裸の王様(ただしムキムキ)
昔々、二人の詐欺師がいました。この二人は先日、うまいこと言ってある国の王様を騙しウッキウキでした。
「お前、見たか? 素っ裸の王様を前にして、大臣たちが困ってるの。みんなめちゃくちゃ困ってて、俺もう笑い堪えるのに必死だったよ」
「本当だよな。この調子で次の国でも大儲けしてやろうぜ!」
二人は舞い上がっていました。舞い上がりすぎて大気圏突入していました。そんな調子で「よーしパパ王を騙しちゃうぞー」と盛り上がり、次の国の王様に謁見を申し出ました。
――だが、この二人は甘かった。
「なるほど、うぬらは商人であるか……して、この儂に何を売りつけようとしている……?」
この国の王は、暴虐の限りを尽くした前王に立ち向かい自らの拳で玉座を奪い取った強き王であった。その猛禽類のように鋭い目と、顔についた深い傷はかつての戦いの凄まじさを物語っている。
加えて筋骨隆々としたその肉体は、既に自分の兄を肩に乗せられそうなくらいには鍛え上げられたものとなっていた。その全身が醸し出す、強烈な覇気……強者のみが放つ圧倒的なオーラは、「もしかしてまだ、 自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」と詐欺師二人に問いかけるようである。
完全にターゲットを間違えた、確実に殺される。
自身の未来を知った詐欺師の容貌は一瞬にして百余年が過ぎたかのごとく変わり果てた。実際にはそうでもないのだが、精神的にそれぐらいダメージを受けた詐欺師たちは必死で次の言葉を考えた。この王が、求めるものは何だ? 自分たちは何を答えるべきだ? 考えた末に零れた言葉は――
「ヨロイ……?」
「鎧?」
詐欺師の一人が呟いた単語を、王が尋ね返す。それに対し、詐欺師はか細い声を振り絞って、必死に答えた。
「……強者にしか見えぬ……強者にしか効果のない……鋼の鎧を、作ってみせます……」
――詐欺師の片割れはこの瞬間、「死」を覚悟した。
もうね、アホかと。馬鹿かと。この見るからに強そうな王に、なんだってそんなものを提案したのかと小1時間問い詰めたい。しかし王の怒りを買ったであろう今、そんな時間がないことはもうわかっていた――
だが、王は「ほう」と興味深そうな顔を見せる。
「いかなる技術かは知らぬが、面白いではないか……良かろう、城の一室を作業部屋としてくれてやる。そこでこの儂にふさわしい、鎧を作ってみるがいい」
今、この場で流れる空気を擬音にするならゴゴゴかドドドといったところだろうか。一見、愚かなる詐欺師を救ったかのような王の発言。しかし、ほら話を吹聴した本人たちにとってそれは自らの首を絞める行為に他ならなかった。
今更、口にしたことを取り消せるはずがない。この世には「偽証は強欲と等しく、最も恥ずべき行為」と言う者もいるのだ。両方兼ね揃えた二人がそれを認めたならば死で償えと命令されてもおかしくないだろう……いずれにしても、向かうところには地獄しかない。自業自得とはいえ、その運命を受け入れざるをえない詐欺師二人はただ王に平伏することしかできなかった――
こうして詐欺師二人は、ありもしない鎧をさも作っているかの如く振る舞うこととなった。
それらしく槌を振るい、それらしく金具を組み合わせ、わざとらしく汗をかいてみせる。バレたら確実に死ぬ、回避できない。その恐怖だけが二人を突き動かし、心から動き出していた。とはいえ実際に鎧を作っていない以上、その「鎧」は誰の目にも映らない……それは様子を見に来た大臣や、王の目にとっても明らかだった。
ここで怒り狂い、詐欺師二人を血祭りにあげることも可能だっただろう。だが――強き王は、そしてその力に引きつけられた重臣たちはこう考えた。
「あの鎧はッ……『強者にしか見えず、強者にしか効果のない鎧』……! それが『見えない』ってことはッ……我々に『強さ』が足りないというのかッ……!」
「っこの儂が……この国を守っている儂の臣下たちが……あの鎧が見えるほどの、『強者』ではない、ということなのか……!」
『力』によってこの国を変えた彼らは、常に強くあろうとしていた。執拗に『強さ』を求め続け、『強者』という響きにこれ以上ないほど憧れを抱いていた彼らは――『強者にしか見えない鎧』が自分たちには『見えない』という事実に、愕然としていた。
強き力を手にした時、それで思い上がる人間は所詮『二流』……そこでさらなる高みを目指し、より強さを渇望する人間こそが『一流』なのだ……そうして謙虚に、貪欲に強くあろうとする者のみが『強者』の栄冠を手にする……!
「儂は……いや、儂らは皆『強さ』が足りない……! 儂らはまだ、『強者』ではないのだ……! なれば……あの鎧が『見える』ほどの強さを……『強者』にふさわしい『力』を、身に着けるしかない……!!!」
そう決断した王は――そして王を慕う家臣たちもまた――その『覚悟』を決めた。そして――ただひたすらに「強さ」を追い求め、自らを鍛えぬく日々が始まるのだった……!
