全力で
一月、二月も経てば、華咲さんの腕も治る。
昨日遠目で彼女を見たが、もうギプスは外されたようだった。
これでようやく安心した。
心残りなく彼女と会わないですむ。
俺は今、最高に彼女と会いたくなかった。
数日前、本当に彼女のギプスが取れるまであと3日とかそんな時だった。
いくら彼女の頼みとは言え、絶対に聞けないようなお願いをされたのだ。
「羅村くん、ちょっとさ、ちょっとだけ全力で首絞めてみない?」
「は?」
彼女は俺に首を掴んで圧迫してほしいと頼みだした。
「いや、そんなの普通に嫌だけど。なにからかってる?」
「うーん。だめか。ちょっとでいいんだよ?。確認のためというか」
「ちょっとて言いながら後で全力でて言ってたし、この流れ、覚があるぞ。なんだかんだ言って、どんどん強くさせるやつだ」
兎に角、俺は手の時のように、断った。
しかし彼女も手の時のように、次の日になっても頼んできて、俺はぞっとした。
それはやりすぎだ。
それから、俺は彼女を避けるように学校を過ごしている。
学校からの帰り道も、今となっては、時間も混雑も気にしなくなっていた。
華咲さんの周りで手助けしていた時も、彼女に付き合っていたから、バスの時間は間に合わなかったがそれとは別だ。
俺は彼女と会わないために、学校で教室以外の場所で時間を潰してから、わざと遅いバスに乗っていた。
一週間はそうやって彼女から逃げ切れていた。
今日も事故前に比べて一時間程遅れて帰った。
母が家にいたが、俺の帰りが遅いことを気にした様子はなかった。
息子が一時間帰るのが遅くなったところで心配する性分ではないし、それに俺は怪我をさせた同級生の手助けをしていることを伝えている。
きっと今でも続けていると思っているのだろう。
だから帰った俺に、おかえりと言っても、それ以上はないはずなのだ。
「あんたの学校の子が物届けに来てくれたよ。あんたが言ってた、華咲さん。お礼がしたいからってお菓子持って来たって。部屋案内しといたから」
母の言葉に一瞬理解が追いつかなかった。
俺は手も洗わずに部屋に駆け込んだ。
「やほ。お母様に入れて貰っちゃった」
そしてそこには母の言っていた通り、華咲さんが座って俺を待っていた。
「俺、家教えてないよね」
「私が勝手についていって調べました」
「俺が避けてたの気付いていたよね」
「はい。その上で、私の話をきいてほしくて」
華咲さんは姿勢を正して正座し、まっすぐに俺の目を見つめて言った。
「私の首を絞めてくれませんか?」
「嫌だ」
「そっか」
改まって頼み込むためか、丁寧な口調だった彼女は、断られると一瞬いつものに戻ったけれど、それはついこぼれてしまっただけのようで、何か考え込んでいるようだ。
彼女は嫌だといった直後に同じ頼みをしてくるから、黙り込むのは少し新鮮だった。
「じゃあ、私の話を聞いてください」
私羅村くんに助けられて、すごい嬉しかったんです。
そりゃ事故から助かったんですから、命があって嬉しいのは当然ですけど、それでは無いんです。
あの時、痛みと一緒に羅村くんの愛を感じたような気になったんです。
間違いなく、私の人生で一番強い、人の気持ちが向けられたのをを感じました。
そして私の考えはやっぱり間違っていなくて、あの後も色々と羅村くんの愛に助けられました。
私の母て教育ママて感じの人で、私が毎日遊ぶ暇もないくらい塾に行っていたのはそのせいなんです。
あれだけ勉強していれば、進学校のうちでも学年順位一位になるだけの成績にもなります。
でもそんな成績、要りませんでした。
私はもっと自由な時間が欲しかった
母に頼んでも、時間は減らしてくれません。
父はお金を家に入れておけば、親の責任を果たしたと思うタイプなので、私の事は母に任せきりです。
つまり母を説得できない私には、自由な時間なんてなかったのです。
それが羅村くんの思いやりのお陰で増えたんです。
怪我してから、授業時間が減ったって言いましたよね。
あれ、私からすると、すごいことなんですよ。
すごい久し振りによく眠れて、朝御飯もおいしく感じられた。
それに早足で塾に駆け込んで、汗を乾かす暇もなく勉強することが無くなったんです。
この痛み、羅村くんの私を想う愛が私の生活を変えてくれたんです。
それで私気付いたんですけど、愛って痛みで感じられるんですね。
手首を骨折してその怪我が疼く中で、少しずつ理解していきました。
あの事故の時のように、私を助ける、なりふり構わず、それだけを考えていた羅村くんは良かったです。そして私は怪我を負いましたが、我無者羅に私を想ってたものが溢れてしまっただけの事。治ってしまったのが勿体ない。
手を握ったり、体を抱き締めたりのように、力加減をしながらも良かったです。私を大切にしようとする想いがその絶妙な痛みで感じられましたし。
膝枕したときの足の痺れも捨てがたいですね。確かにここに羅村くんがいたっていう、証が私に刻まれますし。
それで、3つをどうにか足して感じることが出来ないかなって思って、そしたら首絞めて貰うしかないかなって。
多分骨折より窒息の方が苦しいですし、死なないように、けれど呼吸できないように力加減が必要、締めた後は痕も残る。
もうこれ以上はないですよね。
それに羅村くん、首、好きですよね。
ちょくちょく私の首を見ていたのは感じていました。
それに力を入れて私を握ったり、抱き締めたりするのも好き。
私も人生で一番私を想ってくれる人のために、命を懸けて愛を返したい。
だからほら、お互いに良いことしかありません。
ということで、それでは羅村くんお願いしますね。
「全力で首を絞めてください」
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