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夜に潜む怪物

夜に潜む怪物 記憶を失った少女と消えたい魂

作者: リィズ・ブランディシュカ



 この世界には闇に潜む化け物がいる。

 そいつは夜にしか活動しない。

 絶対に昼には出てこない不可思議な生物だった。


 私は、その化け物に襲われた過去がある。

 お父さんとお母さん、家族と一緒に過ごしていた何でもない夜に。


「逃げて」「私達の分まで生きるの」「幸せになるんだぞ」「どうか無事で」


 そう言われて走った。


 その時の私は、お父さんとお母さんを見捨てて逃げてしまったのだ。


 そして、偶然通りかかった少年に助けられた。


 今でも、後悔している。


 生き延びる事はできたけど、どうして私はあの時、逃げてしまったのだろう、と。






 病院の診察室にいる私は、お医者さんから言葉をかけられる。


「やはり思い出せませんか」


 質問を口にした相手の男性は、心配そうな顔をしていた。


 ショックのあまり、あの夜の出来事はところどころ記憶から抜け落ちてしまっている。


 それは数年たった今でも、お医者さんにかかってみてもらう事があるくらい強い衝撃を受けた証拠だ。


 その結果私は、髪の毛が真っ白になってしまった。


 そのせいで、心配された周りの人達から、たびたびお医者さんへの受診をすすめられるため、定期的に病院に通っているのだ。


 心配しすぎだといったけれど、他の人がかたくなにすすめてくるから仕方なしに。


 私を見てくれたお医者さんは、「今回はこれで終わりです」と告げた。


 私は「ありがとうございます」と言いその場から去った。


 髪の毛の色は変わらない。


 あの日からずっと白いまま。


 太陽の日に向けてかざしてみると、透明になって、そこにあるのか分からなくなるくらい。


 色がない、というよりは、存在しない?


 ように見える。


 見た目的にはただの白髪に見えるけれども……。


 だから私は不安になって、帽子をかぶる事が多くなった。


 その髪はまるで、この世界から消え去りたいという私の願いが反映されているみたいだから。


 






 私は、一般市民だ。


 特に豊かでも貧しくもない。


 そんな私は、両親を亡くした後、様々な人達に助けられて生きてきた。


 仕事はいつも、靴屋を手伝っている。


 丁寧な仕事が評判になったため、収入はいいのだが、近所や今まで世話になった人に恩返しをしていかなければならないので、なかなか貯蓄にはまわせないでいた。


 そんな中、一人の貴族が靴屋に尋ねてきた。


 みれば、彼の靴の紐が切れてしまっている。


 貴族達が一般庶民の店にやってくるのは珍しく、めったにない事だ。


 近くで靴紐が切れるような事があって、仕方なく訪れたのかもしれない。


 けれど、ふつうならもっと富裕層向けの店に行くはずだ。


 しかし、庶民の靴屋に訪れるほどその靴が大事だったのだろう。


 その貴族は修理を依頼しながら、「大切になおしてほしい」と言ってきた。


 私は、時間が少しかかりますと言い、小一時間ほどかけて、その靴を丁寧になおし、ついでに磨いておいた。


 すると、しっかり一時間後の受け渡しの時に貴族がやってきてた。


 彼は、磨きの分の料金も払うといったが、断った。


 この店では、おまけをつける事はよくある事だ。


 店主がお人よしなので、つい料金以上の事をしてしまう。


 その癖が私にもうつってしまったのだろう。


 しかし、貴族は「それでは悪いから」と言って、お金を置いていった。


 貴族は傲慢な物ばかりだと、他の人達が言っていたが、その人は変わり者みたいだった。


 後に人に聞けば、ちょくちょく庶民の店にも顔を出しているというらしい。


 私はその貴族に興味が湧いた。





 その後、その貴族(名前はロレンツと言うらしい)はたびたび私の店に訪れた。


 ロレンツと私は身分が違うけれど、人を見下す事のない人物だったため、私は好感を抱いていた。


 そんな彼が来た時は、大体は他愛ない話をするだけだった。

 

 明日の天気がどうとか、食卓の定番はこうだとか。


 両親の形見である靴の事に話が及ぶ事もあれば、隣の家の奥さんがどうという話もする。


 けれど、不思議と彼とする話は楽しかった。


 そんなある日の事、いつも受診しているお医者さんから突然求婚された。


 それは、病院の外で会えないかと言われ、指定された豪華なレストランでディナーを食べた後の事だ。


 日焼けをした事のなさそうな白い手に、花束を持って、愛をささやかれたの。


 治療が上手く進んでいって、昔の記憶が全部蘇りそうだと思えてきた矢先だった。


 もうすぐ関係がなくなるからだろうから、焦ったのだろうか。


 彼のその行動は少々強引に思えた。


 けれど、周りの人達は何かひっかかりを覚える事もなく、その結婚に賛成していたようだった。


 お医者さんと結婚すれば、お金持ちになれるから、と。


 人の体を治す職業に就く者達は、高給だ。


 たくさんのお金をもらっている。


 そんな人と一緒になれば、きっと豊かな生活をおくれるだろうから、祝福してくれているのだ。


 けれど、私は彼を愛していなかった。

 

