ほんの少しの黒い人格
今日は中学校が休みなのだけれど、姉の様子が、どうも朝からおかしい。
「ニュースは退屈だから、録画してたビデオでも見ようよ」
「いいわよ、このままで。今の世界を知るために必要なんだから」
今は、茶の間にあるテーブルの前に並んで座って、割と真面目な雰囲気のニュース番組を見ている。
いつもなら、姉は僕が『別のテレビを見たい』とわがままを言うと、『いいわよ。そのかわり、面白いやつね』と返してくれるはずなのに、今朝は機嫌が悪いのか、まるっきり正反対の意見しかくれなかった。
僕は中学一年生で、姉は二つ年上の中学三年生なのだけれど、姉は昔から変わったことをするのが好きだった。
いきなり僕に、ブラックコーヒーが満たんに入ったカップを差し出して、『これを飲んだら、心が大人になるわよ』とか言われたことがある。あの頃は小学五年生だったから、もちろん苦くて飲めたものじゃなかった。ちょっと泣いた。
そういえば、コーラだと思って飲もうとした、冷蔵庫に入っていたコップの中身が、うがい薬だったこともある。後で姉に聞いてみたら『冷やしたら、すがすがしい気分で風邪の予防が出来ると思って』と話していた。変なにおいに気付かなかったらと思うと、怖い。
だから、今回もきっと『人が急にひねくれたら、あんたがどんな反応するのか実験してるの』とか言い出すかもしれない。もうちょっと様子を見てみよう。
「あ、のど渇いたから、りんごジュースでも飲もうかな」
「あたしは野菜ジュースにするわ。ついでに取って来て」
「……また反対のこと言ってる」
僕は姉に聞こえないように、小さな声でつぶやいてから立ち上がった。りんごジュースが果物の飲み物だとすれば、姉の注文した野菜ジュースは、反対の意見ということになる。
僕は台所にある冷蔵庫に向かいながら、なぜ姉が、わざわざ真逆のことばかり話すのか理由を考えてみた。最近、姉が怒るようなことは言っていないはず。というよりも、ここ何日かは妙に機嫌がよかったかもしれない。そういえば、特に昨日が最高潮だった。事情は聞かなかったけど、なにか今日になって変化する理由でもあったのかな。理由、理由。
「……そっか。今日だったんだ」
歩きながら考えている途中、僕はとても大事な約束を忘れていたことに気付いて、がばっと体の向きを変えて、どたばたと姉のいる茶の間に引き返した。
本当に急なことで驚いたのか、姉は目を丸くして、僕の方をじっと見ている。
毎年のことなのに。原因は僕の方にあった。姉は変な実験をするために、ひねくれた人格でいたわけじゃなかった。悪かったのは僕の方。僕は姉の黒い瞳をしっかりと見て、本当は最初に言うべきだった、お祝いの言葉を贈った。
「誕生日おめでとう。後でプレゼント買いに行こうね」
「……なによ、そんなこと言いに来たの? びっくりしたわよ」
僕は内心、怒られるんじゃないかってどきどきしていたけど、姉はあんまり嬉しくないような反応をしている。けど、僕は仮にも血の繋がった姉弟なのだから、それが照れ隠しってことくらい分かる。
「ごめんね。僕はりんごジュースにするけど、なに飲む?」
だから、この質問にどう答えてくれるかも、なんとなく分かっていた。姉の表情からは、もう黒い人格は消えていたから。
「え? 決まってるじゃない。あんたと同じ飲み物ね」
ふわりと柔らかい笑顔を浮かべると、姉は今日初めて、僕と同じ意見を言ってくれた。
誕生日とは関係なく、僕たちはこれから大人になる。内面も、ちょっとずつ変わっていく。
けど僕は、姉がいつまでも、こういうかわいい性格を失わないでいてくれたらいいなと、ほんのちょっとだけ思っていた。
取りあえず、来年は頑張らなきゃいけない。
今度は僕から、誕生日おめでとうって、先制攻撃で祝ってやろう。
なんてことのない日常の出来事。小説という世界でくらい、普段と違う感覚にひたってくれたなら。
そんなことを考えながら書いた、とても短い小説でしたが……いかがだったでしょうか?
なにか未熟な部分などあれば、ぜひご指導のほど、よろしくお願いします!




