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As You Will  作者: プルート
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出会い

初投稿です。

As You Will

                              プルート


 こんなつもりじゃなかった。

 

 目を覚ますと僕は、知らない場所に立っていた。

 沈みつつある夕陽に目を細めながら周りを見渡すと、あたりにはフリー素材みたいな草原が広がっていた。知らない景色に動揺する僕の頬を伝う汗を、乾いた風が撫でる。

 ここがどこなのかはわからないが、とにかくこの大自然のど真ん中で夜を迎えるのは危険だ。原始時代の人々は確か…洞穴に住処をもっていたはず。体の震えをなんとか抑え、朝まで安全に過ごせる場所を求めて歩き始めた。

 あたりがかなり暗くなってきた。焦るな、焦るな。そう自分に言い聞かせていると、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。恐る恐る背後を振り返ってみると、こちらに睨みをきかせる獣と目が合った。ここがサバンナであればハイエナなどだろうか? 暗くてよく見えないが、慎重に動かなければ。昔ペットの犬に背中を向けて逃げて追いかけられたことがある。僕は少しずつ後ずさりして、獣が攻撃をあきらめるのを待つ。

 しかし獣はしびれを切らしたように一度大きく吠えた。ただでさえ犬が苦手なのだ。僕は尻もちをつき、哀れな姿を獣に見せてしまった。牙を鳴らし獣が歩み寄る。

「嫌だ…、僕は、もうっ…」

 涙交じりに細い声が漏れる。

 そのとき、獣の後方から同じくらいの大きさの影が現れた。群れの仲間か、と思うや否や、その影を見た獣がそそくさと逃げだしたのだ。何が何やらだが、ひとまず助かった。

「おいあんた、大丈夫か」

 再び驚いた。違う意味で。流暢な日本語で話しかけられたのだ。夜のサバンナで偶然同じ日本人と出くわすなんて。あるいはここが日本なのか? 日本にあんな猛獣がいるのか? あれこれ考える僕に顔を近づける声の主は無精ひげを生やした男性だった。

「ん? 通じてないか。你好?」

中国語。誤解させてしまっては面倒なので、なんとか返事をした。

「い、に、にほんごでっ」

「なあんだよ。日本語わからなかったらって焦ったぜ」


「あの、助けてくださってありがとうございます」

「いいよいいよ。朝起きたら人間みたいな死肉が転がってました、なんておっかないだろ」

おどけた様子でそう答えた彼はジンゴと名乗った。

 僕はジンゴさんが使うという石窟に案内された。道中で拾った小枝や枯葉を集めると、ジンゴさんの焚火はすぐに完成した。小気味良い音をたてる炎は、やがて僕の緊張を緩めていった。

「火を起こすの、慣れてるんですね」

「前世は猟師だったからな」

「前世って…、ジンゴさんはここで産まれたわけではないんですか?」

「ああ」

炎を見つめるその目にはわずかに曇りが見えた。

 言及すべきかどうか、迷った。

「じゃあジンゴさんは既に、その…」

「…死んだよ。運悪くな」

 曰く、狩猟中に友人の誤射を受けたらしい。大物を二人で追っていたときだ。当たり所が悪く、病院へ急いだものの、山奥から病院へは間に合わなかった。

「…僕も、死んだんです。首を吊って。正直後悔してます」

ジンゴさんは少し驚いた様子だったが、黙って僕の話を聞いてくれた。

 本気で死ぬつもりはなかった。何かにひどく絶望したわけじゃない。でも生きがいのようなものもなかったんだ。ちょっとした好奇心の延長。いつもみたいに用意したロープの輪の前で、結局死ぬのが怖くて二の足を踏んでそこで終わり、そのつもりだった。そこで息が荒くなるのもいつも通りだった。

 過呼吸で立ち眩みがして、椅子から足を踏み外すことを除けば。

 宙吊りになった僕の手足は痺れて動かない。薄れていく意識の中で僕はあさましくも後悔した。いや、あの時の僕は朦朧としていて、何を考えていたかはあまり覚えていない。今思えば、あれほど死を望んでいながら死にたくないなんて、そんなの図々しいじゃないか。

「なるほど。お前も志半ばにして死んでしまったワケか」

「すみません、死因を語り語らせるなんて縁起でもないことを」

「一つお互いのことが知り合えたじゃないか」

いやな顔ひとつせずに笑う。また気を遣わせてしまった。


「ところで」

気が気じゃないので話題を変えたかったのだが、それ以上に気になることがあった。

「ジンゴさんが助けてくれた時、あの獣が急に逃げ出しましたよね。まるで狼が、魔法で子犬になったみたいに」

「魔法だよ」

「えっ?」

反射的に聞き返していた。また冗談かと思ったが、先程のようなおどけた様子はなかった。

「といっても変身の魔法じゃない。アイツを威嚇する魔法だ。ちょっと俺の目を見てろ。俺がイケメンだからって目ぇ逸らすなよ」

僕は改めてジンゴさんの目を見据える。ジンゴさんが何やらボソリと呟いたその瞬間。

「ッッ―⁉」

突然僕の背筋に恐ろしく冷たいものが走った。さっきの獣が放っていた気迫とはまるで格が違う。

「ッハァツ…、ハlッ…、ハァッ」

「やりすぎちまったか? 悪い悪い」

気づけばそこには元通りの野暮ったい笑顔があった。

「な…何をしたんですか」

深呼吸をした後、冷や汗を拭いながら尋ねる。

「さっき言ったろ。魔法だよ」

魔法って。確かに現実離れしたことが起きたとはいえ、今時そんなことを真面目な顔して語る大人がいるものだろうか。図らずも呆れた顔をしてしまったようだ。

「ん、まだ信じてねぇな。ならこれはどうだ」

魔法使いは予備の薪を一本、ちょうど魔法の杖みたいに手に取った。また先程のようにボソリと呟くと、今度は先端が明るく燃え始めた。僕の知る限りではこんな現象は確かに魔法みたいなものだ。僕は自分の目を疑った。

「どうだ、何もないところに火がついたんたぜ」

「…すごい。ジンゴさんは魔法使いだったんですね」

「いや、この世界の人間なら普通のことらしい。俺だって猟師のころはこんなこと出来なかったし、初めて成功したときはそりゃあ驚いたさ。お前も練習すりゃこれくらい朝飯前よ」

「ほかにも人がいるんですか」

魔法が使えるというのはもちろん魅力的だが、それよりもこの世界のことを知りたかった。

「そりゃそうさ。俺は狩りでこの辺りへ足を延ばしてたんだ。明日市街地に戻る予定だ。そこへ行けば大勢人がいる」


 やがて小さなキャンプファイアは終わりを迎え、僕たちはひんやりとした石窟の中で眠りについた。疲れているはずなのにまた色々考えてしまう。

 市街地にいるという人々は、みんな僕たちと同じく死んでしまった人々なのだろうか。そもそもここはどこなんだ? 黄泉の国? それにしては炎の温かさ、石の冷たさがあまりにもリアルに感じられる。それともRPGゲームの世界? だから魔法が使えたのだろうか。

「ジンゴさん、」

ジンゴさんの返事は大きないびきで返ってきた。不思議と耳障りだとは思わなかった。

ここまでお読みいただけてとても光栄です。

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