「っまだだ! まだ足りぬ! 我が臣下なら、強烈な一撃を! 全身全霊をかけた、熱き拳をぶつけてみせよ……!」
「それでこそ『王』、それでこそ我が『主君』ッ……! ここで手を加えるのは王への『反逆』であり許されざる『侮辱』ッ! だからこそッ……我々は王に容赦しない! それでこそッ! 『忠臣』のあるべき姿ッ! ここからは、本気の『殺し合い』だッ……!」
地道だが基本的な筋力トレーニング。精神修行に食事制限。それだけでも十分、効果はあったがこの王たちにはまだ足りない。なぜならまだ、彼らの目には「強者にしか見えぬ鎧」が見えていないのだから。自分たちはまだ、「強者」だと認められていないのだから……そうして「強さ」に執着し続ける彼らは、強者と戦ってのみ得られる「鍛錬」という方法に目をつけた。
共に「強者」を目指す者たちが時に殴り合い、時に策を巡らせ、時に本気で殺し合うそれは――特に「王」の体に確実な変化をもたらしていた。
手足は丸太のように太くなり、その拳は岩をも打ち砕く。全身から放たれる覇気に全ての猛獣がひれ伏し、鋭い眼は見る者の心臓を抉った……だが、何より目を引くのはその圧倒的な『筋肉』だった。
分厚い胸板。バキバキに割れた腹筋。腰はその巨体を支えるコルセットの役割を果たし、肩から背中は引き締まり鋼のような光沢すら見せている。
「強者」。王の姿を見た者は皆、誰もがそう考えるだろう。神の作りたもうたどんな彫刻よりも強く、逞しいその肉体はそう呼ばれるにふさわしかった。
だが――
「……それでも儂には、鎧が見えぬか……」
王の言葉に、詐欺師二人は沈黙で答える。
最初は、恐ろしかった。「いや、どうすんだよコレ……」「今さら『嘘で~す☆』なんて言えねーし……」などと考えていたが、その真摯に強さを追い求める王の姿にいつしか感服し――今はただ跪くだけとなっていた。
もう詐欺師としての矜持も、目が眩むほどの大金もどうでもいい。自分たちの首が刎ねられたってかまわない。あるのは恐怖も憧れも越えた畏敬の念のみ、それほどまでにこの王は強くなった。狂おしいまでに「強者」の称号を求めるその姿勢は、王の肉体のみならず詐欺師たちの心の根すらも変えたのだ……その果てに、全てを悟った王はゆるゆると首を振る。
「うぬらは、何も間違っておらぬ。強さとは、『強者』を目指すこととは、永遠に続く修羅の道を歩むことなのだ……ゆえに、『強者にしか見えぬ鎧』が誰の目にも映らないのは『必然』。常に己を鍛え、強くあり続けることこそ真の『強者』なのだ……!」
そうして王は詐欺師たちから何か「受け取る」ような仕草をして、鋭い眼で二人を見つめる。
「明日、儂はこの『鎧』……この『強者にしか見えぬ鎧』を纏って、儂は民衆の前でパレードを行う!」
「!? 誠でございますか、王……!」
驚愕に顔を染める詐欺師へ、王は力強く頷く。
「うぬらは、儂に真の『強者』とは何たるかを知らしめてくれた……儂はそれに最大限の『敬意』を払う。その証として……そしてこの国の民たちに、儂がこれから『強者』を目指すと見せつけるために……この『鎧』を纏って、人々の前へ出よう……!」
強き王の、強き言葉。その『決意』に詐欺師と大臣たちは感嘆し、肯定の意を込めて自らの頭を深々と下げた――
翌日。
王が国民の前に出ると、民衆は皆その圧倒的な肉体美に目を奪われた。
「国王陛下……それに、国の重臣たちも……皆、日に日に『強さ』に磨きがかっているとは聞いていたが……! まさか、これほどまでとは……!」
「『強者にしか見えず、強者にしか効果もない鎧』ッ……それを身に纏うためだけに、ここまで自らを鍛え上げるとはッ……そこにシビれる! あこがれるゥ……!」
民衆が口々に王の『鎧』を褒め称えていると、一人の子どもが叫ぶ。
「王様は裸だ……! けど……! 『鎧』を着ている……! 『強者』だけの、完璧な鋼の『鎧』だ……!」
その一言に国中の者が賛同し、雄叫びを上げる。その熱気は空にまで届き、国中を渦巻いた――
こうしてこの国の王は「強い者にしか見えぬ鎧」を纏った最強の王となり、その圧倒的な強さで国の頂点として君臨し続けました。また詐欺師たちも過去の自分を悔い改めるため、そして自らも「鎧」を身に着けるにふさわしい強者となるために日々同じ志を持った者たちと拳をぶつけ合うようになりました。
そうしてこの国は武を極めた鉄人の国として語り継がれるようになり、人々はいつまでも強さを追い求め続けましたとさ。
めでたし、めでたし。
完ッ!