 愛のない結婚なんて相手に失礼だ。


 だから断ろうと思っていた。







「求婚されたのかい?」


 数日後。


 靴屋にやってきたロレンツは、驚いていた。


 私がその話をすると、彼は口をあんぐりとあけて、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。


 彼は「予想できなかった」と言った。


 私も同じだった。


 なぜなら、それほど求婚が突然だったからだ。


 まったく前触れはなかったはずだ。


 気のあるそぶりなんて、見たことなかった。


 彼がこちらに好意を抱いているなど、微塵も思えなかった。


 お医者さんとして丁寧に診てもらっているとは感じていたが、それはあくまで仕事としてだと考えていた。


 それなのにある日突然、結婚しようと言われれば誰だってとまどう。


 私の表情を見たロレンツは「断るなら、ついていこうか」と聞いてきた。


 へたに話がこじれると、今後の治療にさしさわるかもしれないと、心配してくれているのだろう。


 けれど私は大丈夫だと、断った。


 ロレンスとは、今では友人の様な付き合いをしている関係だ。


 細かい相談事もしたり、されたり。


 だがそれでも、個人的な事に巻き込むのは気が引けた。








 後日、私は求婚を断るために病院を訪れていた。


 しかし、昼間の予定は空いていないといわれて、夜になってしまったのだ。


 夜遅くに出歩くのは良くないけれど、重要な話だったので仕方がない、と割りきった。


 向かった病院はとっくの昔に消灯していて、裏口から診療室へ入った。


 そこでいつもの先生が待っていたのだが、どこか雰囲気が違っていた。


 まるで人間でないものが、人間のふりをしているような違和感。


 私は戸惑いながらも「求婚は受けられません」と言った。


「そうですか。私のものに、ならないのならーー」


 すると、次の瞬間、そのお医者さんは化け物の姿に変化。


 私を襲って来た。


 私は、その時に忘れていた記憶を思い出していた。


 幼かった頃。


 私はお父さんとお母さんを見捨てて逃げたわけではなかった。


 助けを呼ぶために、あの場から離れたのだった。


 それで、通りを歩いていた少年を見つけて「助けて」と言ったのだ。


 そこに化け物が追いついてきたけれど、少年が不思議な力でその化け物を退治してくれた。


 それが過去の真相だ。


 あの時の化け物の姿が、目の前の化け物と重なる。


「あなたが、私の両親を殺した犯人だったなんて」

「ああ、可哀そうに。何も思い出せないでいれば、死ななくてすんだかもしれないのに」


 化け物は、一番近くで私を見張っていたのだ。


 そして、これからもずっとそばで見張っているつもりだったのだろう。


 私はそれに、まったく気づけなかった。


「俺達は百年に一度、人間を喰えればよかった。それで生き延びられる。だから、お前は本当はくわなくてもよかったのに。不幸な娘だ」


 化け物は哀れな生き物を見つめるような視線を向けてくる。


 鳥肌が立った。


 ここにいてはいけない、と本能が叫んでいる。


 私は近くにあったものを、なりふりかまわず相手に投げつけて、その場を離れた。









 夜の闇の中、病院を抜け出して、町の中を走った。


 太陽の明かりはない。


 今は夜だ。


 化け物が活動できる時間。


 私は迂闊だった。


 どうして、その可能性に気づけなかったのだろう。


 今まで私を見てくれていた人間が、両親を殺した犯人だったと。


 がむしゃらに走った私だが、化け物の方が早かった。


 やがて私は、化け物に追いつかれてしまう。


 ぐるりと回り込んだ化け物が、私を食べようと近づいてきた。


「さぁ、覚悟するんだ」


 私は死を覚悟した。


 せっかく拾った命なのに、こんな所で落としてしまう事になるなんて。


 だが、そこにロレンツがやってきた。


 彼は私の前に立ち、頼もしい背中を見せた。


「もしもの可能性を考えててよかった」


 そういった彼はは、不思議な力を使って、化け物を退治していった。


 太陽の光のようなものを、手のひらからだして、化け物を脅かしたのだ。


 化け物は「ぎゃあああ!」と悲鳴をあげて、その場から逃げ去っていく。







 私を今まで見ていたお医者さんは行方不明となった。


 同じ病院で働いていた者達は心配していたけれど、真相を話せるはずもない。


 あの夜、化け物を退治したロレンツはエクソシストと呼ばれる人間らしい。


 それで、仕事として各地の化け物をやっつけていっているのだとか。


 しかし、力が弱いため完全に退治できるまでにはいかないらしい。


 ロレンツは、逃げていった化け物を探すために、この地から旅立つらしかった。


 貴族のような身なりをしていた彼だが、それはエクソシストが高給だったかららしい。


 危険ととなりあわせの職業なので、お金をたくさんもらっているのだとか。


「私も一緒に、その仕事を手伝ってもいいかしら」


 私はロレンツの旅についていきたくなった。


「毎日危険と隣り合わせだけれど、それでもいいのかい?」

「両親の仇をとりたいの。それに、やられたばかりじゃ悔しいもの」


 だから、色々言葉をつくして彼を説得。


 その旅に同行する事になった。


 私は、わずかに灰色がかった髪をかきあげる。


 あの夜、全ての真相が分かった後から、私の髪は徐々に色を取り戻していったのだった。


 私の心が原因だったのなら、納得の変化だ。


 私はもう、この世界から消え去りたいとは思っていないのだから。


 今は、二度もロレンツが助けてくれた命を、大事にしたい。


 そう思っている。




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