々と燃えている。

 どこからか興奮して雄叫びをあげるケンタウルスの声が、誰にも崩せないと思われた石造り家屋の現状が、バンジィはそれらを見聞きするうちに腹から血が吹き出ていることに気付いた。

 バンジィはケンタウルスの集団を見つけた。

 バンジィは雄叫びをあげながら鉈を振り回す。

 ケンタウルスたちは弓を射る前にすべて頸を失った。

 バンジィは生まれ育ったルトガール村が壊れていくことも、あの賢いケンタウルスが狂っていくことも、もう視たくはなかった。

 バンジィはいつの間にか家の前に立っていた。

 しかし家に帰ることはできなかった。いつもドアを開けると母が待っていてくれた。

 おかえりと笑いながら言ってくれた。

 居間では父が狩猟の結果を難しい顔をしながら聞いてくれた。

 本当はいつも父が心配していてくれることを知っていた。

 両親が共に木で建てた大きな家は、強火で嬲られて、灰になっていた。

 バンジィは灰になったドアの側にあるものに気が付いた。

 バンジィの体から力が、色が、音が消えていった。

 精神の支配を失った体が前のめりに倒れる。

 それでもなお両親の、白金の、婚約指輪が仲良く重なっていることから目を離すことができなかった。


 バンジィは冷静さを取り戻した。

 両親が万物流転の真理をバンジィに語った理由を理解した。

 誕生も、死滅も、ものの変化であり、宇宙が終わる其のときまで自分たちは形を変えて存在し続ける。

 いや宇宙が終わり虚無に成った後も、宇宙の始まりは虚無であったことから、存在し続けることをバンジィは気付いた。

 そして、そのこと実感するための狩猟採集生活だったことに思い至った。

 バンジィは白金の指輪を両中指に嵌めた。

 最も大切な人たちを最も長い指に嵌めた。

 バンジィは鉈を手に握り締めた。いつの間にか太陽は中天に昇っていた。

 バンジィはトレディ草原に向かって眩しいほど明るい道を駆けていった。


 バンジィは再び意識を取り戻す。

 もう帰って来ることはないと思っていたのに、バンジィは苦笑した。

 太陽の熱い光線が体を暖め、バンジィの肉体は傷を固めて、涼しい草原を駆けるそよ風が傷を癒す。

 蹄の土を蹴る音が止まった。

 バンジィの体が黒い影に覆われる。

 体には力が溜まり、心には気力が沸き上がってくる。


「ハッ」


 体を軸に、鉈を踊るように回す。

 ケンタウルスはすこし驚いたような顔を浮かべながら、一刀両断された。


「驚いたかい」


「美しい一撃だった。

 生涯の終りに良いものをありがとう」


 ケンタウルスは微笑みながら動かなくなった。

 バンジィは太陽の下、草原に立ちながらずっと心地よさを感じていた。


 バンジィはルトガール村を一周して、全滅したケンタウルスは大地霊に下された命令を、バンジィを除き、達成したことを確認した。

 そして町のあちこちに散乱した人間とケンタウルスの遺骸をひとつひとつ丁寧に郊外に埋葬した。

 バンジィには、大地霊はルトガール村の地力が低下させた人間への報復だけが目的では無く、力尽きた肉体をルトガール村の地力に役立てることも考えているように感じられた。

 バンジィは、体を構成するものは変化を繰り返すのであるから、その肉体の存在意義は固執するほどのものではないと言う考えに納得できるほど老成はしていなかった。

 太陽は力強さを失い、次第に万物が色彩を失っていくなかで、バンジィはもう自分を知るものは誰もいないことをひしひしと感じていた。


 深夜、バンジィはすべてのルトガール村の住民とケンタウルスの埋葬を終えた。

 そしてバンジィは村を離れる決意をした。

 バンジィは楽しく気持ちよい生き方がここではもう不可能なことを理解してしまったからだ。

 バンジィは黒い熊の毛皮を羽織り、大型の鉈と小型の弓をベルトに括って、矢筒を背負いながら、トロジェン河を下り始めた。

 次回予告


 敬するケンタウルスの悲しい習性、愛する家族との悲しい別れを経験したバンジィ。

 彼はすべてのケンタウルスを討ち、潰滅した故郷を後にした。

 そして河を下るさなか、人魚に出会い、両親の最後に残した愛を知る。

 次回もまた見てください!

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