キックオフ
怒声が飛ぶ。思うようにボールが繋がらない状況にチーム全体の士気が下がっていく。味方が蹴り出したボールがすぐ敵チームに奪われる。
気がつけば、ボールは自陣の奥深くに到達していた。キーパーのシュウイチ吠える。テンマとコノエの二人がゴールポスト近くまでラインをげる。テンマが指示を叫んでも味方に届いてない。
自陣にはほぼ全員揃っている。ボールには人だかりができてだんご状態だ。なのに、一人抜かれる。二人目もかわされる。三人目は押し負ける。
押し負けて吹っ飛ばされたテンマが、地面に転がりながらゴールマウスにゆっくりと吸い込まれていくボールを見つめていた。
敵チームが歓喜の雄叫びをあげている。その上空ではトンビが鳴いていた。
「答案って書いたら見直しません?」
補習を告げられたカイトが、後輩のフミヨシに部活に遅れることを伝えに行ったときの言葉だ。
「しかも名前って。」
「いやいや、俺だってね何で書き間違えたか分からんもん。
そりゃ、ショックだよ。0点て。
でも、こうして後輩を笑わせることができたんだから、良かったんじゃねーかなぁ。
なんか辛いことがあったら思い出してよ、俺のこと。」
「しばらくはこのネタを拡散して楽しみますね。」
テンマはフミヨシと笑って別れると自分の教室に戻った。
テンマが高校に入学した時、この学校にサッカー部は存在しなかった。高校でサッカーをするつもりがなかったから、高校選びの際サッカー部があるかどうかなんて、どうでもいいと思っていた。
しかし、同じクラスになったイチノリとサッカーの話しで盛り上がり、サッカー部を作ろうということになった。
最初は人が集まらず愛好会からはじまった。
テンマたちが2年生に上がると、フミヨシたちが入って来てようやく部活動として認められるようになった。
テンマのことをフミヨシたちはふざけて創設者と呼ぶが、サッカーを創設するための諸々の活動をしたのはイチノリである。テンマはイチノリの誘いに「乗っかった」だけだ。
しかし、フミヨシたちは先輩のイチノリのことを恐れてか、もっぱらいじるのはテンマだけである。見た目が野暮ったく、いつもへらへらしているので、何かと言いやすいのだろうとテンマは思ってる。
それでも、テンマは後輩たちに心の中では感謝している。弱小サッカー部では友人に自慢することはできないだろうし、試合ではいつもボロ負けで悔しいを通り越して恥ずかしい思いをしているだろうに、一緒にサッカーをすることを選択してくれている。
人間関係の揉め事は日常茶飯事で、一切のしがらみから解放されて、帰宅部になったらどんなに楽だろうと思わない日はないが、2年生3人、1年生10人でサッカーをやったりやらなかったりして日々を過ごしている。
当初、グラウンドにサッカー部の居場所は無かったが、イチノリの働きのおかげで、学校最寄り駅から3つ先の駅にある第二グラウンドを使わせてもらえるようになった。3つ先とは言っても、電車を乗り換え、駅から徒歩15分以上かかるが、文句は言っていられない。テンマたちにとってはかけがえの無い場所である。
普段練習に顔を出すことが稀な顧問が、「イチノリの奴がしつこくて。」と同僚の教師にこぼしていているところをみると、執拗に迫ったことは否めない。
補習で遅れて学校を出たテンマは、駅から第二グラウンド、通称ニグラに向かって一人歩いて行く。
ニグラを使うにあたっては、石拾いから始まって、暑い中、皆で草むしりをした。雑草はいまだに定期的にむしらないといけないから厄介であった。
どこかから草刈り機が寄付され、機械を使えるようになった時には、皆喜びで小躍りしたものだ。
線路沿いをのそのそと歩く。線路脇には人が線路に入らないように柵がはってあって、柵の上には有刺鉄線が巻かれている。冬になっても枯れることのない蔦が絡まりついている。
テンマは寒さて赤くなった鼻をすすりながらを有刺鉄線を見つめて歩き続けた。電車が轟音とともに通り過ぎて行く。ネックウォーマーを引き上げて歩みを早めた。冬の匂いを感じながら、早くコロナが終息しないかとぼんやり考えていた。
テンマの楽しみの一つにサッカー観戦がある。今年は現地で見ることは叶わないかもしれないなと思い、靴に当たった石ころを蹴った。