文字化けの夜にるるるるるる
真夜中の暗闇。
うっすら光る、スマートホンの着信音。
その音を、その光を、てさぐる。
寝ぼけながら、耳にあてる。
女の子の、呼吸音が聞こえる。
「むかえに来たよ」
ぼくは、一瞬で目がさめる。
それは、きみの声だった。
まるであのときのような、幼児のような。
しかし、そんなはずはないのだ。
ぼくはもう、二十歳になろうとしていた。
それはきみだって、同じはずだ。
「なんで、きみが?」
きみに、そう聞きかえす。
でもそのぼくの声も、まるで幼児のそれのようだった。
「ねえ。あのときの、続きをしようよ」
あのときの、続き?
ぼくがそう聞きかえすより早く、窓に石がぶつかる音がする。
窓のそとに目をやる。
白い服をきた、あのときのきみが立っている。
きみは意味ありげにほほえむ。
手でぼくをこまねく。
窓をあけ、外にでる。
世界がすこしだけ、大きくなっている。
空はたかく、世界の遠くで、犬がないている。
「ねえ、わたしたち以外のひとは、みんな眠っているのよ」
「みんなって?」
「この世界でひとり残らず」
「まさか」
「ううん。この世界は、わたしたちだけのもの」
「みんなが起きるまで?」
「ううん。もう起きることはないの。だって、文字化けの夜が、はじまるもの」
そういうと、きみは、るるるるるると歌いなが。
それでいて、くるくると回る。
回りながら「ほら」と上の方をゆびさす。
ぼくは、夜ぞらを見あげる。
「つき」という文字が、夜ぞらに浮かんている。
「これが、あのときの続きなの?」
「そう。これからね。世界が文字に変わっていくの」
「いつか全部、文字になってしまうの?」
「そんなのは、すぐよ」
「いやだよ。とめないと」
「むりよ。みんな寝てるの。だからこれは、私とあなただけのお話」
ふと気づくと、右手にぐんにゃりしたものをにぎっている。
みれば、スマートフォンは文字にかわっている。
こんにゃくのようだ。
「ほら、全部、文字になっていくの」
ぼくはスマートフォンを投げすてる。
でも、それが地面に落ちるよりもはやく、
壁も、家も、電信柱も、犬の鳴き声も。
すべてがぐんにゃりとした文字にかわっていく。
呆然と立ちつくす、そのぼくの足元がぐんにゃりとする。
足元をみれば、地面すらも、文字にかわっている。
「私たちは、みんな文字にかわるの。うまれてしまったからには、それは、もう、さけられないことなの」
たしかに、そのようだった。
きみに差しのばした、僕の手は。
そして最後に見た、きみの姿は。
「おやすみ」
そして、その言葉さえも。
きみという文字が、くるくるとまわる。
立ちつくすぼくのうえに、るるるるるる、が、落ちてくる。